読書感想文の書き方(おまけのおまけ)

読書感想文の書き方(おまけ)」のおまけ。

角川文庫版『坊っちゃん』の解説に対して否定的な考えを述べて、全否定バージョンの感想文例を書いたが、この作品が名作であることに、疑いを差し挟むものではない。『坊っちゃん』自体、痛快な小説であることは認めるし、坊っちゃんの行動を否定的に捉えるのは、小説の読み方としては邪道だと思う。
ただ、社会批判など、現実社会と結び付けたコムヅカシイ裏読みを見て、そういう考えを述べてみたくなっただけである。
もちろん、好き嫌いの問題はあるから、坊っちゃんの行動にどうしても共感できない、という人もあるだろう。僕においても、全否定バージョンの6割方は本心である。それはそれで尊重されるべきだが、それと、『坊っちゃん』が名作であるかどうかとは、本質的には関係がない。

話は逸れるが、一例を上げる。
『仮名手本忠臣蔵』は、まぎれもなく傑作中の傑作であり、涙なしには見られない場面が目白押しである。
「鮒侍」の件りなど、塩冶に代って師直を叩っ切りたくなる。
塩冶が師直を叩っ切れなかったのは痛恨の極みだし、塩冶の切腹は無念だし、大星が主人の仇を討った時には清涼感を覚える。我が国の演劇・文学史上、最上級の傑作であることに疑いを容れる余地はない。

ただし、それと赤穂浪士の討ち入りをどう評価するか、ということは話が別である。
事実は審らかではないが、浅野内匠頭が吉良上野介に切り掛かるに当たっては相応の事情があったのだろう。だが、浅野自身が刃傷事件について「私的な遺恨」と供述しているらしいことからも判るように、仮に浅野が吉良を仕留めていたとしても、浅野が得るものは個人的な満足感以上のものではない。
自身の行為によって、路頭に迷う家臣がどれだけあり、領民の難儀はいかばかりであるか、そこを慮ってこそ、人の上に立つ大名である。
そういう意味で、仮に吉良に非があったとしても、浅野の行動は、正当化のしようがない。そして、吉良からすれば、大石らによる仇打ちは、逆恨みという面が濃厚である。

『忠臣蔵』では、師直が意地悪で、塩冶が酷いことをされ、堪忍相成らず切り付けたが、恨みも晴らせず、師直には何の咎めもなく塩冶だけが一方的に切腹になり、お国は改易、家臣は離散…。
それを、大星を始めとする四十七士が長年の苦節を耐え忍び、見事主君の恨みを晴らしたからこそ、歴史に残る名作になるのである。
むろん、創作上の塩冶においても、家臣のことを考えて自重するべきだった、と言えないことはない。だが、塩冶の短慮を読み込んでみたところで、『忠臣蔵』の本質には迫れまい。そもそも、塩冶が我慢したら、この作品は成り立たないのである。

少々余談が長くなったが、とまれ、作品の裏の裏まで読むことが、かならずしもその作品の理解の手助けにはならないであろうことを述べたかったのである。

日光(続き)

日光」の続き。

旅行に行く前にはいろいろと計画を立てて、二社一寺をすべて見て廻り、昼食はこのレストランで、華厳の滝にも足を延ばして…、などと考えがちだが、実際には2泊でそんなに廻れるものではない。しかも子供連れで。

そういうわけで、日光らしい写真がたくさんあるわけではないのだが、日光と言えばこれだろう! という方に。

三猿
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

本当は、ほかにもたくさん猿がいるんだが…。

眠り猫
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

本当は、ほかにもたくさん動物がいるんだが…。

今回の日光旅行の参考にした本。
丁寧に作ってあってなかなか良いと思うのでご紹介。小型で持ち歩きにも便利。

日光 鬼怒川 (タビハナ) (タビハナ―関東)日光 鬼怒川 (タビハナ) (タビハナ―関東)
(2010/06/15)


商品詳細を見る


最後に、日光のおみやげ。

お土産
(Canon EOS20D + EF50mm F1.8II)

根性がなく歩かない5歳の息子が、行き掛けに見かけたこのおもちゃがどうしても欲しくて、表参道から東武日光駅前の土産物店まで、暑い中を歩いて戻った。そのご褒美。
[ 2010/08/26 23:50 ] 旅・散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

日光

1ヶ月も前のことになるが、20年以上ぶりで日光に行った。
東武特急スペーシアの個室を利用したくて、それなら日光か鬼怒川、鬼怒川は以前に行ったので、今度は日光、という程度の理由で行くことにした。

もう好い加減、鮮やかな記憶は無くしていて今さらな感もあるが、アルバム代わりにアップする。
なお、8月10日「蜻蛉」と8月17日「納涼」の写真は、この時の旅行のもの。

日光山の入口、神橋。
アスペクト比が16:9になっているのに気づかず(普通、気づくが)、縦長になってしまったが、まぁ、良いだろう。橋の下を流れる大谷川の水が、非常に美しい。

神橋
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)

この神橋、渡るのが有料なのは構わないのだが、料金の徴収の都合か、橋を渡ってそのまま日光山を参詣することができない。市街側から渡って、後戻りしてまた市街側から出なければならない。
それが興醒めで、渡らずに眺めるだけにした。

二荒山神社への参道、上新道。

化け灯籠
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

参詣に来て石を投げる輩がいるとは少々信じがたいが、この看板を見る限り、そういう不心得者がいるんだろう。それもたくさん。

上新道
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

東照宮のような超有名スポットではないが、田母沢御用邸記念公園に行った。
実は今回の旅行の中で、一番の当たりではないかと思っている。
邸内をじっくり見られるのも良いし、庭園も隅々まで散策できる。この日は雨交じりの天気だったが、却って風情があった。

田母沢御用邸1
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)
田母沢御用邸2
(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)
田母沢御用邸3
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)

邸内にある茶店で食べた抹茶・塩羊羹セット。とても美味だった。

抹茶塩羊羹セット
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2010/08/25 22:19 ] 旅・散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

読書感想文の書き方(おまけ)

読書感想文の書き方(1)
読書感想文の書き方(2)
読書感想文の書き方(3)
読書感想文の書き方(4)
読書感想文の書き方(5)」のおまけ。


読書感想文とは直接の関係がないが…。

角川文庫版『坊っちゃん』の解説に、

それにたとえなま卵をたたきつけ、おもうさま殴りつけても、事態は少しも変わらない。顔の黄味は洗えば落ちるし、コブも数日すれば消えるのだ。そんなことに思いがいくと、「坊っちゃん」がガラリとちがって見えてくる。ニガ味が入り、社会批判がまじってくる。

という文があった。が、僕はそうは考えない。

確かに、顔を洗えば黄身(引用文中の「黄味」は漱石の用字)は落ちるし時間がたてば瘤も消える。それは間違いない。
けれども、中学校の教頭を勤めている、文学士であり地方の名士である赤シャツが、芸者と宿屋に泊ったのを待ち伏せされ、立てなくなるまで殴りつけられた事実がなくなることはないのである。
もちろん赤シャツの力を以てすれば、何とか事件を揉み消して、素知らぬ顔で通すことはできるだろう。だが、何しろそこは、団子や蕎麦を食ったり温泉で泳いだりしただけで、それがたちどころに知れ渡る土地柄である。この後、赤シャツが今までとまったく変わらない生活を送り、世間の尊敬を集め、マドンナと幸せな結婚をするということは、ありえないのではないか。赤シャツは、取り返しのつかない失態を犯してしまったのである。
そしてその頃、四国を去った二人は、無傷で東京と会津にいる。

そういうニュアンスを籠めて、最後に、読書感想文・全否定バージョン。
ただし、このようなものを書いて、小学校から呼び出しを食らっても責任は持たない。松山の人だったら特に。

 『坊っちゃん』を読んで、私は主人公の坊っちゃんがしたこと、言ったことには全然共感が持てませんでした。
 坊っちゃんは、四国の学校に行ってからすぐに先生たちにあだ名をつけますが、そのあだ名にはあまり好意が感じられません。特にうらなりやのだいこというあだ名には、相手をばかにしたような感じがあります。校長先生につけた狸というのも、ぼんやりした人とか、うそつきとか、あまり良く思われていない人につけられることが多いと思います。
 あだ名は、相手を呼ぶ時に、その人への親しみをこめて使うものだと思います。でも、坊っちゃんは、自分がつけたあだ名を、直接相手の人に向かっては使いません。好意で付けていないから、坊っちゃん自身も使えなかったのではないでしょうか。
 それに、坊っちゃんは先生として四国に来ているのに、その土地にとけこもうとしていません。生徒にしゃべるのが早すぎてわからないと言われてわかるまで待っていろと言い返したり、言葉の終わりに「なもし」とつけるのはその地方の言葉なのに、菜飯は田楽の時に食べるものだなどと言ったりします。
 一番良くないと思うのは、山あらしといっしょに赤シャツとのだいこに生玉子をぶつけたりなぐったりするところです。自分たちは悪者をこらしめた気で得意になっていますが、気晴らしをしただけだとしか思えません。
 この後、四国に残って学校のために赤シャツたちと戦うのなら、坊っちゃんたちのやったことは立派なことなのかもしれませんが、最後には結局、自分たちのふるさと、東京と会津に帰ってしまいます。だとしたら、ただの自己満足で無責任なことだと思います。
 東京が良いと決めつけて田舎をばかにする坊っちゃんの勝手さが、あだ名にも生玉子の事件にも出ているのではないかと思いました。



ところで、今日、帰宅すると、予想に反して娘が自力で読書感想文に取り掛かっていた。
まだ、「読書感想文の書き方(2)」の初期の段階で、50字にも満たない状態だが、それでも自分で取り組んでいる。
親馬鹿だが、我が子よ見直した。とにかく勉励努力し給え!

【12月19日追記】
原稿用紙バージョンを追加。

亀戸天神社大祭

今年は4年に1度の亀戸天神の大祭の年。

大祭・東京スカイツリー
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)

次の大祭の時には、スカイツリーも完成しているんだな。

読書感想文の書き方(5)

読書感想文の書き方(1)
読書感想文の書き方(2)
読書感想文の書き方(3)
読書感想文の書き方(4)」の続き。

ひとまず、ここまで書いた文を読書感想文らしい文体にする。

 坊っちゃんは、東京から四国の中学校に行って先生になりました。四国に行って、中学校の先生たちにあだ名をつけたところが楽しかったです。
 校長は目が大きくて狸のようだから狸、教頭はいつも赤いシャツを着ているから赤シャツ吉川は芸人風だからのだいこ、堀田はいがぐり坊主だから山嵐、古賀はいつも蒼い顔をしているからうらなりです。
 あだ名を聞いただけで、その人たちの顔や恰好が頭に浮かんで来て、これからどんなお話になるのかが楽しみになりました。
 赤シャツは、坊っちゃんには蕎麦屋や団子屋にも入ってはいけないなどとえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人を横取りするために、もともとマドンナと結婚の約束があったうらなりを九州の学校に転勤させたりして、勝手なことばかりしています。 のだいこは、赤シャツにお世辞ばかり言っていて、いつもいっしょにいます。
 山嵐は、赤シャツに遠慮しないで正しいことを言うので、赤シャツは山嵐をやめさせようとして、新聞にうその記事を書かせたりします。ずいぶんひどいと思いました。
 一番おもしろかったのは、坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツとのだいこをこらしめたところです。 八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめました。
 坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけました。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐりました。
 坊ちゃんは、赤シャツから山嵐に気をつけるように言われて口も利かなくなりますが、それが間違いだとわかるとすぐに仲直りします。それから、給料を上げると言われたのに、山嵐をやめさせる代わりだとわかって断りました。辞表を出せと言われたのは山嵐だけなのに、義理が大切だから自分もやめると言いました。理屈がわからないことはきっぱりと断るのがいさぎよいと思います。
 坊っちゃんがまっすぐな心を持っているところが気持ちいいと思いました。



一旦、提出用ではない原稿用紙に下書きしてみる。このままだと、6行ほどオーバーするようだ。長ければ、潔く削るまでである。
ただ削っただけでは、文章が通らなくなったりするので、足したり引いたり、ここが結構大変なところである。
その大変なところを、ブログで再現するのは不可能なので、申し訳ないが割愛する。

で、こんなふうに仕上げてみた。

     『坊っちゃん』を読んで
 東京から四国の中学校に行って先生になった坊っちゃんは、中学校の先生たちにあだ名をつけました。校長は目が大きく狸のようだから狸、教頭はいつも赤いシャツを着ているから赤シャツ、吉川は芸人風だからのだいこ、堀田はいがぐり坊主だから山あらし、古賀はいつも青い顔をしているからうらなりです。
 あだ名を聞いただけで、その人たちの顔や格好が頭に浮かんで来て、これからどんなお話になるのかがとても楽しみになりました。
 このお話の中で一番おもしろかったのは、坊っちゃんが山あらしといっしょに赤シャツとのだいこをこらしめたところです。
 赤シャツは、遠りょをしないで正しいことを言う山あらしがじゃまなので、学校をやめさせるために新聞にうその記事を書かせたり、ずいぶんひどいことをします。
 それに、坊っちゃんにはそば屋や団子屋に入ってはいけないなどとえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人をうらなりから横取りしたり、勝手なことばかりしています。
 坊っちゃんと山あらしは、何日も待ち伏せをして、ようやく赤シャツとのだいこをこらしめました。坊っちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけ、山あらしは赤シャツをぽかぽかなぐりました。
 坊っちゃんは、理屈がわからないことはきっぱりと断るまっすぐな心を持っていると思います。赤シャツから山あらしに気をつけるように言われて山あらしと口をきかなくなりますが、間違いだとわかるとすぐに仲直りします。給料を上げると言われたのに、山あらしをやめさせる代わりだとわかると断ります。山あらしが学校をやめさせられる時、義理が大切だから自分もやめると言います。
 そういう間違ったことを許さない坊っちゃんは、とても気持ちのいい人だと思いました。


今頃になって、小学校で習いそうもない漢字がずいぶん入っているのに気がついたので、かなに開いてみた。まだ、習わない漢字が混じっているだろうが、調べる気力が残ってない。

思ったより大した出来ではないのが遺憾であるが、小学生の宿題だとしたらまずまずこんなものだろう。
だからと言って、これをそのままコピペして、宿題一丁上がり、ということは決してしないでいただきたい。
重要なのは、書いた内容より、書くプロセスなのである。
世のお父さんお母さん、手抜きをしても、それでは子供のためにならないのですぞ。

以上、近々やって来るに違いない娘のための予行演習として書いた。

【12月19日追記】
原稿用紙バージョンを追加。

読書感想文の書き方(4)

読書感想文の書き方(1)
読書感想文の書き方(2)
読書感想文の書き方(3)」の続き。

とりあえず、できたメモを並べてみる。

【3】

坊っちゃん…主人公。東京から四国の中学校に行って先生になった。

【4'】

坊っちゃんは四国に行ってから、中学校の先生たちににあだ名を付けた。
 校長…たぬき。目の大きな狸のような男。
 教頭…赤シャツ。いつも赤いシャツを着ている。
 吉川…のだいこ。芸人風。
 堀田…山嵐。いがぐり坊主。
 古賀…うらなり。いつも蒼い顔をしている。
あだ名を聞いただけで、その人たちの顔や格好が頭に浮かんで来て楽しい。

【1'''】

赤シャツ…坊っちゃんが勤めている学校の教頭先生
赤シャツは、坊っちゃんには蕎麦屋や団子屋にも入ってはいけないなどとえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人を横取りするために、もともとマドンナと結婚の約束があったうらなりを九州の学校に転勤させたりして、勝手なことばかりしている。
のだいこは、赤シャツにお世辞ばかり言っていて、いつもいっしょにいる。

山嵐は、赤シャツに遠慮しないで正しいことを言うので、赤シャツは山嵐をやめさせようとする。
新聞にうその記事を書かせたりする。
ずいぶんひどいと思った。

おもしろかったところ
坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツと野だいこに卵をぶつけたところ。
坊っちゃんと山嵐は八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめた。
坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけた。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐった。

【2'】

坊っちゃんがまっすぐな心を持っているところが気持ちいい。
赤シャツに山嵐に気をつけるように言われて口も利かなくなるが、間違いだとわかるとすぐに仲直りする。
給料を上げると言われたが、山嵐をやめさせる代わりだとわかって断った。
辞表を出せと言われたのは山嵐だけなのに、義理が大切だから自分もやめると言った。
理屈がわからないことはきっぱりと断るのがいさぎよい。


【1'''】の赤シャツの説明は、既に【4'】にあるから削除。

(まだ続く

読書感想文の書き方(3)

読書感想文の書き方(1)
読書感想文の書き方(2)」の続き。

前回、メモを取るところまで行った。
次にやることは、メモをふくらませることである。

まず、【1】と【8】は同じ事柄なのでまとめてみる。

【1'】

おもしろかったところ
坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツと野だいこに卵をぶつけたところ。
坊っちゃんと山嵐は八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめた。
坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけた。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐった。



どうして赤シャツをこらしめようとおもったのか? 【6】と関係がありそうだ。のだいこがいっしょに殴られた理由が【7】。それから、「いろいろ」って何だろう?

【1''】

赤シャツ…坊っちゃんが勤めている学校の教頭先生
赤シャツは、坊っちゃんには蕎麦屋や団子屋にも入ってはいけないなどとえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人を横取りするために、もともとマドンナと結婚の約束があったうらなりを九州の学校に転勤させたりして、勝手なことばかりしている。
のだいこは、赤シャツにお世辞ばかり言っていて、いつもいっしょにいる。

おもしろかったところ
坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツと野だいこに卵をぶつけたところ。
坊っちゃんと山嵐は八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめた。
坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけた。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐった。



【2】の「まっすぐな心」は、どういうところを言っているのか?

【2'】

坊っちゃんがまっすぐな心を持っているところが気持ちいい。
赤シャツに山嵐に気をつけるように言われて口も利かなくなるが、間違いだとわかるとすぐに仲直りする。
給料を上げると言われたが、山嵐をやめさせる代わりだとわかって断った。
辞表を出せと言われたのは山嵐だけなのに、義理が大切だから自分もやめると言った。
理屈がわからないことはきっぱりと断るのがいさぎよい。



どうやら【1''】と【2'】は繋がっているようだ。それから、【1''】の原因になったのは、【8】のようだ。

【1'''】

赤シャツ…坊っちゃんが勤めている学校の教頭先生
赤シャツは、坊っちゃんには蕎麦屋や団子屋にも入ってはいけないなどとえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人を横取りするために、もともとマドンナと結婚の約束があったうらなりを九州の学校に転勤させたりして、勝手なことばかりしている。
のだいこは、赤シャツにお世辞ばかり言っていて、いつもいっしょにいる。

山嵐は、赤シャツに遠慮しないで正しいことを言うので、赤シャツは山嵐をやめさせようとする。
新聞にうその記事を書かせたりする。
ずいぶんひどいと思った。

おもしろかったところ
坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツと野だいこに卵をぶつけたところ。
坊っちゃんと山嵐は八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめた。
坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけた。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐった。



【4】のあだ名を見て、どういうことを感じる?

【4'】

坊っちゃんは四国に行ってから、中学校の先生たちににあだ名を付けた。
 校長…たぬき。目の大きな狸のような男。
 教頭…赤シャツ。いつも赤いシャツを着ている。
 吉川…のだいこ。芸人風。
 堀田…山嵐。いがぐり坊主。
 古賀…うらなり。いつも蒼い顔をしている。
あだ名を聞いただけで、その人たちの顔や恰好が頭に浮かんで来て楽しい。



坊ちゃんが四国に行ったのは【3】だから。【3】と【4'】は繋がっている。

だいぶ纏まって来た。
順序としては、【3】~【4'】~【1'''】~【2'】ということになる。

さて、残った【5】をどうするか。
これは、捨てるのである。これを入れたら字数オーバーになりそうだからである。
折角書いたところを捨てるくらいなら、ほかのところを膨らませなければ良かった、と思うべからず。膨らませるところは膨らませる。捨てるところは捨てる。これが大切なのである。

続く

読書感想文の書き方(2)

読書感想文の書き方(1)」の続き。

読書感想文は400字詰原稿用紙2枚で書く、ということにしよう。
1行20字で40行。ただし、ここにはタイトルと名前を書く行が含まれる。
タイトルの前後を各1行空け、名前と本文の間を1行空け、というようなルールもあるが、僅か2枚の読書感想文なら、行空けは必要ないだろう。そこで、本文を書ける行数は38行になる。

では、いきなり書き始めるか、と言うと、そういうことはしない。原稿用紙を最初からは使わせない。
原稿用紙の代わりに、ノートや広告の裏紙を用意する。そこに、メモを書かせるのである。
本当は、短冊状に切った紙に書いて行くと良いのだが、この程度の分量であれば、そこまでするには及ぶまい。

どういうメモを書くか?
まず、最初から順序立てて書こうとする。これが無理である。
かと言って、思い付いた順に書いて行っても、バラバラになってまとまらない。
最初から規定枚数以内で書こうとする。これも無理である。書きたいことを書き切れずに尻切れトンボになったり、字数が余っていらないことをだらだら書き足したりすることになる。
だから、まずメモを取って、それを並べ替えて行くのである。

メモだから、きっちり整っている必要はまったくない。思いついた順に書き留めてみる。
特に考えのないところは、作品の文章丸写しでも構わない。とにかく、いろいろ書くことである。

それでは始め。
作品は、誰でも知っている、夏目漱石の『坊っちゃん』にする。

【1】

おもしろかったところ
坊っちゃんが山嵐といっしょに赤シャツと野だいこに卵をぶつけたところ。


【2】

坊っちゃんがまっすぐな心を持っているところが気持ちいい。


【3】

坊っちゃん…主人公。東京から四国の中学校に行って先生になった。


【4】

坊っちゃんは四国に行ってから、中学校の先生たちににあだ名を付けた。
 校長…たぬき。目の大きな狸のような男。
 教頭…赤シャツ。いつも赤いシャツを着ている。
 吉川…のだいこ。芸人風。
 堀田…山嵐。いがぐり坊主。
 古賀…うらなり。いつも青い顔をしている。


【5】

坊っちゃんが宿直をしていた時、ふとんの中に虫が入っていた。
坊っちゃんは、生徒に、「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」と言うと、生徒はバッタを知らない。
「そりゃ、イナゴぞな、もし」。
生徒の答えにいらいらした坊っちゃんが、「先生をつらまえてなもした何だ、菜飯は田楽の時よりほかに食うもんじゃない」と言うと、「菜飯となもしは違うぞな、もし」。


【6】

赤シャツ…坊っちゃんが勤めている学校の教頭先生
赤シャツは、坊っちゃんにはいろいろえらそうなことを言っているくせに、自分では芸者と遊んだり、マドンナという女の人を横取りするために、もともとマドンナと結婚の約束があったうらなりを九州の学校に転勤させたりして、勝手なことばかりしている。


【7】

のだいこは、赤シャツにお世辞ばかり言っている。


【8】

山嵐は、赤シャツに遠慮しないで正しいことを言うので、赤シャツは山嵐をやめさせようとする。
新聞にうその記事を書かせたりする。
ずいぶんひどいと思った。


【9】

坊っちゃんと山嵐は八日も見張っていて、二人を待ち伏せして、赤シャツとのだいこをこらしめた。
坊ちゃんはのだいこの顔に、持っていた玉子をぶつけた。山嵐は赤シャツをぽかぽかなぐった。


ここで大事なのは、書くことはできるだけ子供に考えさせることである。
「どこがおもしろかった?」とか、「ここをもう少し詳しく書いてごらん」というように、手助けする程度に止める方が良いだろう。

これでひとまずメモはできた。

続く

読書感想文の書き方(1)

小学5年の娘の夏休みの宿題に、読書感想文があるようなのだが、なかなか手を付けようとしない。

本を読むこと自体は大好きで、小さい頃からかなり上級の本を自力で読んでいた。だから読解力がないわけではない。けれども、読書感想文には手を付けようとしない。
さりげなく、近所の図書館で手頃なものを何冊か借りて来てやったりしたのだが、すぐに読み了えたものの、そのまま返してしまった。母親に聞かれて内容をきちんと説明できていたし、自分の感想もちゃんとあったのだが、それが感想文になることはなかった。だから、読書感想文はまだできていない。

少しずつでも自力で書く努力をしているわけではなく、後送りしているだけだから、切羽詰まれば助けを求めに来る。これは毎年のことで、今年はまだ来ないがきっと来る。しかも、夏休みも残りわずか2日くらいになった頃に。
切羽詰まっているからと言って、簡単に手助けしてやるわけにはいかない。子供に書かせるより代わりに書いてやった方がこちらも楽だが、それでは子供のためにならない。

手を付けたがらない理由も判らないではない。苦手なのである、というより、どうやって書いたら良いかが判らないのである。
小学校では、原稿用紙を配られて、「ハイ、書きましょう」となる。もちろん、まったく何も教えないということはないだろうが、自分の感じたことを書いてみようとか、自分が主人公になった気持ちで書いてみようとか、その他抽象的なことを言われても、子供がそれを実践することは難しい。
だから、いきなり原稿用紙に向かって、
  「私は『坊っちゃん』を読んで、主人公の坊っちゃんが赤シャツに卵をぶつけたところが…」
などと書き始めることになるわけである。

いきなりそういうふうに書き始めて、所定の字数で、過不足なく作品の内容を説明して、自分の考えを書くことなど、子供にできることではない。いや、大人でも、容易にはできない。だから、あらすじを書いただけで字数制限いっぱいになったり、面白かったところしか書けずにどんな話だったかさっぱり判らなかったり、ということになる。
必要なのは、具体的にどうやって書くかを教えてやることである。

話は遡るが、何年か前、区の作文コンクールの入選作を掲載した冊子が、学校から配布された。因みに、これを貰えたのは娘も入選していたからなのだが、あらすじの最後に感想めいたことがちょろっと書いてあるだけのもので、何で選ばれたのか、さっぱり判らない。素朴さが評価されたのだと、前向きに解釈してはいるのだが。

さて、その冊子に収められた入選作を読んでいると、「ねえ、君たち、知ってるかい?…」というような調子で始まるものがあった。感想文の読者を想定して、その読者に語り掛けるような文章で綴られている。小学生にしては驚くほど上手い。
なかなか洒落ているじゃないか、と思って読み進めて行くと、出るわ出るわ、5本に1本くらいがその調子だった。通信講座か学習塾か知らないが、どうやらそういう書き方を推奨する向きがあるようである。
そういう読書感想文は、個々に見れば非の打ちどころがない。娘の書いたものなど、親の贔屓目を最大限に入れても、到底足許にも及ばない。だが、そういうものを次々に読まされてみると、どうにも奇妙な印象がある。
小学生が読書感想文を書くのは、そんな紋切り型のテクニックを習得するためではないのではないか。

文章を書く上では、修辞的なテクニックももちろん大切である。それは否定しない。だが、まずは、文章を纏める、考えを纏めるやり方(それもテクニックと言えばそうなのだが)を身に付けるのが第一段階である。その上で、修辞的なテクニックを身に付ければ、本当に素晴らしい文章が書けるようになるだろう。だが、そんな完璧な小学生は、そうそういるものではない。

続く…亀戸天神の大祭までに書き上げられればすぐにアップする。が、できなければその後になる…。)