未だ木鶏たりえず

何年もの間、ブログを毎日更新し続けているマメな方は少なからずいるけれども、それは僕にはできない芸当である。
それでも何日かおきに、僕としてはそれなりにこまめに更新していたのだが、ひと頃に比べると大分滞りがちになり、5月に、遂に月間のエントリの更新数が10を下回ってしまった。
滞ったところで誰に迷惑が掛かるものでは毛頭ないけれども、このままどんどん少なくなっていくのもいかがなものかと思って、しばらくの間、毎日書くことにした。

書き始めてみると、この時期は妙に仕事が忙しかった~始発電車で出勤したり、徹夜で仕事をしたりしたくらい~のだが、適当なものが多々あるからにせよ、書けないということはなかった。この調子なら、まだまだ行けそうな感じではある。
が、何時書けなくなるかは判らない。苦行に挑戦しているわけでも何かの願掛けをしているわけでもないから途切れても構わないものの、ここまで続けてくると、書けなくて途切れてしまうのも癪である。それで、このあたりで自ら途切れさせることにする。
6月1日から今日まで69日。70日目を目前とした、丁度良い潮時である。
どうして70ではなくその手前で止めるのか、何が丁度良いのか、さっぱり判らない方もいようけれども、判ったところでもとより大したことでもない。
そんなことにこだわっているところが、「未だ木鶏たりえ」ていない何よりの証拠である。
[ 2013/08/08 20:20 ] 能書き | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

カテゴリを整理しつつある

ちょうど一年前の今日、職場から徒歩で帰宅したこと、自宅の状況などのことを書いた。たかだか3時間弱の徒歩くらい、然したる苦労ではないのだが、心配してくれているかもしれない知人に対して、無事を知らせる目的で書いたのである。
その後、震災そのものについては、極力書くのを控えていたけれども、それでもその当時、見聞きしたこと、思ったことなどが僅かながら綴られている。
そんな些細なことは、他人にとってはどうでも良いのには違いないのだが、自分にとっては意味がないこともない。書いていなければ、二度と思い出すこともなかったであろう出来事だとか、その時の気分などを、思い出すよすがにはなっている。
こと震災に限ったことではなく、その時には大したこととも思わなかったことが、後になって何らかの意味合いを帯びて来ることもある。それで、いろいろなことを思い出す切っ掛けになるように、カテゴリを整理しつつある。
むろん、ひとえに僕自身の検索性のためである。僕以外の人に、裨益するところはない。
[ 2012/03/12 21:40 ] 能書き | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

HOSHINA HOUSE Returns

昨日予告したとおり、開設1周年を自祝して、当ブログのタイトルの由来を書く。
昨日から楽しみにしていたという人もいるまいし、長い人生の中で、1年やそこら何かを続けたところでいかほどのことかある、というのが正直なところではある。
が、そこはあくまでも個人のブログである。個人の節目(にしても小さいが…)として、こんなどうでも良いことを書くのを、諒とされたい。

ぼくが中学生の頃、社会現象と言っても過言ではないくらいのテクノ・ブームが勃興した。その元祖は、言うまでもなくYMOだった。"Technopolis" や "RYDEEN" など、当時としては珍しく、インストゥルメンタルの楽曲にもかかわらずヒットチャートに名を連ねていた。
余談だが、「イモ(=芋)」という綽名を持っていた友人は、その時期を境に「IMO」と表記が変わった。素朴なポテトくんが、流行の最先端になったのである。それくらい、YMOは偉大だった。

その偉大なるYMOを率いていたのが、細野晴臣である。
当初はまったく知らなかったのだが、通っていた塾の講師から、突然、「YMO(=細野)に似てる」と言われて、実は暫くの間不愉快だった。
当り前だ。中坊が、知らないオッサンに似ていると言われて嬉しい筈がない。しかも、実際問題、確かに似ていた。それだけ僕がオヤジ顔だったということで、知った後では尚更不快だった。

その後、かなりの時間が経ってから、遡ってこのアルバムに辿り着いた。

細野晴臣『HOSONO HOUSE』
HOSONO HOUSE

日本のROCK黎明期の歴史的名盤。
今聴けば、フォークのようにも思われるだろうが、当時の日本語のロックには、こういう側面があったのである。
細野晴臣のこういう楽曲を聴きたいと思ったら、ほぼ、このファースト・アルバムしかないと言って良い。続く『トロピカルダンディー』以降、まったく違う路線に進んで行き、「この次はモアベターよ」という台詞を残して(判らない人ゴメンナサイ)、YMO結成に至ることになるからである。
その「違う路線」もけっして嫌いではないのだが、このアルバムは特に、折に触れて繰り返し愛聴する1枚である。

ちょうど1年前、たまたまこのアルバムの何度目かのマイブーム期に入っていた。それで、折から始めようとしていたブログに、そのタイトルを借用することにした。ぼくがHOSHINA(保科)だから、それをもじったのである。
センスがないと言えばないのだが、このまま続けて行くしか、どうにも致し方がない。

いつまで続けられるものか…、

「知れたことである。行ける所迄行くのが人生である」(漱石)

…いや、それほどのものではもちろんないが。
[ 2011/08/07 01:33 ] 能書き | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

落選候補のことども

意味深なタイトルのようにも見えるが、まったく深くはない。

このブログを始めたのは、2010年8月7日、つまり明日で満1年になる。
さほど本気でやろうと思っていたわけではなく、ちょっと試しに、と思ってアカウントを登録してみたら、早くもページが出来上っていた。
アカウントを取っても、非公開にしておく設定もあるはずだが、その時は良く判らなかった。
それに、公開されていたところで、何も記事がなければアクセスして来る人もあるまいから、別段構わないはずなのだが、変なところで凝り性で見栄っ張りなので、そんなみっともないページをweb上に曝しておくわけにはいかない、ということで、慌てて始めたのである。

そんなわけで、タイトルも適当にその場の思い付きで決めたのだが、翌日の第2回目のエントリで、いくつかの落選した候補めいたものを上げておいた。

ちょっと違う気分の時期だったら、『おろかなるひとりごと』になっていたかもしれないし、『ALL THINGS MUST PASS』だったかもしれない。『SHEEP MAY SAFELY GRAZE』とか『大西洋横断』、あるいは『かのように』とか『ドラゴン真夜中に踊る』でなかったとも言い切れない。その程度のものである。


それらの由来を知りたいと思う人はどこにもいるまいが、開設1周年を目前にして、説明しておく。理由は、今書かなければ、永遠に書く機会が訪れないからである。

『おろかなるひとりごと』
判る人には判るだろうが、そう多くもあるまい。『よしだたくろう・オン・ステージ ともだち』の冒頭に収められている曲のタイトルである。
実はこれが、最有力候補だった。ブログを始める時期が少しでもずれていれば、このタイトルになっていた可能性は極めて高い。
だが、看板が「おろかなるひとりごと」で、中身も本当におろかなるひとりごとでは洒落にならないので、すんでのところで思い直したのである。
なお、いま確認したら、正しくは「おろかなるひとり言」だった。
さらに、今更ながら勘違いに気づいたのだが、その時僕の頭の中にあったのは、同アルバム中の別の曲「何もないのです」だった。この曲のこの上もなく脱力する感じが有力候補の理由だったのだが…。
中身が何もなくてタイトルが「何もないのです」では、やはり洒落にならない。

『ALL THINGS MUST PASS』
日本語に訳せば「諸行無常」、だが、別に仏教思想とは関係がない。
この頃、ジョージ・ハリスンのアルバムを、偶々聴いていただけである。

『SHEEP MAY SAFELY GRAZE』
邦題は「羊は安らかに草を喰み」。J.S.バッハの「狩のカンタータ 楽しき狩こそ我が喜び(我が楽しみは元気な狩のみ とも)」の中の一節である。
今は『古楽の楽しみ』に模様替えした、NHK FMの『朝のバロック』という番組のタイトル曲だった。恐らく、カール・ミュンヒンガー指揮/シュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏によるものだったろうと思うが、それほど造詣が深くないので自信はない。
20~10数年前、毎朝聴いていたのだが、番組が終わった後の平井信行さんの天気予報が楽しみだった。ギャグをかまし過ぎて注意されたのだろう、途中から少しおとなしくなったが…。

『大西洋横断』
英語に訳せば、"Atlantic Crossing"。名曲 'Sailing' が収録された、ROD STEWARTのアルバムのタイトルである。これも、この頃良く聴いていた…のだと思う。
セールス的には成功したのだろうが、天才ロック・シンガーとしてのロッドは、このアルバムを境に消え、それ以降、ヒデキと化して行く。
「大西洋を渡って戻って来い」というのが、初期ロッド・ファンの合言葉である。

『かのように』
学生時代、『鴎外選集』を片っ端から読んでいた時に、かなり鮮烈な印象の残った作品のタイトル。
内容は忘れてしまっても、「かのように(アルス・オップ/コム・シィ)」ということばは、記憶に残っていた。
…「人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている」。

『ドラゴン真夜中に踊る』
レイ・ブラッドベリの『社交ダンスが終った夜に』に収められている短篇のタイトル。
1時間半ででっち上げた映画のフィルムを、酔っ払いの映写技師が滅茶苦茶な順番で上映する。それが最高の評価を受けて数々の映画賞を獲得する…という話。
この短篇集自体は、それほど気に入っているわけでもないのだが、この1篇は、出色だった。

件のエントリで、「あるもののもじり」と書いた、当ブログのタイトルの由来は、次回に。

さて、”どんな話をしゃべりましょうか?”。
[ 2011/08/06 07:13 ] 能書き | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

変えたこと

珍しく頼まれ原稿がある。頼まれた時に幹事に対してエラそうなゴタクを並べた手前、書けなかったではカッコが付かないので、このところ注力している。
そんな些細な個人的活動にも、震災の小さな余波はある。我が家にある資料ではどうしても足りないものを、公共の図書館や大学図書館で確認しようと思うのだが、臨時閉館や時間短縮で、どうにも行くことができない。行かれるような図書館には、残念ながら目当ての資料が所蔵されていない。それで、滞っている。
滞っているとはいえ、思考回路がそちらに向かっているので、なかなかほかのことに頭が働きづらい。それで、ブログの更新も停滞しているのである。もとより、停滞したところで、誰も迷惑とも残念とも思っていまいが。

とはいえ、あまりにも更新がされないのでは、頻繁に見に来ていただいている方に申し訳ない。それで、見た目だけでも変えてみようと、テンプレートを変更してみた。
元々、適当なテンプレートを選んだだけで、見た目は大して気にしていないのだが、ある時、某小売店のサイトがまったく同じテンプレートを使っているのを見つけて、ちょっと興醒めした。それで、変えようと思いつつ、面倒なのでそのままになっていた。もっとも、この「興醒め」には、小売店が出来合いのテンプレートを何の手も加えずに使っているのはショボすぎる、という思いも含まれる。これが、「変えたこと1」である。

春休みになって、またぞろ「読書感想文の書き方」の各エントリへのアクセスが増えて来た。そんなに藁をも掴みたい思いの人がいるのであれば、どうぞご自由に、ということで、カテゴリを独立させてみた。これが、「変えたこと2」である。
独立させたからといって、今後また書こうつもりもないのだが、「能書き」のように、最初に書いただけで今後書く気遣いのないようなものもあるわけだから、構うものか。
[ 2011/04/02 08:51 ] 能書き | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

HOSHINA HOUSE

ブログのタイトルには特に意味はない。
今、何となくそんなタイトルを付けたい気分だっただけである。
あるもののもじりではあるけれども、大してうまくもじれてもいない。
ちょっと違う気分の時期だったら、『おろかなるひとりごと』になっていたかもしれないし、『ALL THINGS MUST PASS』だったかもしれない。『SHEEP MAY SAFELY GRAZE』とか『大西洋横断』、あるいは『かのように』とか『ドラゴン真夜中に踊る』でなかったとも言い切れない。その程度のものである。

単なる語感で、『閑話休題』というようなものが良いと思ったのだが、書く内容はむしろ「閑話」だけになるだろう。だったら『羊頭狗肉』というのはどうか? いや、「羊頭」らしきものも用意していない。
正直に、『役に立たない話』とでもすれば看板に偽りはないだろうが、精一杯書いて結果的に役に立たないのならともかく、役に立たないことを前提に書くのも、読んでくれる人(がいるとして、だが)に対して失礼だ。それに、そういうタイトルには、たとえ謙遜だとしても、「賢人会議」の向うを張って「愚人会議」なるものを開催するような心地の悪さがある。
そんなわけで、意味のないタイトルを付けたのである。

さて、”どんな話をしゃべりましょうか?”。
[ 2010/08/08 21:44 ] 能書き | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

はじめに

今さらブログというのもどうにも時代遅れなようではあるが、書きたいことがなくもない気がするので、始めることにした。
すぐに飽きるだろうとは思っているのだが、それはその時のこと。いつまで続けられるものか…、

「知れた事である。行ける所迄行くのが人生である。」(漱石)

…いや、それほどのものではもちろんないが。
[ 2010/08/07 23:51 ] 能書き | コメント(0) | TB(0) |  TOP△