ノーベル文学賞2016(その19)

さすがにこれで最後だろう。

ディラン氏「文学とは違う」 ノーベル賞受賞ネット講演

 2016年のノーベル文学賞を受賞した米国人ミュージシャン、ボブ・ディランさん(76)が5日、受賞者に課せられた「業績にまつわる講演」を動画投稿サイト「ユーチューブ」などネット上に発表した。
 4日に米ロサンゼルスで録音されたものだという。27分余りで動画はない。
……
「私たちの歌は、生ける者の世界に生きている。文学とは違う。読まれるのではなく、歌われるべきだ」と述べ、「コンサートでもレコードでも、歌詞を、意図されたそのままに聴く機会を持ってほしい」と語った。(朝日新聞DIGITAL)


どこまでかっこ良いんだか。

ノーベル文学賞2016(その18)

JASRAC会見「京大HP歌詞は引用。請求しない」…16年度徴収額1118億円

京都大学がHP上でボブ・ディランさんの「風に吹かれて」の一節をとりあげたことについて、「JASRAC」(日本音楽著作権協会)の浅石道夫理事長は5月24日、「JASRACは引用として判断している。(著作権使用料を)請求はしない」と明言した。発言は定例記者会見でのもの。

京都大学の山極寿一総長は、4月の入学式の式辞で「風に吹かれて」の一節を紹介。この式辞が大学HPに掲載されたことで、JASRAC側が問い合わせをしていた。

浅石理事長は、JASRACが使用料を請求したという一部報道を完全否定。歌詞の利用目的の確認は、新聞などに対しても行なっている「日常業務」で、困惑していることを強調した。

JASRAC広報によると、今回の件では、外部から京大HPでの歌詞利用について「問題ないのか」という連絡があったという。JASRACでは歌詞付き楽譜のダウンロード販売などについて使用料を徴収しており、公平性や公衆送信権(読者に対し、コピペ、拡散を推奨するものなのかどうか)の観点から、京都大学に掲載目的の確認を行なったそうだ。(弁護士ドットコム)


著作権を管理するのがJASRACの業務なわけだから、使用料を徴収すべきかどうかを確認すること自体、当たり前のことではあるのだけれども、昨今何かと物議を醸し出しているさ中だけに、事実誤認を含めた批判的意見が渦巻いたことは、致し方ないところもあるのかもしれない。

なお、意見なしに事実だけ述べておく。
式辞で引用されている歌詞は10行。ただしその内2行は3回リフレインされる箇所だから実質14行。
ちなみに、Blowin' in the Wind はそんなに長い歌ではなく、歌詞は全部で24行しかない。

ノーベル文学賞2016(その17)

最近何かと話題を振り撒いているJASRACが、また話題を提供してくれている。

京大総長式辞に〝使用料〟請求、ボブ・ディランさんの「風に吹かれて」引用で 日本音楽著作権協会

京都大が4月の入学式で昨年のノーベル文学賞受賞者で米歌手、ボブ・ディランさんの歌詞を引用した山極(やまぎわ)寿一総長の式辞をホームページ(HP)に掲載し、日本音楽著作権協会(JASRAC)が京大に歌詞使用料が発生する可能性があると連絡を入れていたことが19日、分かった。

 JASRACによると、京大がディランさんの「風に吹かれて」の歌詞を一部引用した山極総長の式辞をインターネット上に掲載していると外部から連絡があり、5月、京大に事実確認などの問い合わせをした。

 JASRACの担当者は「個別の事案には答えられない」としたが、一般論として「式辞だけでは歌詞使用料は発生しないが、ネット上に掲載されると使用料が発生する可能性がある」としている。具体的な使用料はケースによって異なり現時点では不明だという。

 一方、京大は、使用料発生の根拠について詳しい説明がないため「今のところ対応は考えていない」としており、HPからの削除も当面は行わない方針。(産経WEST)


「引用」の程度をやや越えている印象なきにしもあらずではあるのだけれども…。

ノーベル文学賞2016(その16)

さすがにこれで終わり…かな?

ディラン氏、ノーベル賞のメダル受け取る 式典欠席から4カ月

昨年のノーベル文学賞に選ばれた米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏が1日、昨年12月の授賞式で渡される予定だったメダルと賞状を受け取った。
賞の選考にあたったスウェーデン・アカデミーのダニウス事務局長がインターネット上で明らかにした。
ディラン氏は「先約」を理由に授賞式を欠席していたが、この週末にコンサートでストックホルムを訪れたのに合わせ、同市内で非公開の式典が行われた。
スウェーデンのメディアによると、式典にカメラは入らず、前後にディラン氏からコメントはなかった。(CNN.co.jp)


まだ「講演」があるけど…。

ノーベル文学賞2016(その15)

第1報から半年近く経って、ようやくここまで来たか、という感じではある、のだが…。

ボブ・ディラン氏、賞状受け取りへ ノーベル賞

 昨年のノーベル文学賞受賞者の米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏が今週末にスウェーデンの首都ストックホルムを訪れ、選考主体のスウェーデン・アカデミーから同賞のメダルや賞状を受け取ることが分かった。アカデミーのダニウス事務局長が29日、ブログで明らかにした。

 ディラン氏は昨年12月の授賞式を欠席し、メダルなどはアカデミーが保管。だが、ディラン氏と最近まで音信が途絶えていたため、行方が注目されていた。ダニウス氏は賞金800万クローナ(約1億円)に触れていないが、メダルと一緒にディラン氏に渡すとみられる。

 一方、ディラン氏は受賞者に義務付けられている講演は行わず、代わりに講演のテープをアカデミーに提出するという。過去には本人のスピーチの録音や録画で講演の代わりと見なしたことがあり、同様の対応となる。

 ディラン氏は4月1~2日にストックホルムでコンサートを開く予定で、アカデミーはこれに合わせてディラン氏が講演するとの期待を表明していた。メダルなどの手渡しはディラン氏の希望により非公開で行われる。(日本経済新聞)


それにしても相変わらず、講演は録音だわ、メダルの手渡しは非公開だわ…。

ダブル受賞

「みうらじゅん賞」にボブ・ディランや安住紳一郎

12月20日、今年度の「みうらじゅん賞」の受賞者を発表する『輝け!第19回みうらじゅん賞』がGYAO!で独占生配信された。ボブ・ディランやアナウンサーの安住紳一郎らが受賞した。

「みうらじゅん賞」とは、読んで字のごとく漫画家・イラストレーターのみうらじゅんの独断によって選考・贈呈される賞だ。昨年2015年に発表された第18回では、松本人志やGLIM SPANKYが受賞し話題となった。

今回の総評としては、「間違いない選出であり、発表であったと思います。今回はボブ・ディランさんではなく、東京ボブ・ディランさんにお渡ししましたが、どれだけご本人に伝わるかが、今後の課題かと思いますが、これからはGYAO!を見て(世界的に)広がっていくと良いなと思います。」とコメントを残している。当日は、“彷徨い続ける永遠のニセモノ”としてディランのモノマネをしている東京ボブ・ディランが会場に現れた。

<受賞理由>
中学3年のときレコードを買ってもらってから今までずっと聞き続けてきたくらい大好きで憧れの人です。いつ渡そうか・・・と考えながら第19回まできてしまったがようやく渡すことが出来ました。ボブから僕に賞をくれることはないだろうから、こっちから渡すことで関係性を作れたら。。。(BARKS)


いくら何でもおもしろすぎる。
みうらは別のところでディランを「ノーベル文学賞とのダブル受賞」と言っていたが、自分が勝手に作ってしまった賞とノーベル賞を並べてしまうところが実にイカしている。

「こっちから渡すことで」とは言っているが、実際に受け取ったのは東京ボブ。関係性の作りようもないけれども、それもまたおもしろい。

ノーベル文学賞2016(その14)

ノーベル文学賞受賞を期にいろんな人がいろんなことをもっともらしく語っていたけれども、あまり興味はなかったから、そういうものはほとんど読まなかった。当たっているものもあるだろうし、まるっきり的外れのものもあるだろうけれども、どれが前者でどれが後者かは、誰にも判断のしようがないからである。
でも、これは興味深く、とても面白かった。

「ボブ・ディランはディランを発明しつづける」(みうらじゅん×湯浅学)
『ミュージックマガジン』(2016年12月号)


MUSIC MAGAGINE


受賞理由はディランのどこなんだろう? という問いに湯浅が「全体でしょ」と軽く答えているところや、みうらが「みんな分かんないから取ったんじゃないの?」と言っているところなど、何も言っていないように見えて、実に奥深い。
それが判っているから、判るところがあるんだろう。

ほかの記事は…読んでいないから判らない。

ノーベル文学賞2016(その13)

ディランさん「私の歌が文学か自問したことない」  ノーベル文学賞に謝意

10日開かれたノーベル授賞式後の晩さん会で、ノーベル文学賞を受賞した米シンガーソングライターのボブ・ディランさんのスピーチが代読された。ディランさんは若い頃から読み親しんできたカミュやヘミングウェイといった文学界の偉大な巨人たちの列に加わったことは「本当に言葉を失うことだ」と謝意を述べた。

ディランさんは受賞を光栄としながらも、10日の授賞式など一連の行事を欠席。10日夜、ストックホルム市庁舎で催された晩さん会では、ラジ駐スウェーデン米大使がディランさんのスピーチを代読した。(日本経済新聞)


授賞式には「先約がある」とかで出席しなかったものの、これで晴れてノーベル文学賞受賞者になったわけである。
まだ「記念講演」が残っているとはいえ、ひと段落ではある。

さて、代読されたスピーチの中に、意味深長な一節があった。

私は文豪ウィリアム・シェークスピアのことが頭に浮かびました。彼は自分を劇作家だと考えていたと思います。文学作品を書いているという考えはなかったでしょう。彼の文章は舞台のために書かれました。読まれることではなく、話されることを意図していました。「ハムレット」を書いている時、彼はいろいろなことを考えていたと思います。「ふさわしい役者は誰だろう」「どのように演出すべきか」「本当にデンマークという設定でいいのだろうか」。創造的な構想や大志が彼の思考の中心にあったことに疑いはありません。しかしもっと日常的なことも考え、対処しなければなりませんでした。「資金繰りは大丈夫か」「後援者が座る良い席はあるか」「(小道具の)頭蓋骨をどこで手に入れようか」。シェークスピアの意識から最もかけ離れていたのは「これは『文学』だろうか」という問いだったと確信します。


ディランはディランだ、ということか。

ノーベル文学賞2016(その12)

ノーベル授賞式でディランの曲 パティ・スミスが披露へ

ノーベル賞の公式ツイッターが5日、10日にストックホルムで開かれる授賞式で、米国のロック歌手パティ・スミスさん(69)が今年の文学賞の受賞者である米国人ミュージシャン、ボブ・ディランさん(75)の「はげしい雨が降る」を披露すると発表した。

スミスさんはディランさんにあこがれてロック音楽に傾倒し、1970年代から親交があることで知られており、9日にはストックホルム市内で「模範となる人の重要性」をテーマに講演したり、朗読を行ったりするという。

一方、式典を欠席するディランさんは受賞演説の原稿を提出済みで、10日の授賞式後にある晩餐(ばんさん)会で代読されるという。地元通信社は、代読は文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーのホーラス・エングダール元事務局長が行うと伝えた。(朝日新聞DIGITAL)


これで大方落ち着いたかな。
授賞式には出ないし演説は他人にやらせるし。どこまでディランらしいんだか。

ノーベル文学賞2016(その11)

ボブ・ディラン、来年ストックホルムでノーベル賞受賞の記念講演を開催か

今年のノーベル文学賞の受賞が決まったボブ・ディランが、2017年にノーベル賞受賞の記念講演を開催する可能性があることが報じられた。

これは文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーが明らかにしたもので、来年スウェーデンのストックホルムで自身のコンサートを予定しているディランだが、アカデミーはそれが記念講演を同地で行う「絶好のチャンス」であるとしている。

ノーベル文学賞受賞の条件としては受賞後6カ月以内のストックホルムでの講演が挙げられており、アカデミーはこの講演を「ぜひ実現してほしい」とかつてコメントしていた。

ちなみにディランは今年12月10日にストックホルムで行われる授賞式は「先約」があるために欠席することがわかっている。(RO69)


なんだ、ディランがやるって言ったんじゃないのか。
とすれば、ふつうに歌を歌って、これが記念講演だと嘯いたりする可能性も、ないではない。