三囲神社(その3)

三囲神社(その2)」の続き。

ライオン&大黒・恵比寿

さて、上の写真のライオンの奥に見えるのが、隅田川七福神之内、大黒神・恵比寿天なのだが、その裏手に、顕名(あきな)神社という末社がある。そこにいる狛犬が、かなりユニークである。

顕名神社

顕名神社 顕名神社

もう1対、けっこう古そうな狛犬がいるのだが、この神社全体が、柵で囲われていて入ることができないので、こんな写真が限界。

顕名神社 顕名神社

この三囲神社には以前から何度も行ったことがあったのだが、迂闊にもこんな末社があることに、まったく気づいていなかった。
裏手にあるとはいえ、末社としては大きめである。迂闊にも限度がある…と思ったら、説明板があって、「平成6年移築」とあった。流石に、末社一社見落としていたわけではなかった。三井家先祖を祀る神社だそうで、どうやら三井家の邸内にあったものらしい。

ついでに、これも三井邸から移築されたもの。三角石鳥居。

三角石鳥居

「原形は、京都太秦・木島(このしま)神社にある」という説明が付いている。

それにしても三井邸、神社はあるは鳥居はあるは。一体…。

余談だが、参拝(散歩?)していた初老の御仁が境内にきれいに咲いている花を見て、「いいねぇ、これ、桃だよねぇ?」と言っているのに出くわした。が、当然ながら今は桃の咲く季節ではない。

(Canon EOS20D + EF50mm F1.8II & EF-S17-85mm F4-5.6IS USM/Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2011/02/24 21:52 ] 狛犬 東京/墨田 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

三囲神社(その2)

しばらく前、久しぶりに三囲神社に行った時に、何だか見たことのあるライオンを発見した。
そのライオンのことを書くのにこんなに間が空いたのは、その時にも撮った写真が、設定ミスでどうにも露出を外してしまっていたので、改めて撮りに行くまでに時間が掛かったのである。

そのライオン。

三囲のライオン

このライオン、どう見てもこれに瓜二つである。
案内板によると、閉店した三越池袋店から移設したもの。この神社は、古くから三越と縁が深かったらしい。
三越池袋店の閉店は2009年だから、どうりで前に行った時にはなかったわけである。

それに対して、もちろん古いものもある。

三囲のコンコンさん 三囲のコンコンさん

通称、三囲のコンコンさん。享和2年(1802)製。
狐らしからぬ垂れ目で柔和な表情がかわいらしい。
(Canon EOS20D + EF50mm F1.8II & EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

「やつやつしい」「ひつてん」「おそれべ」

芥川龍之介の文章を読んでいて、知らないことばが少なからず出て来るのだが、とは言え、そういうことばが出て来るとまったく理解が出来ないかというと、そんなこともない。
似たようなことばから、あるいは、前後の文脈から、ことばの意味を類推することはできるし、漢語であれば、構成要素の漢字の意味から、おおよその意味を推測することができる。
もちろん、その類推やら推測やらが見当外れだった、ということもないではないわけだが、ひと通り読んで行く上で支障のない程度には、理解することができる(厳密に言うと、理解することができた気になる)ものである。
が、中にはちょっと見当の付かないことばもある。

その声を聞いたばかりでも、誰だらう位な推測はすぐについたからでせう。あの優しい含み声の返事も、その時は震へてゐたやうですが、やがて静に障子が開くと、梱越しに手をついた、やつやつしいお敏の姿が、次の間からさす電燈の光を浴びて、今でも泣いてゐるかと思ふ程、悄々と其処へ現れました。(『妖婆』)


僕の持っている限りの小型の国語辞典には、この語は立項されていなかった。古語辞典を見ても見当たらなかったから、かなり珍しいことばのようである。

『日本国語大辞典』(以下『日国』)によれば、

  「(1)ひどくやつれている。非常にみすぼらしい。(2)人目につかない。目立たない。」

意の語である。「やつやつしい」の「やつ」は、「やつす」とか「やつる(やつれる)」の「やつ」なわけである。
上に掲げた例は、「今でも泣いてゐるかと思ふ程、悄々と」している姿を表現しているのだから、「ひどくやつれている」に該当するだろう。
なお、『日国』に上げられている(1)の用例に、島崎藤村の『家』がある。ただし、「艶の無い束髪や窶々しいほど質素な服装などが」というものだから、「非常にみすぼらしい」に当たる用例である。『色葉字類抄』の「窶 ヤツヤツシ 貧又窶 醜詞也」という記述も、「非常にみすぼらしい」に当たる。
『妖婆』と同じ意味合いで使われていると思しいものとしては、為永春水の人情本『春色恋白波』の「住主(あるじ)の母と思しきがいとやつやつしく病み臥して」という用例が上げられていたが、芥川当時としても、さほど一般的なことばだったとも思われない。

変ら無えのは私(わつち)ばかりさ。へへ、何時になつてもひつてんだ。(『鼠小僧次郎吉』)


恐らく「ヒッテン」と読むのだろうとは思うが、意味はさっぱり判らない。
これも『日国』。

  「貧乏なこと。無一文。ひどでん。」

用例は、『劇場新話』と人情本『春色梅美婦禰』が引かれている。
『日国』には「天明(1781~89)頃の流行語」とあるが、実際の用例は前者が1804~1809頃、後者が1841~42年頃のものである。鼠小僧次郎吉が活躍したのは化政期(1804~1829年)だから、時代考証としては合っているようである。とはいえ、大正中期の読者が迷わず理解できたかどうかは判らない。
なお、『角川古語辞典』には、このことばが立項されていた。用例は、人情本『娘消息』。こちらは1836年頃の成立のようである。

へへ、こいつは一番おそれべか。(『鼠小僧次郎吉』)


これは「恐れ」と関係があるのでは? と、何となく想像が付くのだが、とはいえちょっとピンと来ないところもある。
そこで、三たび『日国』。

  「恐れいる、感心する、閉口などの意をあらわす。」

用例は、『西洋道中膝栗毛』の「翻訳がほねがおれておそれべでげす」というものが上げられている。
明治初期に使われていたことばであれば、芥川が知っていておかしくはないし、当時の読者にも理解できたことばなのかもしれない。

以上、気になったことばを、ただメモしただけである。

『新明解国語辞典』のことなど(その4)

『新明解国語辞典』をパラパラとめくっていて、目についた項目。
目についたものを順不同に抜粋しただけだから、以下に掲げたそれぞれの項目の間には、連関がない。


自宅を離れて ある期間 ほかの土地で・不自由に(のんびりと)暮らすこと。

「不自由に」と「のんびりと」の関係が良く判らないが、まさか、「不自由に」かつ「のんびりと」ではなかろうから、「不自由に」または「のんびりと」ということだろうか。ほかの土地に行くだけではだめで、「不自由に」とか「のんびりと」とかの条件が付くようでないと、どうやら旅とは言えないらしい。
なお、初版では「自宅を離れてある期間、ほかの土地で暮らすこと。旅行」という、普通の説明がされていた。

批判

物事のいい点については正当に評価・顕彰する一方、成立の基盤に関する欠陥については徹底的に指摘・検討し、本来どう有るべきかを論じること〔揚げ足取りとは全く違うことに注意〕

言っていることはご尤もその通りである。が、初版の「物事のいい悪いなどについて、論理的・科学的に検討し、評価・判定すること」に比べて、ここまでストイックにこの語を規定するに至った理由は何なのか。「揚げ足取り」との違いに注意まで喚起しているのである。非常に興味深い。


一定の方法によって行われる、身についた技芸。「―を競う:学―・技―・芸―・医―・剣―・忍―・隆鼻―」

隆鼻術?…と思って調べてみると、「合成樹脂などを入れて、鼻を高くする整形外科手術」のことだそうである。そんなことば、辞書に載せるようなものなのか? と思って『旺文社国語辞典(改訂新版)』を見たら、やはり立項されていた。常識なのか?
もっとも、隆鼻術が「一定の方法によって行われる」ものなのには違いないが、果してそれは「身についた技芸」なのか? という疑問はある。そもそも、もっと一般的な、上げるべき用例がほかにあるような気がするのだが。

ところで、説明が面白かったり意味深だったりする辞書は、実は『新明解』だけではない。たとえば、先にも上げた『旺文社国語辞典(改訂新版)』にこんなものがある。

精神

非物質的な生命や宇宙の根源と考えられる存在。←→物質

深い。深すぎる…。
何だか難しすぎて良く判らないのだが、「生命や宇宙の根源」が精神だ、というのは、随分と哲学めいた感じがする。もちろん、一般的な、「思考や感情の動きをつかさどる、人間の心」という意味も掲げられているが…。

「つつ」

高校時代、古典の授業で、接続助詞の「つつ」について、
・並列ではなく、反復を表わす。(「ながら」とは違う。)
・訳す時には、動詞を反復させて「して」を付ける。たとえば「行きつつ」なら「行き行きして」。
と教わった。
その時から、この「行き行きして」式の訳には違和感があって、理屈はそうなのかもしれないが、そんな日本語があるものか、と思っていた。「行き行きして」はまだしも、「詠み詠みして」だの「言い言いして」だの「見い見いして」だの…。それで、自分では「行っては行って」式に訳すようにしていた。むろん、これも実用的な日本語であるかどうかには疑問があるのだが。

それから長い年月が経ったある時、こんな用例に出会って、高校の時に教わったことは正しかったんだ、と気が付いた。もっとも、かの教諭がそういう実例の存在に基づいて物を言っていたのかどうか、定かではないが。

「いえ、御覧の通り平地の乏しい所でげすから、地ならしをしては其上へ建て建てして、家が幾段にもなつて居りますので、――廊下丈は仰せの通り無暗に広くつて長いかも知れません」(夏目漱石『明暗』)


「家が幾段にもなつて居」るのだから、「地ならしをしては其上へ建て」という行為を何度もくり返しているわけである。だから、この「建て建てして」は反復で、古語における「建てつつ」の訳語として使いうる表現だと言える。つまり、「行きつつ」の訳としての「行き行きして」は、日本語として間違っていない、ということになる。

むろん、「行き行きして」が「行く」の反復だということが現代日本人に容易に通じないとしたら、このような訳語に固執する意味はほとんどないが…。

「女に別れる」

ちょっと妙なタイトルを付けてみたが、別段面白い話ではない。何かの想像を膨らませて期待された方には、予めお詫びをしておく。

ここのところ度々、芥川龍之介全集を読み返していることを書いているが、そういう昔の(と言っても近代だが)文章を読んでいると、所々、今の言い方とは違って気になる箇所が出て来る。
ことばは時代につれ変わるので、芥川のことばと現代のことばとでは、似ているようでいて違っている。古語なら現代語と違っていて当たり前なのでかえって気にならないようなことでも、近代の文章を読んでいると、ふと違いに気づかされることがある。

たとえば、こんな例である。

君は僕がどうしてあの晩、国府津なんぞへ行つたんだか知らないだらう。ありやね、嫌になつた女別れる為の方便なんだ。(『路上』)

通じなけりや――まあ、それまでだが、つまり僕は嫌になつた女別れるんでも、出来るだけ向うを苦しめたくないんだ。(『路上』)


「女別れる」と書かれているが、こういう文章を読み慣れていないと、「女別れる」と書くべきところを間違えたのではないか、そうでなければ誤植か? と思いかねない。
が、どうやらそうでもないらしいことは、夏目漱石にも似たような用例があることからも知れる。

小さい時分から父に伴れられて外出する度に、屹度何処かで物を食ふ癖の付いた自分は、成人の後も御供と御馳走を引き離しては考へてゐなかつた。けれども其日は何故だか早く父別れたかつた。(『行人』)

然し君は一体何んな事を云つて、彼奴調戯(からか)つたのかい。(『明暗』)

彼は一番始めに斯んな事を云つて津田調戯つた。(『明暗』)


これも現代なら、「父別れたかつた」「彼奴(津田)調戯つた」とありたいところである。

古語を見ていればそれほど特異なものではないが、格助詞「に」には、動作の対象を示す用法がある。
たとえば、

  春の日のうらがなしきにおくれゐて君恋ひつつ現しけめやも(『万葉集』巻15、3752、狭野弟上娘子)

の例などは、現代語であれば、「君」とあった方がしっくり来るだろう。
現代語でも、「君恋してる」などと言うではないか、と言われるかもしれないが、この例は、それとはちょっと違って、「君恋する」という言い方である。意味合いは似ているが、「恋する」は動作で、「恋してる」は状態なので、微妙に違いがある。もっとも、「君恋する」が、現代語として絶対に成り立たない言い方か、というと、そこまでは言い切れないところはあるが…。細かいことを言うと、「恋ふ」と「恋す」とでは違うのだが、措く。
いずれにせよ、ここも、「恋ふ」という動作の対象が、「君」なのである。

先に上げた各例は、こういう用法に相当する。
最後の例「津田調戯つた」で言うと、「調戯」う対象が、「津田」なのである。強いて言い換えれば、「津田に対して調戯つた」「津田のことを調戯つた」ということになるが、それが、格助詞「に」で表現されているわけである。

蛇足でひとつだけ注意を促しておくと、「津田に対して調戯つた」「津田のことを調戯つた」と表現するべきものを、「津田調戯つた」という表現で代用したわけではない。格助詞「に」が、そういう用法を担っていたのである。
漱石や芥川の頃までは、そういう用法が残っていた、ということである。だが、現代人にはそれが残念ながら通じにくい。明治(大正)は遠くなりにけり、なのである。

「全然」(その2)

ただのメモである。

以前のエントリで、「全然」が否定と呼応しない用例を幾つか上げた。その時に上げ忘れていた用例と、その後見つけた用例を追加する。
僕自身は、この問題についてこれ以上どうするつもりもないのだが、アクセスのログを見ていたら、ある地方の国立の研究機関から「全然」で検索して辿り着いていた履歴があった。恐らく真面目に用例採取をしているものと思われる。そこで、本気で研究する気のある人の役に少しでも立つのなら、と思って追加するのである。

古典文学の場合、完璧ではないが語彙索引が用意されているし、電子的なテキストも多い。が、近代文学は、作品の数が数え切れないほどあることもあって、自分で見て、探すしかない場合が殆んどである。だから、こうして纏まって用例が掲げられていれば、誰かの何かの役に立たないものでもないだろう。
用例は万人のものである。ご利用はご随意に。むろん、原典を確認すべきことは言うまでもないが。

芥川龍之介の用例が多いのは、芥川の全集を読み返しているからである。ただし、芥川の文章があまりにも面白すぎて、うっかり読み飛ばしてしまっているところも多々あるはずだから、網羅性には欠ける。だが、僕の意図するところからすれば、「全然」が否定と呼応しないのがさして珍しい用例でないことが判ればそれで事足りる。要するに、然したる意味はないわけである。

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

従って、申上げようと思ったと致しましても、全然その材料を欠いているような始末でございます。(芥川龍之介『二つの手紙』1917年)

そうして又、如何に彼は、その放埓の生活の中に、復讐の挙を全然忘却した駘蕩たる瞬間を、味った事であろう。(芥川龍之介『或日の大石内蔵助』1917年)

馬の上から転げ落ちた何小二は、全然正気を失ったのであろうか。成程創の疼みは、何時か殆、しなくなった。(芥川龍之介『首が落ちた話』1917年)
※同作品には、直後に「では、何小二は、全然正気を失わずにいたのであろうか。」という例もある。

が、こうして愈末期の水をとって見ると、自分の実際の心もちは全然その芝居めいた予測を裏切って、如何にも冷淡に澄みわたっている。(芥川龍之介『枯野抄』1918年)

それが何日か続いた今日、こうして師匠の枕もとで、末期の水を供する段になると、道徳的に潔癖な、しかも存外神経の繊弱な彼が、こう云う内心の矛盾の前に、全然落着きを失ったのは、気の毒ではあるが無理もない。(芥川龍之介『枯野抄』1918年)

それ程私は賑な下座の囃しと桜の釣枝との世界にいながら、心は全然そう云うものと没交渉な、忌わしい色彩を帯びた想像に苦しめられていたのです。(芥川龍之介『開花の良人』1919年)

だから巨勢博士は全然評判が悪い。(坂口安吾『不連続殺人事件』1947年)
※同作品には、「全然」が否定と呼応する事例も、何例かある。

ブルーノ検事―「それよりも、レーンさん、問題は果物ですよ。スミスさん、あなたは昨夜ナイト・テーブルに果物鉢がのせてあったのをご存じですか」
スミス―「はあ、存じております」
ブルーノ検事―「中味は今日われわれが見たのと全然同じですか?」
スミス―「そのように思います」(クイーン『Yの悲劇』大久保康雄訳、1958年)

洲崎神社

今日の狛犬。
洲崎神社(江東区木場)。

何だか這いつくばっている狛犬。

洲崎神社 洲崎神社

ここまで低姿勢の狛犬は、獅子山以外ではあまり見ないような気がする。

ちょっと離れて見る。

洲崎神社

台座が何だか取って付けたような感じである。あるいは、元々獅子山だったのかもしれない。
この辺りは空襲の激しいところだったので、山が壊れて、それをふつうの台座にして再建したということもありうるところである。右前脚の先が欠けているようにも、見えないこともない。

ちょっと近づいて見る。

洲崎神社

境内には、東京都指定有形文化財の「波除碑」がある。まずはその説明板。

波除碑説明

で、実物は…。

波除碑

これでは屋代弘賢だか何だか…。

その代わり、同じような趣旨の「津波警告の碑」。

津波警告の碑

その脇にあった、「名人竿忠之碑」。これは徳冨蘇峰の揮毫。

名人竿忠之碑

周囲を見回したが、説明も何もない。「名人竿忠」は、その名の通り和竿作りの名人らしいが、何故ここに、どういう理由で建てられたのかは判らない。

この社の奥まったところにある弁天池(という名前かどうかは判らないが)にあった貼り紙。

貼り紙

最後の1文が奮っている。その通りだ!

最後に、今日の東京スカイツリー。
木場公園大橋より。肉眼で見た時にはもっと面白い感じがしたんだが…。

木場公園大橋

(Canon EOS20D + EF50mm F1.8II & EF-S17-85mm F4-5.6IS USM/Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2011/02/16 11:21 ] 狛犬 東京/江東 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

熊野神社

熊野神社(渋谷区神宮前)。「青山熊野神社」とも。

なかなか立派なブロンズ狛犬。

熊野神社 熊野神社

若干ヒビが目立つのが、心配なところ。

熊野神社

正月早々行ったのだが、今頃になってようやくアップする。
(PENTAX Optio H90)
[ 2011/02/14 22:16 ] 狛犬 東京/渋谷 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

恐竜公園、その他

昨日、小雨模様の中、隅田川を散歩。
新大橋から隅田川テラスに入って、相生橋の手前まで。

東京スカイツリーも雲に隠れていた。こんな景色を見ると、改めて高さを実感する。

清洲橋と雲に隠れる東京スカイツリー

橋5つ分も歩いた割には、天気が悪かったのでまるで写真を撮っていない。
ここでご紹介するのは、永代橋を越えたあたりにある永代公園。

滑り台。
正確には判らないが、角竜の一種。トリケラトプスっぽいが、角の数が足りない。

永代公園滑り台 永代公園滑り台

どうやらこの公園のコンセプトは恐竜らしく、砂場の中にもたくさんいた。何だか妙にかわいい。なお、これはごく一部。

プロトケラトプス ティラノサウルス パラサウロロフス

越中島に入ってふたたび隅田川テラスに戻ると、そこには横断歩道と信号が…。一体何のために…。

信号

清澄通りに出て、隅田川散策終了。
すぐ近くに東京海洋大学(元の商船大学)がある関係か、錨のオブジェがある。

錨

これぞというポイントのない散歩。以上。ただそれだけ。
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2011/02/13 23:23 ] 旅・散策 公園 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△