ボブ・ディラン視聴月間(20)

今日のボブ・ディラン。

グレイテスト・ヒット 第II集

BOB DYLAN'S GREATEST HITS VOLUME II~グレイテスト・ヒット 第II集~
ここまでのボブ・ディラン視聴月間の中で、数あるベスト・アルバムは除外して来た。それは、オリジナル・アルバムを聴くに如くはないからである。が、最後に、これは取り上げておく。
何故、これを採り上げるかというと、このアルバム、タイトルはGREATEST HITSだが、GREATESTなHIT曲は(すくなくともディランが歌ってヒットしたものは)ほとんどない、ベスト盤とは呼べないような代物だからである。おまけに、新曲や未発表曲も含まれていて、このアルバムでしか聴くことのできない曲が何曲もある。

そういうわけで、いささかブートレッグめいてはいるのだが、GREATEST HITSなのだから、聴いておいても悪くはないだろう。
むろん、BOB DYLAN'S GREATEST HITSを聴いてからにするべきだが…。

『いちご姫・胡蝶』

言文一致運動
文語体にかえて、話し言葉と一致した文章をつくろうとする動き。1880(明治13)年代から欧化主義の風潮とともに盛んになり、三遊亭円朝の講談速記がもてはやされ、'87-'88には、山田美妙の「夏木立」、二葉亭四迷の「浮雲」など、小説の分野にも拡大した。(後略)(『角川日本史辞典 第二版』)


文学史のお勉強をすれば、概ね上記のようなことになるだろう。円朝は参考程度としても、山田美妙と二葉亭四迷は絶対に外すことのできない重要ポイントである。
それだけ重要な作家だから、二葉亭の『浮雲』くらいはみんな読んだことがあるだろうし、美妙の…美妙の…、えぇ~と美妙の…、いや、恥ずかしながら読んだことがない。
何しろ、美妙の本など、出ていないのである。出ていないこともないだろうが、よほど好きな作家でない限り、文庫本にでもなっていなければ、そうそう読むものではない。図書館に行けば全集が揃っている、などというのは、ふつうの人にとってみれば、「ない」と同義である。
それに比べれば、二葉亭は、文庫本で読むことができる。もっとも、僕の学生時代には新刊を買って読むことのできた『平凡』や『其面影』は絶版になっているようだから、少々危うい状況だが、美妙に比べれば、だいぶんましである。
「青空文庫」を見ても、二葉亭の作品は、10以上あるけれども、美妙の作品は、「夏木立」が公開されているだけである。これでは、どうにも読みようがない。

そんな昨今、岩波文庫から、こんな本が刊行されたので購入して読んでみた。

山田美妙『いちご姫・胡蝶 他二篇』
いちご姫・蝴蝶 他二篇 (岩波文庫)

「いちご姫」などと聞くと、どうしても「苺」を思い浮かべてしまい、ほんのり甘い物語を予想するが、豈図らんや、「いちご」は恐らく「一期」の謂で、足利八代将軍義政の時代、数奇な運命を歩んだ公家の息女いちご姫の波乱万丈の人生を描いた長篇小説である。

そもそも美妙が時代小説作家だったことすら知らなかったのだが、何はともあれ、美妙の文体がどんなものか、ということが興味を惹く。

まずは、冒頭の一節。

まことに世の中が回り持であるものなら頼朝このかたの片手落ちは何の訳。まわり持ちと言ッてあきらめるその下から直にその回り持ちさえわからぬまでに思われるほどの世の情無さ! 禁裏――ただ名のみの禁裏!


これが「言文一致」なのか、俄には判断の付きにくいところだが、その後も同じような文章が続く…かと思うと突如敬体が現われる。

大内と一際あがめてあッた昔は今その面影を古老の涙ながらのくり言に残すばかり、「いたわしい、この子も昔を知らいでのう」を子供さえ耳に聞き飽きました。


この敬体が、美妙の文体の特徴らしい。が、全部が全部、そんなふうに書かれているわけではない。登場人物の会話にも、別の特徴がある。

「おんでもない事でおじゃる。女性(にょしょう)の御身、朝霧もやがて立とうず、はやとく――御身にさわるも掛念――今夜(こよい)はこれとあきらめてこの儘におかえりやれ。窟子(うろこ)を愛でたもうたおいつくしみは忘れませぬ。煩悩にまようまいがそれがしのかねての望みで、それでつれのうは仕うまつッた、その贖いに御身(おこと)の御身のため、右ひだりあらわにいたいまいた。聞きわけておかえりやれ。送り申そう。」(第13)


その会話文に続く部分。

情か、仇か、生けみ殺しみのやさしい言葉、何処となく胸にもしみとおッて今更いちごも涙をもよおす、はかばかしい返事もなし、あわれ! 首(うな)だれたまゝの首に物思いを言わせ、会釈するばかりの体でおずおず、さきに立つ窟子の跡にしたがいました。
今になれば精気もたわんで、それとひとしく身にこたえるのは鎧の重みでした。


もう1箇所、引用してみる。

「いちご、心そこねつろう。ゆるせ、身に免じて。身が後にどうともしょう。他事ならば家隷(いえのこ)にて事済めど御身にかゝわる尼なれば身が直々に対面するのじゃ。それもあればやがて立ちかえる、心な屈しそ、のういちご、しばししばし、しばらく待ちね。」
うつむいた許り、有難そうに手を合わせるいちごの体(てい)、見ていよいよ不愍をもよおしました。家は歴々の公卿(くげ)とは言いながらこの姿か? 如何にも相思の情が細やかでした、馴染んで知ッているいちごの気性、くやしいあまりには大事をもしかねぬ風、それも苦労、武士に心を得させて気をつけろと命じ、心を残し残して出て例の尼に対面しました。(第35)


会話文の妙に時代掛かった文体と、地の文の敬体との間のギャップに、違和感を感じないではないが、これを刊行当時の読者がどう感じたものかは判らない。
もっとも、地の文も、完全に口語調になっているかと言えばそういうわけではななく、前の例で言えば、「…さきに立つ窟子の跡にしたがいけり」とか「…身にこたえるのは鎧の重みなり」とかあったとしても、逆に、おかしくはないようにも思う。

これに比べると、二葉亭の文体はかなり流麗で、読みやすい。二葉亭流の文体が以後主流になって行くのも宜なるかな、というところだが、何故会話文がこのような文体で書かれているのか、美妙が「武蔵野」の冒頭で書いている。

この武蔵野は時代物語ゆえ、まだ例はないが、その中の人物の言葉をば一種の体(てい)で書いた。この風の言葉は慶長頃の俗語に足利頃の俗語とを交ぜたものゆえ大概その時代には相応しているだろう。


室町時代の人物を描くのだから、(当時の)現代人が語っているような文体では駄目で、室町人らしい話し方で書くべきだ、ということだろう。今読むと、それが読みにくさの原因になっていると思われるのだが、考え方は間違っていない。今の時代小説を読んでいると、しばしば、侍が今にもケータイを取り出してしゃべり始めそうなものもある。
美妙は、小説の素材として古い時代を選び、その時代の香気を漂わせながら、言文一致を実現しようとしたのだろう。とは言え、結果から見ると、設定したハードルが、高すぎたのかもしれない。

この独特の文体に慣れてしまえば、作品としては、なかなか面白い。内容的には、近代の小説というより、読本により近いような気もするが…。結末は因果応報・勧善懲悪だし、挿絵もそんな雰囲気だし。
なお、別の1篇「笹りんどう」は、短いものだが、全篇が源頼朝の独白体で構成される。当時としては、かなり斬新な作品だったのではないかと思う。が、だからこそ、なのかもしれないが、後が続かなかったのか、「第1」しかない。

言文一致運動に興味はあるけれども美妙は読んだことがなかった人、あるいは、あまり深いことは考えずに面白い読み物を読みたいと思っている人には大いにおススメ。
ただし、今の内に買っておかないと、気がついた時には品切れ・重版未定になっているかもしれない。

ボブ・ディラン視聴月間(番外編5)

今日のジミ・ヘンドリックス。

エレクトリック・レディランド

ELECTRIC LADYLAND~エレクトリック・レディランド~(1968年)
言わずと知れたジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの名盤だが、ディランのファンにとってはALL ALONG THE WATCHTOWER(オール・アロング・ザ・ウォッチタワー)が収められていることが重要なアルバム。
ディランのオリジナルは「見張り塔からずっと」、何と素晴しい邦題であることか。

今日のジョニー・ウィンター。

セカンド・ウィンター 狂乱のライヴ レイジン・ケイン

SECOND WINTER~セカンド・ウィンター~(1970年)
CAPTURED LIVE!~狂乱のライヴ~(1976年)
RAISIN CAIN~レイジン・ケイン~(1980年)
$100万のブルーズ・ギタリストによる、名曲HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)と、そのライヴと、名曲LIKE A ROLLING STONE(ライク・ア・ローリング・ストーン)。
なお、SECOND WINTERは、LP時代、C面までという変則的な形で発売された。

ボブ・ディラン視聴月間(19)

今日のボブ・ディラン。

ローリング・サンダー・レヴュー

BOB DYLAN LIVE 1975 THE ROLLING THUNDER REVUE
 ~ザ・ローリング・サンダー・レヴュー~
(2002年)
"Royal Albert Hall"に続いてブートレッグ・シリーズとして発売された、1975年のツアーの音源。
ディランが顔を白塗りにして歌を歌っている映像は以前から有名だったが、その時のツアーの模様を収めたものである。
ツアーの命名の由来は、ネイティブ・アメリカンの呪医の名(ローリング・サンダー)から取ったと言われているが、ディラン自身は、自宅でツアーの名前を考えていたら、雷鳴が西から東に鳴り響いてひらめいた、と例の如くいい加減なことを言っているらしい。
「現代アメリカの旅回り一座」というようなコンセプトで、大人数の楽団で、小規模の会場で演奏を行なっていたらしい…というようなことはともかくとして、何とも荒々しく力強い演奏である。この頃大層入れ込んでいたHurricane(ハリケーン)も収録。これは、聴く価値がある。

なお、僕の持っている初回限定版には、件の白塗りで、Tangled Up In Blue(ブルーにこんがらがって)とIsis(イシス)を歌う映像が収められている。

1991年11月24日

今月は、個人的に「ボブ・ディラン視聴月間」なのだが、今日だけはこれ。

フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)がこの世を去ってはや20年。
フレディと言えば Queen 、Queen と言えば、ありきたりだが、何と言ってもWe Are the Champions(伝説のチャンピオン)とBohemian Rhapsody(ボヘミアン・ラプソディ)。
と、いうことで、今日のBGM。

"News Of The World" ~ 世界に捧ぐ
世界に捧ぐ


"A Night at the Opera" ~ オペラ座の夜
オペラ座の夜


「ガリレオ~!」

[ 2011/11/24 22:04 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ボブ・ディラン視聴月間(番外編4)

P.P.M.のBlowin in the wind(風に吹かれて)が最も有名と言って良いだろうが、初期のディランは、シンガーとしてよりもむしろソングライターとして名高く、多くのミュージシャンがその曲をカヴァーしている。
中にはディラン自身がレコーディングしていないものも少なくなく、何故そんなものがカヴァーされているのか、些か不思議だったのだが、実はディランは無名時代、せっせとデモ・テープをこしらえては、売り込んでいたらしい。THE WITMARK DEMOS: 1962-1964(2010年)として発売されている音源が、その一部。
そんな頃の、カヴァー曲。

今日のロッド・スチュワート。

ガソリン・アレイ+1 エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー Never a Dull Moment

Gasoline Alley~ガソリン・アレイ~(1970年)
Every Picture Tells A Story~エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー~(1971年)
Never A Dull Moment~ネヴァー・ア・ダル・モーメント~(1972年)
ロッドは、ソロ2~4枚目で、1曲ずつ、ディランの無名の曲を取り上げている。
ONLY A HOBO(オンリー・ア・ホーボー)、Tomorrow Is Such A Long Time(明日は遠く)、MAMA YOU BEEN ON MY MIND(ママ、ユー・ビーン・オン・マイ・マインド)がそれである。

スモール・フェイセズとしても…。

ファースト・ステップ

First Step~ファースト・ステップ~(1970年)
wicked messenger(悪意の使者)を収録。

これは、もう少し後のものだが、ロッド-フェイセズ繋がりで上げておく。

今日のロン・ウッド。

Gimme Some Neck

Gimme Some Neck~ギミ・サム・ネック~(1979年)
SEVEN DAYS(セヴン・デイズ)収録。
ディランは最初、この曲をエリック・クラプトンに歌わせようとしたらしいのだが、歌わず、結果、ロニーの代表曲になる。

諏訪神社(流山市駒木)(3)

諏訪神社(流山市駒木)(2)」の続き。

かなり個性的な狛犬。

諏訪神社 諏訪神社
諏訪神社 諏訪神社

個性的なのには、それなりのわけがある。

諏訪神社

製作年は見当たらなかったが、北村西望白寿の作であれば、昭和60年(1985)頃のことと思われる。と、言っても、この狛犬で初めて知ったのだが…。

上の狛犬の素晴らしさは否定しないのだが、個人的には、次のようなものが好み。
文政13年(1830)の狛犬。やはり、江戸の狛犬は良い。

諏訪神社 諏訪神社
諏訪神社 諏訪神社諏訪神社

南参道を通ると、別の狛犬が。平成8年(1996)製。

諏訪神社 諏訪神社

表参道の入口のものに負けず劣らず、かなりでかい。

用事の合間に立ち寄ったのだが、こんなに大きな神社とは予想しておらず、かなり掛け足になった。見落としたところも多いだろうとは思うが、かなり見どころ満載の神社である。

時節柄、七五三参りの参拝客が何組かいた。お健やかに…。

32諏訪神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4MM)
[ 2011/11/21 22:32 ] 狛犬 千葉 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

ボブ・ディラン視聴月間(18)

今日のボブ・ディラン。

ロイヤル・アルバート・ホール

BOB DYLAN LIVE 1966-The "Royal Albert Hall" Concert
 ~ロイヤル・アルバート・ホール~
(1998年)
「ボブ・ディラン視聴月間」に当って、ブートレッグ・シリーズやそれに準ずるものは外して、オリジナル・アルバムとライヴ盤を順に聴いて来た。外した理由は、ディランほどのキャリアを以ってすれば、ライヴも含めて未発表音源は山ほどあって、聴いていたらキリがないからである。
とは言え、これはディランを語る上では外せない、マニア垂涎の元・海賊版で、現・公式海賊版(ブートレッグ・シリーズVol.4)である。
ディランの数多い海賊版の中で最も有名なのが、この「ロイヤル・アルバート・ホール」だと言って良い。実際には、フリー・チェスター・ホールでの演奏らしいが、海賊版のタイトルとしてあまりにも有名になっているから、この公式海賊版でもそれを引き継いでいるわけである。
何が有名かというと、ディランのロック「転向」を批判する聴衆の激しい野次の中の演奏で、聴衆の「Judas!(裏切り者!)」という叫び声に対して、ディランが「I don't believe you…You're liar」と返して、Like A Rolling Stoneの演奏を始めるという、ロック史上の一大事件を収めているからである。
そんな時期の演奏なだけに、気のせいかもしれないけれども、1枚目のアコースティック・セットからはそれほどやる気を感じない。それに反して、2枚目のエレクトリック・セットは、憑かれたような激しさがある。

なお、僕の持っている海賊版(エレクトリック・セットのみ)は、BOB DYLAN & THE BANDとクレジットされているが、実際にはこの頃はまだTHE HAWKSだった。しかも、リヴォン・ヘルムは聴衆のあまりの酷さに逃げ出して、ミッキー・ジョーンズがドラムを叩いている。
公式版が出てレア音源でなくなってしまったのはちょっと残念な気がしないこともないが、良い音で聴けるようになったことの方がより大きい。

諏訪神社(流山市駒木)(2)

諏訪神社(流山市駒木)(1)」の続き。

この神社、何だかたくさんオブジェがある。真ん中の「義家献馬」はともかくとして、そのほかは別段、神社にある必然性は感じられない。

諏訪神社 諏訪神社 諏訪神社

もちろん狛犬も、まだまだいる。
末社を守る狛犬たち。

諏訪神社 諏訪神社

これは前回紹介したのと同じ、平成18年(2006)製。

諏訪神社 諏訪神社

諏訪神社 諏訪神社

そんなに引っ張っても仕方がないのだが、今日はこれまで。

続く

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4MM)
[ 2011/11/20 22:24 ] 狛犬 千葉 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

ボブ・ディラン視聴月間(番外編3)

今日のジェイコブ・ディラン。

ブリンギング・ダウン・ザ・ホース ブリーチ

Bringing Down the Horse~ブリンギング・ダウン・ザ・ホース~ (1996年)
(Breach)~ブリーチ~(2000年)
ここまで徹底してディランを聴いて来たので、ついでと言っては何だが、ジェイコブ・ディラン率いるウォールフラワーズ(THE WALLFLOWERS)。
ディランの息子だからと言って、これまた全部持っているというわけではない。それに、ディランに似ていないとは言わないけれども、むしろトム・ペティあたりの影響の方が、強いような気もする。
Bringing Down the Horseは販売枚数が全世界で400万枚とも600万枚ともいう、大ヒットアルバム。とはいえ、日本ではそれほど話題になった記憶もないのだけれど…。