『オタバリの少年探偵たち』

昨年の暮れに買って来た岩波少年文庫2冊の内の1冊。

セシル・デイ=ルイス『オタバリの少年探偵たち』

オタバリの少年探偵たち (岩波少年文庫)

第二次世界大戦直後のイギリスのオタバリの町で、子供たちの戦争ごっこ(と言うにはかなり大掛かりだが)に端を発して起こる事件の一部始終が、一連の事件の当事者の少年の一人、ジョージを語り手として書かれている。
テッド隊とトピー隊との戦闘開始から始まって、テンポの良い、臨場感溢れる、スリル満点の展開が最後まで続く。
ふとした思いつきで始まった戦争ごっこから小さな事件が起こり、それが最後にはオタバリの町にかつてなかった大事件の解決に繋がる。目まぐるしい展開で、読者たる子供を飽きさせることがないだろう…と言っても、まだウチの子は読み始めていないのだが。むろん、良質の児童文学の常として、大人が読んでも十分に楽しむことができる。

なお、著者のセシル・デイ=ルイスは、ニコラス・ブレイクの筆名で推理小説を書いていた人らしい。そういえば、『野獣死すべし』なんていうのは、読んではいないが、聞いたことがある。

本書の冒頭、訳者(脇明子)による「物語のまえに」に、当時の時代背景などが説明されている。「『そんなことより、早くお話を』という方は、ここはとばして」と控えめに書いているけれど、とんでもない、素晴らしい文章だから、是非読むことをお奨めする。
[ 2015/01/05 14:23 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『カッレくんの冒険』

アストリッド リンドグレーン『カッレくんの冒険』

カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)

先日取り上げた、『名探偵カッレくん』の続編である。
前作にも増して、カッレたち白バラ軍は、赤バラ軍とのバラ戦争に明け暮れている。
そのバラ戦争の余波で、白バラ軍の一員たるエーヴァ・ロッタが、殺人事件に巻き込まれることになるのである。
カッレはけっして完全無欠のカッコいい「名探偵」ではない。機転の利かせ方は子供離れしていると言って良いだろうけれども、あくまでも、ふつうの子供として事件と対峙している。
だから、読者たる子供たちは、カッレの立場に自分がいたとしても、もしかしたらうまいこと事件を解決できたかもしれないと思うかもしれない。むろん誰にでも簡単にできることではないけれども、絶対にできないとまでは言い切れない。それが、このシリーズの魅力だろう。
白バラ軍と赤バラ軍との戦争…すなわち親友との友情の物語に、殺人事件が彩りを添えていると考えた方が良いかもしれない。
むろん、「探偵もの」「冒険もの」を期待して読んでも十分に楽しめる好著であるのに違いない。
[ 2014/07/05 21:53 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『とぶ船』

ヒルダ・ルイス『とぶ船』

とぶ船〈上〉 (岩波少年文庫) とぶ船〈下〉 (岩波少年文庫)

ピーターがラディクリフの町の小さな店で「いまもっている金ぜんぶと――それから、もうすこし」で手に入れた魔法の船で兄弟たちと冒険の旅に出る物語。
空を飛んでどこへでも行かれる、時代も超えて行くことができる不思議な魔法の船…などというと、子供騙しの幼稚な童話と思われるかもしれないけれども、そうそう安っぽい話では、毛頭ない。

とぶ船に乗って様々な冒険をするところは、文句なく楽しい。子供が読んで面白いものであることは疑う余地がないけれども、それだけでは終わらない。
大人が読んでも大人なりの楽しみ方が出来る。
ピーターが魔法の船の元の持ち主に、いつかかならず船を返すと約束するところや、「仲間」になったウィリアム征服王の時代の国王の娘マチルダとの別れの場面には、切ない郷愁の念を禁じえない。

石井桃子による訳文も、1953年のものであるにもかかわらず、少しも古びていないのが良い。
[ 2014/06/29 18:45 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『名探偵カッレくん』

アストリッド・リンドグレーン
『名探偵カッレくん』


名探偵カッレくん (岩波少年文庫)

この著者のものとしては『長くつ下のピッピ』が殊に有名で、僕も子供の頃に(内容はまったく覚えていないのだけれども)読んだ記憶がある。
4年生の息子が『少年探偵ブラウン』とそのシリーズをたいそう気に入っていたので、これも同じ探偵ものということで買って来た。

名探偵に憧れる少年カッレ・ブルムクヴィストが、日頃の鍛錬の成果で宝石窃盗犯逮捕の立役者になる話。
とはいえ、単なる探偵もの、推理の興味に止まるものではなく、冒険小説としての要素も色濃い。むろん、カテゴライズすることにさしたる意味がないことは言うまでもない。
この著者の作品だけあって、子供の心理の描き方が何と言っても秀逸である。名探偵ぶりを発揮しながらも、子供らしさを失っていないところに、同年輩の少年少女読者は親近感を持つことだろうと思う。
窃盗犯追跡と同時進行する、カッレ属する白バラ軍と、対する赤バラ軍の「バラ戦争」の成り行きも、作品に奥行きを与えている。
「小学5・6年生以上」ということになっているが、それ以下(息子がそうである)でも楽しめるし、それ以上(大人も含めて)でも十二分に楽しめる作品である。
[ 2014/06/28 23:50 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(1) |  TOP△

ふたたび『少年探偵ブラウン』

ドナルド・ソボル『少年探偵ブラウン』(2)(3)

少年探偵ブラウン(2) (偕成社文庫2036) 少年探偵ブラウン(3) (偕成社文庫2037)

少年探偵ブラウン(1)』が事の外面白かったので、2巻以降も引き続き読んでいる。

1963年に始まった作品だけに、登場人物の少年たちが実に素朴である。
もちろん悪事が起こらなければ探偵の出番はないから、中には悪童も当然登場する。不良少年グループ・タイガースのバッグズ・ミーニーや、落第ばかりしている高校生のウィルフォード・ウィギンスは、悪さをしてはロイに鼻を明かされる常連である。
とりわけウィルフォードは、小学生たちから金を捲き上げようと、次から次へとウソの儲け話を作り出す。その度に、子供たちが大金持ちになることを夢見て騙される寸前まで行くのが、何とも微笑ましい。
日米での気質の違いは判らないが、今の子供なら、そんな途方もない法螺話に素直に騙されることはないだろうし、騙す方も、もっと手の込んだ精巧で陰湿な詐欺行為をしそうなものである。
むろんそんなものでは子供向けの話にはならないという事情からの必然という面もあるだろが、そういうカラっとした雰囲気が、このシリーズの大きな魅力だろう。

なお、本シリーズ、既に絶版で、流通在庫を運良く手に入れられたようである。今は『少年たんていブラウン』として、本シリーズ未収録のものも含めて全10巻の単行本として販売されているらしいから、新刊で読むことはできる。
が、本シリーズを読んだ今なら、10巻本を買っても良いと思えるけれども、知らなければセットで1万円を超えるものを、容易に買い始めようとは思わない。
だから、旧版を見つけたのは、幸運だったと言わなければならない。
[ 2013/04/21 00:18 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『少年探偵ブラウン』

ドナルド・ソボル『少年探偵ブラウン(1)』
少年探偵ブラウン(1) (偕成社文庫2035)

小学2年の息子が、『宇宙戦争』やら『二年間の休暇』やら、少々難しいかとも思った本を次々読破して行くので、気にせず少々上級向けの本を買い与えていたのだが、やはり年相応のものも読ませるべきだろうと思い直して、興味を惹きそうな本書を買って来た。

小学校5年生のロイ・ブラウンは「百科事典」と仇名されるほどの物知りで、得意の推理力を駆使して父親のアイダビル警察署長の犯罪捜査の手助けをすることもしばしば。それで、アイダビルの町では警察の手から逃げられた者がただの一人もいない。そんなロイが、探偵事務所を開き、次々と事件を解決して行くお話。
つまりは子供向けの推理小説なのだが、子供の興味を惹きやすいように、クイズのような形式を取り入れている。
各話の最後で、「何故、犯人が判ったのか?」というような問題が出され、その後に解答がある。だから、流れで一気に結論まで読み進んでしまうことなしに、問題を読んだところで一歩立ち止まって、自分で考えてから答えを読むことができる。
推理小説を読み慣れている人にとっては余計なお世話かもしれないけれども、そうではない子供にとってはかえって面白いだろうし、推理小説を読むコツも身に付けることができるだろう。
他愛もない日常的なことから本格的な犯罪まで、事件にいろいろなパターンがあるところも、変化があって飽きさせない。特に日常的な事件は、読者たる子供たちが実際に体験しうるようなことだから、共感を持って読むことができるだろう。

子供の推理小説入門としてはかなりおススメである。
[ 2013/03/30 23:25 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『二年間の休暇』

ジュール・ヴェルヌ『二年間の休暇』

二年間の休暇〈上〉 (偕成社文庫) 二年間の休暇〈下〉―十五少年漂流記 (偕成社文庫)

古くから「十五少年漂流記」の表題で有名なこの作品だが、本書は原題により忠実に、「二年間の休暇」をメインタイトルにしている。
「十五少年漂流記」は原題に忠実ではないとはいえ、その表題で読み継がれて来た歴史があり、なかなかインパクトがあり、作品の内容を端的に表している名題と言えるだろうから、これを捨ててしまうのは忍びない。それで、カバーだけには副題扱いでその歴史的表題が残されている。無論これは、版元の営業戦略的な考えもあるだろうが…。

大変有名な作品だし、何よりとてつもなく面白いから、同書の翻訳は、多数出版されている。本書を買って来てから思い出したのだが、我が家にも、『十五少年漂流記』名義の別の本があった。
その中での本書の特徴はと言えば、上下二分冊で「長い」ということである。むろん、意味もなくただ長いわけではない。「長い」のは単に物理的な特徴を言っただけで、重要なのはその理由である。本書は「完訳版」と銘打たれており、原書に忠実に訳されているらしい。前述の「別の本」と読み比べてみると、そちらはかなり端折られているところがあるのが判る。端折ったところで、面白いには違いないのだけれど、端折られていない方が、より楽しめる。更に本書には、原書にあるブネットの挿絵をすべて収めているそうである。この絵がまた素晴らしい。

タイトルを変えたり(それが原題に忠実だとしても)、訳を改めたり、今までとは違う新しいことをしようとすると、その熱意とは裏腹に、格調が失われたり、それまで持っていた作品に対するイメージが損なわれたり、ということが起こる場合が往々にしてあると思われる。が、本書にはそういうところがなく、非常に読み応えがあって読む者を飽きさせない。
たぶん、訳者が、単に新規の試みをしようとしただけではなく、読み継がれて来たこれまでの「十五少年漂流記」へのリスペクトを忘れていないからだろう。

宇宙戦争』『透明人間』を瞬く間に読み終えてしまった息子のために、同じような興味を持てそうなもので、かつ、ちょっと毛色の違うものを、と思って買って来た。まずは僕が読んで存分に楽しんだ次第。
既に別の「十五少年漂流記」を持っていたことは前述のとおりだが、重ねてこの本を買って、まったく後悔はない。
[ 2013/03/06 15:22 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『月の満ちかけ絵本』

書店の店頭で見掛けて、衝動買いした本。

大枝史郎・文 佐藤みき・絵『月の満ちかけ絵本』

月の満ちかけ絵本

絵本だと思って馬鹿にしてはいけない。この本に書かれていることを、大人がどれだけ理解しているか、読んでから判断した方が良いだろう。
暦としての月を、新月から始まって、満ちては欠けて行く様子を日を追って説明して行く。
科学的知見と暦の歴史と古くからの風習とがミックスされて語られて行くから、立体的な説明になっている。
易しく書かれてはいるものの、中には子供には簡単には判らないだろうと思われるところもある。きちんとした知識を持っていないと、訊かれた親も答えられないかもしれない。
かく言う僕も、子供に訊かれたわけではないけれども、ちょっと調べ直したところはある。もちろん、細部まできちんと判らなくても、読み通してみれば、おおよそのところは判るだろう。そして、あまり細かいところより、おおよそのところを理解しておくことが、大切だろうと思う。

高校1年生の頃、古文の授業で、月の名称を教わった。その教諭に古文を習っているクラスだけテストの平均点が格段に高かったほどの非常に指導力のある人で、感謝はしているのだが、月の名称に関しては、16日が十六夜月、17日が立待月…ということを叩きこまれても、さっぱりピンとは来なかった。
その後、自分で勉強するようになって、多少は判るようになったのだが、今に至るまで、月の名称に対して何となく苦手な感が抜けなかった。本書のような説明をされれば、ストンと胸に落ちて、ただの知識の丸暗記ではなく理解することができただろう。

もっとも、細かいことだが1つ気になる点はある。
「居待月」の説明に、

秋の18日目の月は、前の晩よりも、約40分おそく昇ってくる。
のんびりしたむかしの人も、さすがに立って待つのはたいへんだった。
それで、この日は「家の中に居て、待つことにしよう」と考えたから、「居待月(いまちづき)」と呼ばれるようになった。


とある。
そういう説もあるのかもしれないが、立待―居待―寝待の順であることからすれば、立つ―中に居る―寝ると取るのは不自然で、立つー坐るー寝ると考えるべきだろう。とは言え、これは瑕疵とまでは言えないだろう。

もう1箇所紹介しておくと、「陰と影のちがい」というコラムめいた短文がある。

・陰は、光が「もの」の表面にあたると、その後ろ側は、光があたらず暗くなるところ。「物陰」。
・影は、光が「もの」にさえぎられて、地面などにできる暗い部分。「影踏み」。


なかなか鋭いところを突いていると思う。大事なのは、「陰」と「影」がどちらも日本語では「カゲ」と言うことである。漢字の書き分けで説明できるとしても、元来、どちらも同じものとして捉えていた、ということを押えておく必要がある。どちらも、光源から発せられる光によって起こる現象である。
更に言うと、「月影」「星影」「火影」などの「カゲ」は、光源そのものを指す。つまり、日本語では、光源も、光源によってできる暗部(それが2種類に分けられる)も、「カゲ」ということばを以て表現していた、ということである。本書でそこまで述べられているわけではないけれども、そういうことを考える切っ掛けにはなるだろう。

最後に、本書とはあまり関係のない余談だが、学生時代、漢詩を作る授業を取っていて、「東の空に月が、西の空に日が…」というような文句を並べて提出したら、担当の老講師に、そういう状況は春にしか起こらない、適当に作られては困る、と評された。
「春にしか」云々は、蕪村の「菜の花や…」の句を念頭に置いて言われたものだろうが、これは講師の誤りである。適当に作った、というのがまったくもってその通りだったから、(そしてそのことの方がより重要だったから)反論はしなかったけれども…。

何はともあれ、おススメの本である。
[ 2013/02/21 23:32 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『妖怪博士』

江戸川乱歩『妖怪博士』

妖怪博士 (少年探偵)

怪人二十面相』『少年探偵団』に続く「少年探偵」シリーズの第3作目。

前2作と比べると、美術品好きのシャレた怪盗・怪人二十面相と希代の名探偵・明智小五郎の知恵比べのイメージは薄くなっていて、サスペンス的な要素がむしろ大きい。
それを、「少年探偵」シリーズらしくないと見るか、巧みに趣向を変えた妙味と見るか、意見は別れるところかもしれないが、純粋に、手に汗握る面白い話なのには違いない。
読んだことのない人は、是非、実際に読んで確かめていただきたい。

本作は昭和13年(1938)に発表されたものだが、前2作同様、文章に古さを感じさせない。それが証拠に、小学2年の息子が、あっという間に読み終えてしまった。展開が巧みで、途中で本を置きにくいということもあるのだが、文章の良さにも、大きな要因があるだろう。
執筆年だけから、過去の遺物と決めつけてしまわずに、一読して見てはいかがかと思う。

…あ、二十面相って書いちゃいけなかったかな? もとい、蛭田博士…まあ、良いか。誰も二十面相が登場しないとは思わないだろうし…。
[ 2012/11/20 22:22 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『怪人二十面相』

江戸川乱歩『怪人二十面相』

怪人二十面相 (少年探偵)

言わずと知れた、「少年探偵」シリーズの第1冊。「ぼ・ぼ・ぼくらは少年探偵団」でお馴染み(?)の少年探偵団は、この作品の中で結成される。
事情があって(もとより大した事情ではないが)、シリーズ2冊目の『少年探偵団』を先に読んだのだが、順番を守らなかったからと言って、その面白さが減殺されるものではまったくない。

主な読者層と年齢が重なる、名探偵明智小五郎の助手・小林少年が活躍するところも、読者が作品に嵌まり込む要因になっているだろう。事件が小林少年の手に負えない事態に展開した時に、満を持して明智探偵が登場するのも心憎い。
あるいは、小説というより、当時の「現代版・子供向け講談読み物」といったようなものと考えた方が良いのかもしれないが、一読すれば、人気を博した理由は良く判る。

現代の推理小説ファンから見たら、高度な推理とは到底言えないだろうし、二十面相の変装がいかに巧みだとしても、家族にも見破れないというのは、現実性に乏しいとも言える。もし粗筋だけを読んだとしたら、随分荒唐無稽な感じがするだろう。
が、作品を実際に読んでいると、そんなことを感じさせないのは、文章と構成の巧みさである。テンポ良く話が進んで行くし、何より、山場が盛りだくさんで、読者を飽きさせない。

大人になると、こういうものに対して、所詮は子供向けだとか、70年以上前の遺物だとか、否定的なことを言ってみたくなるものである。だが、純粋に作品そのものを楽しむ心を以ってすれば、この上もなく面白い物語である。
[ 2012/10/23 22:01 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△