東郷神社

記事を書き始めたものの、ほかのことに興味が移ってそのままになってしまうことがしばしばある。
大抵の場合、書き掛けで纏まっていない状態なので、そのままでは使いようがなく、お蔵入りするわけであるが、それ以上纏めるほどのこともなく、完成と言っても良い状態(ただし完成度が高いわけではない)のまま、ただ単に何かのタイミングでアップし損ねてしまったようなものもある。

そんな中で、一番古いものを掘り起こして来た。
これは、去年の11月頃に書いたまま、放ったらかしになっていたもの。掘り起こすほどのこともなかったではないか、と言う勿れ。

東郷平八郎元帥を祀る、原宿の東郷神社。
昭和41年(1966)の作で、まったく古いものではないのだが、東郷元帥に奉納するものだけあって、同年代の狛犬の出来を遥かに凌駕する、力強い狛犬である。

東郷神社 東郷神社

この神社には、有名なメカ狛犬もいるが、出来では到底この昭和41年に敵わないと思うのである。
                   (SIGMA DP1s)
[ 2011/08/30 17:36 ] 狛犬 東京/渋谷 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

今日の東京スカイツリー

先日、東武伊勢崎線に乗ったところ、駅の電光掲示で、「クレーンの載ったスカイツリーを見られるのはこの夏が最後」という観光の勧誘が出ていた。
載っていたから何だ、という気もするが、もう見られないとなると見ておきたくなるのが人情、天気も良かったので、息子と両国まで自転車で行ったついでに足を延ばして、スカイツリーまで行って来た。

まずは、定番の東武橋から。

東京スカイツリーat東武橋

ローラー滑り台を目当てに、近くの大横川親水公園の公園管理事務所に場所を移す。

ローラー滑り台

ここから見たスカイツリー。
東京スカイツリーat大横川親水公園 東京スカイツリーat大横川親水公園

そして、お目当て(?)のクレーン。

東京スカイツリー・最後のクレーン

とても暑かったので、すぐ裏手にある、スカイツリーパフェでお馴染みの「さくらCafe」でソフトクリームとかき氷を食す。

さくらCafe

店先からは、こんな光景が見える。

東京スカイツリーatさくらCafe前

何だか気になる歪んだ自転車レーン。

自転車レーン

(Panasonic LUMIX DMC-LX3/Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

読書感想文の書き方・その2(5)

承前

さて、これまで書いて来たことを纏めてみる。

まず、前にも書いた書き出しから。

あまんきみこさんの『白いぼうし』という本をよみました。この本には8つのおはなしがはいっています。ぜんぶおもしろいのですが、その中でも一ばんおもしろかったのは、「山ねこ、おことわり」というおはなしです。


次に、あらすじを書いてみる。

タクシーのうんてんしゅのまついさんが、わかいおとこの人をのせて、その人がいうとおりにハンドルをみぎにまわしたりひだりにまわしたりしているうちに、きがついたらおとこの人がネクタイをしめた山ねこになっていました。まついさんがびっくりして、「おりてくださいよ」というと、おきゃくさんの山ねこは「"山ねこ、おことわり"とはかいてなかったですよ」といいます。


そして、それに対する感想。

ふつう、山ねこはタクシーにのったりしないので、タクシーに「山ねこ、おことわり」とかいてあるわけがありません。でも、そういわれたまついさんが、「それは、まあ、そうだ」とおもって、山ねこにいわれたところまでいったところが、おかしくてわらってしまいました。


ひとまず、纏まった。が、何だか尻切れトンボである。
そこで、作品の末尾部分にも、触れておく。

山ねこは、タクシーをおりるときに、まついさんに「山ねこ、おことわり」とかいてあるかみをくれました。でも、まついさんは、「また、いつでも、どうぞ」といって、かみをやぶりました。そういうやさしいまついさんが大すきになりました。


1行20字で、タイトル、氏名を除いて27行になる。文字数は、最初の目標を達成。
むろんのこと、内容は大した出来ではない。だが、これまで纏まった文章を書く機会のなかった小学1年生にとってみれば、こんな程度のことを書くだけでもけっこう大変なものである。

本当なら、何故、最初は「おりてくださいよ」と言っていた松井さんが、「山ねこ、おことわり」の紙を破ることになったのか~山猫がタクシーに乗った理由とか、着いた先で山猫を待っている間に松井さんが見た光景とか~、ということも書くべきだろうが、それを纏めるのはなかなか難しい。だから、「小学1年生の感想文」という限定付きで、そこは省いた。むろん、3年生くらいになれば、そこは付け加えておかなければならない重要ポイントだろう。

これで、一応、終わり。

ところで、どうやら今年は感想文の宿題は出ていなかったようだ。読書の記録として、作品名を列挙しておくだけで良いらしい。ほっとしたような、ちょっと残念なような…。

スズムシ

昨日、スズムシを貰った。
ホームセンターで買って来たカゴに入れて見ていると、脱皮を始めたので写真を撮ってみた。

鈴虫・脱皮

抜け出たところ。左側にあるのが、抜け殻。

鈴虫・脱皮

しばらくすると、羽根が伸びてこんなふうになる。

鈴虫・脱皮

目を離していた十分弱の間に、抜け殻は食べてしまったらしい。

これをそのままプリントして「夏休みの自由研究」にするのが子供の為にならぬことは論を須(ま)たぬから、読者は無用の画策をせぬが好い。
[ 2011/08/26 17:03 ] 自然・季節 生き物 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

読書感想文の書き方・その2(4)

承前

あらかた書く内容は出し終えたので、書き始めることにする。

読書感想文コンクールで入賞しようと思ったら、書き始めからしてありふれたものであってはいけない。他の子とは違う、読者の心に訴えかけるような書き方をしなければならない。
たとえば、こんなふうに。

おきゃくさんが山ねこにかわっていたのにきがついたとき、まついさんは、どうおもったんだろうね。きっととてもびっくりしたとおもうよ。ぼくだったら、ハンドルをきりそこねてじこをおこしてしまったかもしれない。だって、それまでふつうのおとこの人だとおもってうんてんしていたんだからね。びっくりするのがあたりまえさ。


小学1年生がこんな文章を書くか? とお思いの方もあるだろうが、実際には、こんな感じのものが、存外、ある。
だが、ぼく個人としては、こういうものを子供が書くというのはかなり気持が悪い。
むろん、自力でこんな書き出し方をできる子供もいるのだろう。が、何となく、書かされている感を払拭できないのである。

小学1年生なら、次のようなものが常道だろう。

あまんきみこさんの『白いぼうし』という本をよみました。この本には8つのおはなしがはいっています。ぜんぶおもしろいのですが、その中でも一ばんおもしろかったのは、「山ねこ、おことわり」というおはなしです。


こんな書き出しは、無駄といえば無駄である。
読まなければ感想文は書けないのだから「よみました」と書かなくても判るし、この作品を感想文の対象にしたのも面白いと思ったからである。つまり、当たり前のことを書いているだけのことである。
コンクールで入賞するような感想文には、こんなありきたりなものはあまりない。「読書感想文の書き方」講座としては、むしろ避けるべき悪い例だとも言えるだろう。
だが、小学1年生なら、誰でも書きそうな冒頭ではないか。「良い読書感想文」であれば、こんなことは書くべきではないかもしれないが、一般的な小学1年生の感想文には、あって然るべきだろう。
小学1年生が、小学1年生らしい文章を書くのは、悪いことではない。

ここでは、コンクールで入賞することを、目的としているわけではない。「良い読書感想文の書き方」ではなくて、あくまでも「読書感想文の書き方」である。
読書感想文を何とか自力で書き上げることができるようなやり方を、教えようとするのである。良い感想文に仕上がるに越したことはないけれども、それは結果であって、かならずしも目的ではない。だから、後者の方向で、進めることにする。

小学1年生にとって、400字といえば十分長文である。初めて書く長文で、無駄を完全に削ぎ落とした文章を書こうとするのが、無理である。自力で書き上げるためには、こういう無駄が、不必要だとは言い切れない。
無理して、背伸びをするべきものではない。

続く

読書感想文の書き方・その2(3)

承前

どんなお話かがあらあら纏められたところで、初めて次の質問をする。

「どこが面白かった?」

山ねこが、「"山ねこ、おことわり"とはかいてなかったですよ」というところ。


「どう面白かった?」

ここが、重要である。面白かったところが「どこか」というだけでは、「~するところがおもしろかったです」で終わってしまう。
どこが面白かったかだけではなくて、何故、どういうふうに面白かったかを、導き出す必要がある。
もちろん、面白いと思った理由をことばにするのは難しい。いろいろ話をしながら、子供と一緒になって、ポイントになることばを繋げて行くことが肝心である。
子供にあれこれ考えさせても、感想文として纏まること、纏まらないことがあるが、そんなことは気にしないで、いろいろ引き出してやるのである。

もし自分が運転手さんで、お客さんが山ねこになっていたらどう思う?

びっくりする。きっとタクシーからにげだしちゃう。


松井さんはどうした?

びっくりしたけど、タクシーをとめて、山ねこに「おりてくださいよ」といった。


山ねこは、「"山ねこ、おことわり"とはかいてなかった」と言ったけど、どう思う?

ふつう、山ねこはタクシーにのらない。だから、そんなことかいてあるわけがない。


そこで、面白かった理由を纏めると、こんなところになるだろう。

ふつう、山ねこはタクシーにのらない。だからタクシーに「山ねこ、おことわり」とかいてあるわけがない。
でも、山ねこが「"山ねこ、おことわり"とはかいてなかったですよ」というと、まついさんも、「それは、まあ、そうだ」とおもってしまうところがおもしろかった。


続く

今朝のヒマワリ

今朝のヒマワリ。

今朝の向日葵
         (Canon EOS20D + EF50mm F1.8II)

我が家で育てているヒマワリだから、背景に周りのマンションが写り込まないようにするのは苦労する。
ずいぶん広いところで撮っているように錯覚していただけたら幸い。
[ 2011/08/24 09:11 ] 自然・季節 草花 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

読書感想文の書き方・その2(2)

承前

本は、『白いぼうし』に決まった。とは言え、全部の作品について書くわけにはいかないから、ひとつに絞る。

「どのお話が面白かった?」

全部。


小学1年生の答えなんてそんなものである。だが、それでは到底、感想文にはならない。
そこで、いろいろ話をしながら、一番おもしろかったものがどれか、考えさせる必要がある。

「山ねこ、おことわり」がおもしろかった。


「どこが面白かった?」と聞いても、答えはやはり「全部」に違いない。そこで、もう少し答えやすい質問から始める。

「どんな人が出てくる?」

まついさん。タクシーのうんてんしゅさん。
山ねこ。わかいおとこの人だったけど、タクシーにのっているうちに山ねこになる。
山ねこのおかあさん。
山ねこの妹。


実際には、「山ねこのおかあさん」は登場しない。山ねこの話の中に出て来るだけである。が、山ねこが「母が…」と言っているし、積極的な誤りではないから、この程度のものはそのままにしておいて良い。

「どんなお話?」

まついさんが、わかいおとこの人をタクシーにのせて、その人がいうとおりにハンドルをみぎにまわしたりひだりにまわしたりしているうちに、きがついたらおとこの人がネクタイをしめた山ねこになっていた。
まついさんが「おりてくださいよ」というと、おきゃくさんの山ねこは「"山ねこ、おことわり"とはかいてなかったですよ」という。それで、まついさんはいわれたところまでいく。
山ねこは、おいしゃさんで、おかあさんがびょうきになったので、いえにかえってきた。
山ねこのおきゃくさんがおりるとき、「山ねこ、おことわり」とかいてあるかみをもらった。
まついさんは「また、いつでも、どうぞ」といって、かみをやぶった。


小学1年生が、これだけの内容をいちどきに纏められるわけはない。少しずつ、どんな話か、聞き出しながらメモを取る、できれば、本人にそこまでさせるのが、望ましい。
むろん、短い話とはいえ、あらすじをすべて書いていたら、書くべきことを書くことができない。ただ、お話の内容をきちんと理解できているか、ということを確認する意味で、あらすじを尋ねるのである。
それに、話したり書いたりしているうちに、思い出したり考えが纏まって来たりすることもあるものである。
実際にそれを感想文にする際には、その中から、必要最低限のところだけを抽き出す必要がある。だからといって、抽き出すくらいなら、最初から書かなければ良いじゃないか、ということにはならない。最初から、必要最低限のことを、過不足なく書くことなど、大人にもできることではない。

続く

読書感想文の書き方・その2(1)

去年の子供の夏休みに書いた「読書感想文の書き方」が、意外に好評(?)なようなので、今年も書いてみることにする。
「好評」といったところで、読者の目的の過半が泥縄の宿題対策と思しいから、それほど難有いわけではない。とはいえ、アクセスされて迷惑を被ることはさらさらないから、頭のリハビリまでに、してみようとするのである。
ぐだぐだした前置きは、前回書いたが、読書感想文コンクール入賞を目論んでいるのなら、残念ながらお眼鏡違いである。ほかを当たるに如くはない。そうでなくても、夏休み中に最後まで書き了えられるかどうかの保証はない。

今回は、息子・小学1年生用。
どう贔屓目に見ても根性が足りないから、こんな七面倒くさいことは絶対にしまいと思うのだが、一応、シミュレーションだけはしておく。
6年生の娘用のものを書いても良いのだが、去年の5年生用との違いを出す能力が、ぼくにはない。そもそも、去年のが5年生用として妥当なのかどうか、判断のしようもない。
そこで、明らかに違いの出る1年生用にするのである。1年生用の方が楽そうだ、という打算も、あるにはある。

さて、当ブログの「読書感想文の書き方」では、読書感想文を書くためのセオリーに、必ずしも則っていない。それは、そんなものを知らないから、ということもあるのだが、読書感想文だけに通用する書き方をしても、意味がないと考えるからである。
目指すのは、まず、何が書かれているかを把握すること、そして、その書かれていることに対して、自分の考えを述べること…これは、読書感想文に限らず、文章を書く基本である。
良い感想文を書こうとするなら、「何が書かれているか」すなわちあらすじは最小限に抑えて、「自分の考え」すなわち感想を、多めに、いろいろな角度から書くべきだろう。
だが、文章を書き慣れていない小学生、特に低学年なら、ある程度の字数をあらすじに費やすことは、文章を書く訓練として重要である。
受験対策で、評論文の「要約」をやらされた覚えのある方も多かろう。それは、要約することで、文章に書かれた内容を、把握できるようになるからである。あらすじを書くのは、それと同じことである。
それに、それほど多くの語彙を習得していない段階で、感想に多くの文字を費やそうとすると、「おもしろかった」「たのしかった」を連発することになりかねない。小学生が、自力で書けることを、何とか書けるようにするのが眼目である。

文字数について明確な指定はないが、小学1年生なら、あまり長い話の感想を書くのは難しいだろう。概ね400字~600字といったところ。
作品も、あまり長いものでは感想文にまとめるのは難しいので、短めのものになる。絵本でも構わないのだが、どうせ書くのなら、少々きちんとしたお話にしたい。そこで、あまんきみこの『白いぼうし―車のいろは空のいろ』を選ぶことにする。適度な長さの短篇で、子供の興味も惹きやすい、というのがその理由である。

続く

読書感想文の書き方・その2(導入)

ネットで検索を掛けてみると、読書感想文を宿題として課すことに対する評判は頗る悪い。
曰く、そんなものを書かせても何の役にも立たない。曰く、感想などというものは自分の心の中で持っていれば良いのであって、他人に伝える必要はない。曰く、こんな無意味なものを強制されたら、子供が読書嫌いになる。etc…。
結果、感想文が丸写しできるサイトから適当なものを選んで、ちょっとアレンジして提出すればそれで十分、極論すれば、その方がむしろ子供のため、というような論調になる。

読書感想文に子供が悪戦苦闘する様子を見たり、子供から助け舟を求められた自分(親)が苦悶したりすれば、そんなことを言ってみたくもなるだろう。だから、そういう意見に一理もないとまでは言わない。
だが、読書感想文かどうかはともかくとして、ある程度纏まった文章を書く訓練をすることは、断じて無駄ではない。社会に出れば、文章を書く必要が生じることがある。だが、必要が生じてから書き始めても、遅いのである。今や、原稿用紙の使い方もロクに知らない文学部の学生がいるのが実情である。
むろん、文章を書く訓練が、読書感想文でなければならない理由はないのだが、子供が、いきなり社会問題や政治・経済の状況について論じろと言われても、無理である。だから、身近な話題、遠足についての作文とか、読書感想文とかで、訓練を始めるわけである。

心の中で思っていれば良い、という意見も、一見まともなように見えるかもしれないが、やはり見当外れである。
たとえば、修学旅行でどこに行きたいか? という話し合いをクラスでしたとする。その時、自分が強く行きたいと思う場所があったとしても、それは自分の考えだから、他人に伝える必要はなく、心の中で持っていれば良い、と考える人はいなかろう。欲しいもの、やりたいことなども、思ってさえいれば十分、というものではない。
自分の考えを、他人に伝えることは重要である。そしてそれには、そのための訓練が必要である。これも、読書感想文でなければならない理由はもちろんないが、読書感想文ではいけない理由もない。

さらに、読書感想文を書かされた所為で読書嫌いになった人がいることは事実かもしれないが、それと、読書感想文を書くことに意味があるかどうかということは、本質的に関係がない。水泳教室に無理やり通わされて水泳嫌いになった子がいたとしても、水泳教室に意味がない、という人はあまりいない。
それに、うちの娘は、苦闘を何年も繰り返しているが、そして、それによって文章を書くのが得意になったとは到底言えないが、少なくとも、一向に読書嫌いになる気配はない。読書感想文が大嫌いだったということと、読書嫌いになったこととの間に因果関係の認められる事例があったとしても、それが普遍性を持った法則であるとは限らない。

さて、何故改めてこのようなことを書き出したか? というと、夏休みも残り僅かとなって、今年も「読書感想文の書き方」を書いてみようかという気になったからである。
もっとも、僕の住む墨田区は、例年通り9月1日から学校が始まるけれども、お隣の江東区では、節電対策としてか、夏休みの開始が前倒しされ、それに伴って今週半ばには授業が開始される。そういう地区の方にとってみれば、時宜を逸した間抜けなタイミングなわけであるが、あくまでも、僕自身のシミュレーションとしてやっているので、あしからず。墨田区の夏休み中にも書き了わらない可能性もかなり大きいが、シミュレーションが終わらなければ、子供の宿題を見てやれないわけでもない。

なお、夏休みも終盤を迎えて、相当切羽詰って来たのだろう、検索語句も、「丸写し」「パクリ」「楽に書ける」なんていうえげつないものが増えている。そういうワードでここに辿り着いても、残念ながら、楽には書けないし、丸写し・パクったところで大して良くできたものではない。それに、この「その2」は完成するかどうかも判らないし…。

続く…はず)