『芸人式新聞の読み方』

以前に何度か書いたことがあるが、我が家では産経新聞を購読している。
産経新聞といえば、政権寄りで右方向に偏っているのは自明のことだが、それを認識してさえいれば、別段何の問題もない。そもそも、どこにも偏っていない報道機関などあるわけがないし、もし仮にあったとしたら、そんな詰らなくて役に立たないものはないだろう。
ただ、昨今の傾向として、朝日なら朝日、読売なら読売の主張を一方的に盲信して、それ以外の主張を間違いだと決め付ける傾向が強まっているように感じる。世の中に絶対的な正義なんてあるものではないのに…。

そんな中、この本は実に面白かった。

プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)

芸人式新聞の読み方

「新聞は、キャラが違うからこそおもしろい。書いていることがばらばらだからこそ、読み比べる楽しさがある」と言う。

「「オバマすし報道」に見る読み比べの醍醐味」でオバマ大統領来日時、すきやばし次郎の高級鮨を半分残した、という記事を切っ掛けにその時の裏事情まで推測したり、SMAP解散報道や安保デモの人数の記事を読み比べたり…と、テーマは様々。
2014年のソチ五輪の報道で、日刊ゲンダイが2月8日にガキの遊びのスノボが五輪競技か、とボロクソに書いていたのに、日本勢がメダルを取った途端の13日、かつてガキの遊びとボロクソに言われた時代があったが…、と言を翻したことなど、新聞をここまでしっかり読んでいると本当に楽しいだろうと思う。
リオ五輪の閉会式の「安倍マリオ」の真相? など、かなり東スポがかった見方ではあるけれど、もしかしたらそれが正解なのかも、と思わせるところもある。

「はじめに」で、地下鉄サリン事件の際、朝日と東スポの見出しが同じになったことにショックを受けた、という話を書いているが、これはなるほど思った。
「次にまた『朝日』と『東スポ』の見出しが同じになる日がきたら、それは日本が深刻な状況になっているときだろう」というのは、なかなかに重い。

著者は、現代において人々が「疑心暗鬼」を楽しめなくなって来ていると言う。白か黒かを性急に求めるのではなく、自分の中の「正義」を疑ってみること、そしてそれを楽しめることが必要だ、という主張は、聴くべきものがあると思う。

『都電荒川線さんぽ』

別段最近に出たというわけではないが、ごく最近見つけて購入した。

『ことりっぷ 都電荒川線さんぽ』

ことりっぷ 都電荒川線さんぽ

都電荒川線沿線は、若い頃にだいぶ散歩したから、今更ガイドを見ても、それほど目新しいものがあるわけではない。
けれども、書店で立ち読みして、綺麗な本だと感じた。
ぱらぱらめくっているだけで気分が良さそうだから、買うことにした。
実用的な目的で出された本を、さほど実用的でない目的で読むのも一興。

『WHAT IF?』

ランドール・マンロー
『ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか


what if?

著者の「マンガ科学解説サイト」に寄せられた突拍子もない質問、たとえば邦訳書のサブタイトルになっているテーマ(本当は、野球のボールを光速の90%の速さで投げたらどうなるか、なのだが)のような、本当はありえないような if について、真面目に考えている本。
マシンガンをぶっ放して空を飛ぶ方法を考えたり、ロンドンからニューヨークまで、車が通れる橋をレゴで作ることを考えたり…。地球の海の水を抜いて火星に排水したら…などというのも突拍子もない発想だ。

地球にいる全員が同じ場所に集まって同時にジャンプしたらどうなるか? の答えは「ほとんど何の影響もない」なのだが、本書ではそれにとどまらず、何も起こらなかった後のことまで考えているのが面白い。ただし、ジャンプしたらどうなるのかが問題なので、どうやってそれを実現するのかは本書の問うところではない。

なお、サブタイトルの件、これまたどうやってそんなボールを投げるのか? はさて措いて、あくまでも投げた場合にどうなるか、を考えているのだが、結論は、「メジャーリーグ・ベースボール規則6.08(b)によれば、この状況では、バッターは「死球」を受けたと判断され、1塁に進むことができるはずだ」というもの…なのだが、実はそれ以前に、それどころではないとてつもなく大変なことが起こっている。

こんなどうでも良いことを真剣に考えるところから何かが生まれるのかもしれない、と思う。