片岡仁左衛門

歌舞伎立役・片岡仁左衛門さんら「人間国宝」

文化審議会は17日、歌舞伎立役の片岡仁左衛門(本名・片岡孝夫)さん(71)(東京都品川区)ら4人を重要無形文化財の保持者(人間国宝)に認定するよう、文部科学相に答申した。

仁左衛門さんは人間国宝だった歌舞伎立役の十三代目片岡仁左衛門(故人)の三男。歌舞伎立役の人間国宝は、坂田藤十郎さん、尾上菊五郎さん、中村吉右衛門さんに続いて現役では4人目だ。(YOMIURI ONLINE)


誰からも異論のない、順当なところだろうと思う。
一時期、体調を崩して長期で休演していたことがあったけれども、完全に復活して、ますます元気なようである。
でも、「片岡孝夫」が本名だったとは知らなかった。
[ 2015/07/18 14:13 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

坂東三津五郎

坂東三津五郎さんご逝去

歌舞伎俳優の十代目坂東三津五郎<ばんどう みつごろう、本名:守田 寿=もりた ひさし>さんが、2月21日(土)午前2時3分、東京都内の病院でご逝去されました。享年59。謹んでご冥福をお祈りいたします。(歌舞伎美人)


2012年に中村勘三郎が57歳で逝去したのに続いて、その盟友だった三津五郎が、59歳の若さで逝ってしまった。何とも言葉がない。
昔々見たっきりだけれども、魚屋宗五郎は最高にカッコ良かった。
[ 2015/02/25 00:39 ] 古典芸能 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

柳家小三治

今日はおめでたいニュース。

人間国宝に柳家小三治さんら7人

伝統的な芸能や工芸の分野で高い技術を持つ重要無形文化財の保持者、いわゆる人間国宝に、古典落語の柳家小三治さんら7人が新たに認定されることになりました。 

人間国宝に認定された十代目柳家小三治さんは東京生まれの74歳。高校を卒業後、昭和34年に、五代目柳家小さんに入門し、昭和44年、真打ちに昇進すると同時に師匠の前の名前である柳家小三治を襲名しました。
小三治さんは、江戸の町に生きるあらゆる登場人物を巧みに演じ分ける卓越した人物描写で知られ、「厩火事」や「長屋の花見」など柳家伝統のこっけいばなしを軸に、本格的な古典落語をひょうひょうと語る芸風で人気を集めています。落語家で人間国宝に認定されたのは、小三治さんの師匠で12年前に亡くなった五代目柳家小さん、現役の上方落語の第一人者、三代目桂米朝さんに続き3人目です。人間国宝に認定されたことについて小三治さんは、「認定の知らせをいただいたときはとてもうれしかったです。ただ、私にとっては寄席に来るお客さん1人1人が私の審査員で、皆さんが喜んでくださることがいちばんうれしいことです。私は落語が好きですから、これからも自分が信じる道を追い求めていきたいです」と話しています。


物故者を別にすれば、最もよく聴いている噺家である。
人間国宝になるとは思っていなかったが、ほかに誰かいるか? と考えた時には、やはりこの人しかいないだろう。

とにかくめでたい。
[ 2014/07/19 22:52 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報・市川團十郎

市川団十郎さんが死去 歌舞伎十八番や豪快な荒事芸継承

おおらかな芸風と華のある風姿で「勧進帳」の弁慶役など歌舞伎十八番の豪快な荒事(あらごと)を得意にした歌舞伎俳優の市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。66歳だった。葬儀などの日程は未定。十一代目市川海老蔵さんは長男。(朝日新聞デジタル)


訃報:市川団十郎さん 66歳=歌舞伎俳優

弁慶や助六などの風格ある大きな舞台ぶりで歌舞伎界を代表する立ち役として活躍してきた十二代目市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名・堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。66歳。
歌舞伎座に出演中の04年5月9日に体調不良を訴えて入院。「急性前骨髄球性白血病」と診断された。08年には骨髄移植を受けるなど闘病しながら舞台を続けていた。(毎日jp)


市川団十郎さんが死去…66歳、肺炎で

江戸歌舞伎伝統の「荒事」を継承し、「勧進帳」の弁慶など豪快な役柄を得意とした歌舞伎俳優で日本芸術院会員の十二代目市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名・堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため死去した。
66歳だった。昨年12月、京都・南座での歌舞伎公演中に肺炎をこじらせ、休演。入院し、療養を続けていた。
十一代目市川団十郎の長男。1953年に市川夏雄の名で初舞台を踏み、58年に六代目新之助、69年に十代目海老蔵を襲名した。荒事と呼ばれる力強い演技様式を江戸時代に創始した初代団十郎以来続く大名跡を、85年に継承した。市川家の芸である「歌舞伎十八番」の「勧進帳」や「助六」「鳴神」などで、豪快でおおらかな魅力を発揮する一方、新作や古い作品の復活上演にも意欲的に取り組んだ。(YOMIURI ONLINE)



歌舞伎界随一の大名跡、市川團十郎。
新之助時代、菊之助・辰之助とともに三之助と呼ばれ、海老蔵になって海老様と呼ばれて人気を博し…ていた頃は知らない。僕の中では、この人は最初から最後まで團十郎だった。
高校1年の時、国語科の教師が「あの大根役者が團十郎か?」と言っていた記憶があったのだが、記事で見ると襲名は1985年、その2〜3年後のことである。記憶違いかも知れないし、襲名の話がその頃に既に出ていたのかも知れない。

さて、その「大根」たる評は、僕も歌舞伎を見るようになってからしばらくの間、同じように思っていた。
が、ある時、この考えを改めた。と言っても、團十郎の演技を上手いと思うようになったわけではない。大根といえば、大根かもしれない。
名前は出さないが、名優の名の高いある役者が演じたのと同じ配役を、比較的近い時期に、團十郎が演じたのを見たことがある。先に演じた役者の演技は、この上なく上手かった。それに比べると、團十郎の演技は、数段劣るように見えた。見えたのだが、芝居そのものとして、團十郎の演じたものの方が、遙かに感動の度合いが深かったのである。

團十郎は、主役である。主役は、演技が下手でも良いのである。「下手」とまで言ったら語弊があるかも知れないけれども、飛び抜けて上手い必要はない。「存在感」とか「華」とか言われる、判らない人には判らないけれども判る人には判…いや、やはり良くは判らないものが確かにあって、團十郎にはそれが間違いなく圧倒的に備わっていた。
追悼企画のテレビ放映もあるだろうけれども、團十郎の良さはテレビではあまり伝わらないかもしれない。実際に舞台を見ることがなくなって久しいが、團十郎だけはもう一度見たかった。
[ 2013/02/04 22:17 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報・中村勘三郎

中村勘三郎さん死去:子役から才能発揮 テレビでも活躍
現代を代表する歌舞伎俳優でテレビ、映画でも活躍した中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名・波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で死去した。57歳。通夜・葬儀の日取り、喪主は未定。(毎日jp)

歌舞伎俳優の中村勘三郎さん死去 57歳
世話物から時代物、新作まで幅広い芸域で活躍し、梨園(りえん)の旗手として人気を博した歌舞伎俳優の中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名波野哲明〈なみの・のりあき〉)さんが、5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で死去した。57歳だった。葬儀の日取りは未定。(朝日新聞デジタル)

歌舞伎俳優の中村勘三郎さん死去…57歳
華やかな芸風で歌舞伎人気を支え、「平成中村座」公演などで新風を吹き込んだ俳優の中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名・波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため、東京都文京区の日本医科大学付属病院で亡くなった。57歳だった。(YOMIURI ONLINE)


十数年実際の歌舞伎の舞台から遠退いている僕にとって、この人のイメージはまだ勘九郎だった。1995年の公演だと思うが、坂東玉三郎と共演した『鰯売恋曳網』は未だに強烈に印象に残っている。演劇評論家でもあった僕の母校の教授と懇意で、大学での講演に引っ張り出されていたことも思い出深い。
70歳を越えて身体が動かなくなってから味を出す役者が少なくない歌舞伎界において、57歳は余りにも若い。これからいよいよ円熟味を増して行ったであろうことを思うと、残念な限りである。
[ 2012/12/05 18:00 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

中村雀右衛門(訃報)

歌舞伎俳優の中村雀右衛門さん死去 91歳」(朝日新聞デジタル)

戦後の歌舞伎界を代表する女形で人間国宝、文化勲章受章者の中村雀右衛門(なかむら・じゃくえもん、本名青木清治〈あおき・きよはる〉)さんが23日午後3時55分、肺炎のため死去した。91歳だった。葬儀は未定。長男の大谷友右衛門さん、次男の中村芝雀さんも歌舞伎俳優。

東京生まれ。父は六代目大谷友右衛門。1927年、大谷広太郎を名乗り初舞台を踏み、戦後、立ち役から女形に転じた。48年に七代目大谷友右衛門を襲名。「佐々木小次郎」(50年)などの映画や関西歌舞伎でも活動した。

64年9月、歌舞伎座で四代目雀右衛門を襲名。「助六」の揚巻や「金閣寺」の雪姫、「二人椀久」の松山など幅広い代表作を残し、女形舞踊の「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子は生涯の当たり役だった。


訃報:中村雀右衛門さん 91歳=歌舞伎俳優」(毎日jp)
訃報:中村雀右衛門さん 「女形の美」を大成」(毎日jp)
品格と情の女形、中村雀右衛門さん死去」(YOMIURI ONLINE)
人間国宝の女形、中村雀右衛門さんが死去」(msn産経ニュース)

劇場で歌舞伎を見ることが無くなって久しいが、雀右衛門の『京鹿子娘道成寺』は文字通り息を飲む演技で、今でも鮮烈な印象が残っている。

冥福をお祈りする。
[ 2012/02/23 22:28 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「鰍沢」

録画しておいた、NHK『日本の話芸』を見た。演目は、桂歌丸の落語「鰍沢」。

江戸の商人が身延参りの帰りの山中で、大雪で道に迷い、灯りの点る荒ら家に助けを求める。
その家に住んでいたのは吉原の元花魁でお熊。お熊は、商人に卵酒を飲ませ、休ませる。
お熊の亭主は熊の膏薬を作って生計を営む猟師。お熊が酒を買いに家を空けた留守に亭主が戻り、飲み残しの卵酒を飲み、苦しみ出す。戻ったお熊が、商人に毒入りの卵酒を飲ませて持ち金を盗もうとしたことを語る。
それを寝床で耳にした商人が、動かない身体で家から這い出て、毒消しの護符を雪と一緒に飲み込み、何とか逃げ出す。鰍沢に繋いであった筏に乗り、川を下るが、そこに鉄砲玉が…。玉が逸れ、命拾いした商人が、「お材木(お題目)のお蔭」というのがサゲ…なのだが、これでは何で鉄砲玉が飛んで来たのか、さっぱり判らない。

実は、商人が逃げ出した後で、お熊が亭主の鉄砲を持って追い掛けて来る場面が、編集でカットされているのである。
テレビの落語中継では、放送時間の制約があるわけだから、カットすること自体は致し方ない。だが、どこをどうカットするのかは、かなり重要である。今回のカットでは、商人が逃げ出したら、何故だか判らないがどこからともなく鉄砲玉が飛んで来て、結局助かる、というわけの判らないことになってしまっている。
お熊が何としてでも商人を殺そうという執念で、鉄砲を手に追い掛けて来る緊迫感があってこそのサゲである。その重要な部分をゴソっと切り落として最後だけ残したところで、まるでサガらない。噺の中身を理解して編集したとは到底思えない。
至極残念。
[ 2011/04/18 17:45 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「試し酒」

録画しておいたNHK『日本の話芸』(2月1日放送)、三遊亭金馬「試し酒」を見た。
大御所の円熟した口演に満足。

今日ここに書こうと思ったのは、主人と近江屋の賭けで5升の酒を飲むことになった下男の久蔵(九蔵?)が1升入りの大盃で酒を飲む場面。
金馬師は、最後に飲み干すところまで、盃をあまり傾けない。それで酒を飲み干せるのか? と疑問に思ったのだが、演目が終わった後で、この点について金馬師自身が解説をしていた。

大盃で酒を飲む時に、大きく傾けたら酒が零れてしまう、少し傾ければ飲めるようになっているものなのだそうである。
言われてみれば、なるほどそうかと思えるが、盃を大きく傾ける演出をする噺家もあったような気がするし、時代劇などで、酒豪が盃を大きく傾けて飲むのは見慣れた(と言っても、最近、時代劇をほとんど見ていないが)光景である。大盃で飲んだ経験などないから、大盃は猪口を大きくしたようなものだ、だとしたら、傾ける角度だって猪口と変わらないはずだ、という誤った固定観念があった。

恐らく、多くの人が似たような認識を持っているものと思う。金馬師も「良く言われる」と語っていたが、この自演自解がなければ、NHKに投書やら電話やらメールやら、殺到することになっていたかもしれない。
かく言う僕も、当ブログで「残念、不可解な演出!」とか何とか、恥ずかしげもなく書いていた可能性もないとは言えない。無知とは、恐ろしいものである。
[ 2011/02/02 17:04 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「芝浜」

昨日のエントリの最後に「芝浜」を持って来たのは、実は今日への振りである。

少し前に録画しておいた、NHK『日本の話芸』、柳家さん喬の「芝浜」を見た。
冒頭からいきなり編集(カット)されていて唐突な始まり方になっているところや、NHKの技術としてはありえない程画面が揺れていたことなど、気になる点はあるものの、それらを補って余りある好演で、久しぶりに感動する落語を聴いた気がする。カットについても、番組の編成の都合上、30分弱に収める必要があるのだから、致し方ないところではある。

ただ1点、腑に落ちない点があった。
酒ばかり飲んで怠けていた棒手振りの魚屋・勝五郎が、おかみさん(おふみ)に起こされて久しぶりに芝の魚河岸に仕入れに出掛けたのだが、一軒も開いていない。
そこに、切通しの鐘が鳴る。数を数えると…、

あれ、切通しの鐘、搗き終わったのかい? ひとつ足りねぇ。野郎、嬶ァの野郎、一刻(とき)早く起しやがった。忌々(いめいめ)しい野郎だなちきしょう…


翌朝の場面から考えると、本来起きるべき時刻は「六つ」(午前6時)だったはずである。
「六つ」には、その名のとおり6回鐘を鳴らす。正確には9回鳴らすのだが、最初の3回は捨て鐘だから、回数として認識されるのは6回だと言って良い。
問題は、「六つ」より一刻(2時間)早く起きた場合、鐘を何回聴くことになるか? ということである。

江戸時代の時刻の数え方は、「九つ」が午前0時、そこから「八つ」「七つ」…と数が減って行くに従って、2時間ずつ経過する。そして「四つ」が午前10時。
それなら正午が「三つ」かというとそうではない。正午はまた「九つ」に戻るのである。そしてまた、「八つ」「七つ」…と数が減って行く。
何だか面倒に思うかもしれないが、「九つ」が12時で「六つ」が6時というくらい覚えておけば、あとは簡単に数えることができる。午前と午後で同じだし、大した面倒はない。
厳密に言えば、もっと細かいことはあるのだが、そこまで理解していなくても差し支えはない。(むろん、僕も理解していない。)

そこで、先の「問題」の答え。
「六つ」より一刻早く起きた場合、鐘を7回聴くことになるのである。つまり、「六つ」よりひとつ多いのである。
台詞のとおり鐘がひとつ少ないなら「五つ」だが、午前8時では、違う意味で河岸は開いていないだろう。つまり、鐘がひとつ少ないから一刻早いというのは、実際とは違っているのである。

ちなみに、この演目を得意としていた3代目桂三木助の口演では、この部分は以下のようである。

あゝ、切通しの鐘が鳴っていやがらァ……いい音色だな、金が入(へえ)ってるとか言やァがったなァ。おまけに海へぴィんと響きやァがるからたまらねえなァ、あの味がよォ、また、なん……つぇッ 暗(くれ)え訳だ、嬶ァ、時刻(とき)ィ間違(ちげ)えて早く起しやがった……ちぇッ、忌々(いめいめ)しいなァ、ほんとに……

(青蛙房刊『桂三木助集』より。ただしト書きは省略した。)

鐘の数については触れられていない。鐘の数に言及すると、現代の聴衆には判りにくくなるという判断もあるのだろう。

さん喬ほどの噺家が、江戸時代の時刻の数え方を知らないはずがない。たとえ事実とは違っても、漠然と「違う」と言うより、具体的に鐘の数に言及した方が判りやすいという考えなのかもしれない。だが、この改変はいかがなものか、と思うのである。
時代に合わせて変わって行くのが、話芸というものである。否、基本は守りながら変えて行かなければならないのが話芸である。だから、台詞を変える行為自体には、まったく異存はない。また、ここで細かいどうでも良いことを指摘して揚げ足を取ろうつもりもない。だが、その上でなお、「いかがなものか」と言いたいのである。
何故なら、落語にとって時刻の数え方は、「芝浜」さえ判りやすくなればそれで良いという性質のものではないと思うからである。

前座話として有名な「時そば」で、

 「…いつ、むぅ、なな、やぁ…今何刻だい?」「九つです」「とお…」

と、1文誤魔化して得をした男(以下「誤魔化した男」と呼ぶ)を見て、それを真似した男(以下「真似をした男」と呼ぶ)が、

 「…いつ、むぅ、なな、やぁ…今何刻だい?」「四つです」「いつ、むぅ、なな、やぁ…」

と4文損をする。
何故、誤魔化した男が「九つ」で、真似をした男が「四つ」なのか。「八つ」と「七つ」でも、「六つ」と「五つ」でも、誤魔化した男が得をして、真似をした男が損をするのには違いない。
むろん、「九つ」と「四つ」が、真似をした男が最大の損を生む時間差だということも大いにある。だが、けっしてそれだけで説明し切れるものではない。

そもそも、真似をした男は何故、誤魔化した男と同じ「九つ」に実行しなかったのか。真似をした男が馬鹿だったから、というのはひとつの答えには違いない(真似をした男を「与太郎」とする演出もあるくらいである)が、だからと言ってそれだけの単純なことではない。
真似をした男は、前日のうちにすぐにも実行したかったのである。が、その日は銭の持ち合わせがなかったからやむなく翌日に持ち越しになった。銭を用意して、朝からやりたくてやりたくてうずうずしている。とは言え、さすがに「五つ」(午後6時)前では夜鳴きそばも出ていなかろう。待って待って、漸く「四つ」になって、時間も考えずに勇んで実行に移したわけである。

柳家小三治は、真似をした男が誤魔化した男を目撃した場面で、

俺もやってみようかしら、なんてんで…。その晩はあいにく細かいのがございません。明くる晩、揃えておくと待ちかねて表へ飛び出したってぇやつで…

(ソニー・ミュージックエンターテイメント『落語名人会37 柳家小三治13~初天神 時そば』)

とやる。真似をした男の待ちに待った心持ちを、さりげなく、かつ明瞭に表わしている上手い演出だと思う。

さて、誤魔化した男の都合だけで言えば、何刻にやっても構わないのだが、真似をした男が損をするというサゲのためには、「九つ」以降の時刻でなければならない。「四つ」では真似をした男は損をしないし、それ以前では前述のとおり、夜鳴きそばでもない。そして、「七つ」より後になると、やはり夜鳴きそばでもあるまいから、遅くとも「八つ」ではある必要がある。ただし、「八つ」の場合、真似をした男が「九つ」に実行すれば、逆にもう1文得をしてしまう。だから、真似をした男が必ず損をするためにも、「九つ」である必要があったのである。

単純な話のように思われるけれども、「四つ」の次が元に戻って「九つ」になるという、当時としては当たり前のことを「発見」しなければ、この笑いは生み出されなかったはずである。当たり前のことを「発見」するのは、思い掛けないことを「発見」するより、実は数段難しい。「時そば」は、時間が違ったから失敗した、というだけの噺ではなく、なかなか良く考えて作られているのである。

さん喬の「芝浜」は素晴らしかった。が、鐘の数え方を改変することは、啻に「芝浜」の問題に留まらず、「時そば」の時間設定の妙を味わええるかどうか、ということとも繋がっているように思う。そのことを、惜しむのである。
[ 2011/01/19 09:33 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報

歌舞伎の人間国宝、中村富十郎さん死去(asahi.com)
http://www.asahi.com/showbiz/stage/kabuki/TKY201101040048.html

中村富十郎さん:死去 人間国宝「弁慶」あたり役 81歳(毎日jp)
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2011/01/04/20110104k0000m040098000c.html

歌舞伎俳優で人間国宝、中村富十郎さん死去(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110104-OYT1T00065.htm

人間国宝の歌舞伎俳優、中村富十郎さん死去(msn産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/obituary/110104/obt1101040724000-n1.htm

歌舞伎俳優、中村富十郎さん死去(時事ドットコム)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201101/2011010400122&rel=j&g=soc

歌舞伎俳優で人間国宝の中村 富十郎さん、直腸がんのため死去 81歳(FNNニュース)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00190647.html

1月3日逝去。
演技が上手く、踊りも巧みで、何より声が良かった。
心からご冥福をお祈りしたい。
[ 2011/01/04 21:21 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△