瑞泰寺・秋葉神社そのほか~白山・本駒込界隈

とてつもなく中途半端な空き時間があったので、十数年ぶりに白山~本駒込界隈をぶらついた。
その時に見かけた、何だこれ? というものなど。

瑞泰寺(文京区向丘)。

瑞泰寺 瑞泰寺

門柱の上に象がいる。牙なしと牙ありで雌雄を表しているようだし、何より対になっているのだから、「狛象」といって良いだろう。
これは珍しい…のは確かなのだけれども、それ以上のものではない。

秋葉神社(文京区向丘)。

秋葉神社

これだけの神社である。…で、何か用がある時には、横山さんに電話すれば良いらしい(下4桁は隠した。)。

横山さん

とある商店(文京区白山)。

商店

なんだか良く判らないけれども、特売中らしい。

特売中

適当なところで、お茶を濁しただけである。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6)
[ 2012/06/30 23:39 ] 狛犬 東京/文京 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

続・ネジバナ

先日、我が家に生えたネジバナの写真をアップしたが、もう少しネジれたのが出たので改めて。
やっぱり、このくらいネジれてくれないと、ネジバナらしくない。

ネジバナ 
ネジバナ

見ようによっては上下の写真が繋がっているかのように見えないこともないけれども、ただの偶然。

(Canon EOS20D + TAMRON SP AF90mm F2.8Di Macro)
[ 2012/06/29 18:00 ] 自然・季節 草花 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「ヒヤヒヤ」

国木田独歩の『牛肉と馬鈴薯』を読んでいて知ったことばがある。

「いけないいけない、先ず君の説を終え給え!」
「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一杯、下にも置かないで飲み干した。
「僕のは岡本君(さん)の説とは恐らく正反対だろうと思うんでね、要之(つまり)、理想と実際は一致しない、到底一致しない……」
ヒヤヒヤ」と井山が調子を取った。

上村は言って杯で一寸と口を湿して
「僕は痩せようとは思っていなかった!」
「ハッハッハッハッハッハッ」と一同(みんな)笑いだした。
「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきって居る、止そうッというんで止しちまったが、あれであの冬を過ごしたら僕は死で居たね」
「其処でどういうんです、貴様(あなた)の目下のお説は?」と岡本は嘲るような、真面目な風で言った。
「だから馬鈴薯には懲々(こりごり)しましたというんです。何でも今は実際主義で、金が取れて美味いものが喰えて、こうやって諸君と煖炉(ストーブ)にあたって酒を飲んで、勝手な熱を吹き合う、腹が減(すい)たら牛肉を食う……」
ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴が馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉(いきま)いた。


ここに出て来る「ヒヤヒヤ」ということば、現代ではまず使われることはないだろう。
注を見なければ、議論が盛り上がって来たところで愉快に笑い声でも立てたのだろう(「ヒャッヒャッ」というような擬声語)とでも思って終わってしまったところである。特に2例目は、直前に笑い声を上げている場面がある。
新潮文庫の巻末の注記の「謹聴、賛成などの意を表すかけ声。英語の hear から」という記述を見て、その意味を知ったのである。

『日本国語大辞典』を見てみると、「(英Hear! Hear!「ヒヤ」を重ねた語)演説などに賛成の意を表わす時にいう語。賛成賛成。謹聴謹聴」とあり、用例として、坪内逍遥の『当世書生気質』、内田魯庵の『社会百面相』が引かれている。
これは明治期の流行語のようで、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも用例がある。

「なに大丈夫です、探偵の千人や二千人、風上に隊伍を整えて襲撃したって怖くはありません。珠磨りの名人理学士水島寒月でさあ」
ひやひや見上げたものだ。さすが新婚学士程あって元気旺盛なものだね。然し苦沙弥さん。探偵がスリ、泥棒、強盗の同類なら、其探偵を使う金田君の如きものは何の同類だろう」
「熊坂長範位なものだろう」(十一)

「だから貧時には貧に縛せられ、富時には富に縛せられ、憂時には憂に縛せられ、喜時には喜に縛せられるのさ。才人は才に斃れ、智者は智に敗れ、苦沙弥君のような癇癪持ちは癇癪を利用さえすればすぐに飛び出して敵のぺてんに罹る……」
ひやひや」と迷亭君が手をたたくと、苦沙弥君はにやにや笑いながら「是で中々そう甘(うま)くは行かないのだよ」と答えたら、みんな一度に笑い出した。(十一)


さて、最近、水上瀧太郎の『銀座復興』(岩波文庫)を読んでいて、この用例を目にした。

「わかった、わかった。その件に関しては、僕もあなたと同感です。さっきもあそこを通った時、腹だたしい気持ちさえもちましたよ。何故彼は依怙地になって、自分の殻の中に閉じ籠っているか。或は彼のいう通り、銀座は致命傷を負っていて、お祭騒ぎ位では復活しないかもしれない。或は又もう一度ぐらっと来て、たちまちぺしゃんこになって再びたてない運命に陥るかもしれない。しかし、そんな万一の事なんか考えずに、いいにしろ悪いにしろ、衆と共に積極的に動かないか……」
ひやひや。」
牟田が興奮して喋るのに和して、記者は高らかに賛成した。(二九)


大正12年(1923)の関東大震災の直後、銀座の復興に向かって立ち上がった人々の姿を描いた作品。昭和6年(1931)に発表されたものである。
これまでに上げた例と比べて、割に新しい用例と言って良いだろう。

で、このエントリを書こうと思ったのは、この水上瀧太郎の例と、次のもう1例を見つけたからである。
これは、平成20年(2008)の刊行だから、飛びっきり新しい例である。

「…(略)…『善人になれば、幸福になれる』『正直が一番の得策』それに『美徳はそれ自身の報いなり』グレゴリー同志のさいぜんの演説には、牧師補が喜んで聞かないような言葉は一つもなかったじゃありませんか(ヒヤヒヤ)。
(略)…我々が社会の敵であるのは、社会が人類の敵――人類最古の、もっとも容赦ない敵だからです(ヒヤヒヤ)。…(略)…我々は人殺しではない。処刑人なのです(喝采)」
(略)
「…(略)…我々は無政府主義最高評議会が涙もろい慈悲心などに汚染されることを望みません(ヒヤヒヤ)。…(略)…なぜなら、無政府主義に身を投じた無政府主義者は、高慢を忘れると同時に遠慮も忘れたからであります(喝采)。僕は一人の人間ではない。一個の大義であります(また喝采)。…(略)…」


南條武則訳、チェスタトンの『木曜日だった男 一つの悪夢』(光文社古典新訳文庫)にあることばである。
「(ヒヤ、ヒヤ)」は、「(喝采)」「(また喝采)」と同じく括弧に括られていることから判るように、話者(ガブリエル・サイム)の演説に対する聴衆(無政府主義最高評議会の代表委員)の反応である。
が、この本の読者が、「ヒヤ、ヒヤ」を難なく理解できるのかは判らない。

魔除の狛犬

昨日の寒川神社のエントリで紹介した、寒川神社土産の魔除の狛犬。

小さいものの、なかなか良くできているので、アップすることにした。
ただし、阿行は家内に進呈したので、吽行のみ。

魔除の狛犬ストラップ・正面魔除の狛犬ストラップ・横

八方除の寒川神社だけあって、台座(?)裏には方位が記されている。

魔除の狛犬ストラップ・台座裏

本当は、「子」を上にしたいところなのだが、「寒川神社参拝記念」の文字の向きの関係で、こうなっている。
あるいは、南面して立て、ということか?
[ 2012/06/25 22:14 ] 狛犬 神奈川/その他 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

寒川神社

今日、家内と息子が寒川神社(神奈川県高座郡寒川町)に行って来た。僕は仕事、娘は部活だったので、2人で行ったのである。
それで、息子が撮って来た写真から。

寒川神社寒川神社

そして、寒川神社土産のお守り。

魔除の狛犬魔除の狛犬
魔除の狛犬魔除の狛犬

詳しいことは判らないが、「限定」らしい。
(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2012/06/24 22:00 ] 狛犬 神奈川/その他 | コメント(2) | TB(1) |  TOP△

ネジバナ

我が家に勝手に生えて来た花。

ネジバナ

写真では、大きさが判らないが、1つ1つの花が2~3mmほどの小さなものである。
花が螺旋状に咲くので、ネジバナの名を持つ。別名「モジズリ」とも。

ところで、ふと Wikipedia を見てみたところ、「源融が百人一首で詠んだ『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに』の中で、『もぢずり』はネジバナである」と説明されていた。
「源融が百人一首で詠んだ」という言い方と、「…の中で」の助詞「で」の使い方が気になるのは措いておくが、この歌の「もぢずり」がネジバナだという説は、(あたかも検証不要の定説であるかの如くに書かれているが)僕は初めて目にした。すくなくとも架蔵する百首、及び、古今和歌集・伊勢物語の注釈書には、そんな説を載せているものは一冊もない。

参考までに、『新編和歌の解釈と鑑賞事典』から、「しのぶもぢずり」の説明を上げておく。

大別して二つの解がある。一つは陸奥の信夫で生産される織物の模様のこと。一つはしのぶ草で摺った織物の模様のことで、信夫の郡は単に掛詞としてある。また一説に、もじずり石に布をあてて摺ったためともいう。いずれも模様が捩れ乱れているところからの名。


なお、ここにいう「しのぶ草」はノキシノブを指す。辞書で簡単に調べた限り、ネジバナを「もぢずり」と言った用例は、近世に遡ることができる程度のもののようである。
(Canon EOS20D + TAMRON SP AF90mm F2.8Di Macro)
[ 2012/06/23 14:25 ] 自然・季節 草花 | コメント(0) | TB(1) |  TOP△

「ブランコ」

先日、息子(小学2年)の学校公開があった。
国語の授業は、カタカナの使い方、というのがテーマだった。「どういう場合にカタカナを使うか?」ということである。
カタカナで書くことばの具体例を生徒に上げさせて、(1)「外国から来たことば」(2)「外国の地名や人名」…というふうに場合分けしていたのだが、1人から「ブランコ」という答えが出た。
先生は、「判らないなぁ、(1)かなぁ」と言っていた。
確かに、これは僕も自信がない。「ブラブラ」の「ブラ」から来ているような気もするし、外来語のような気もする。ただ、先生が、適当にごまかして(1)に決めつけたりしないところは少々感心した…のだが、敢えて言えば、教卓に置いてある国語辞典を、その場で引いてくれれば、と思わないでもなかった。

さて、帰宅して、『旺文社国語辞典』を見てみた。

ぶらんこ【鞦韆】ポルトガル balanco>つり下げた二本の綱や鎖に横木を渡し、それに乗り、ゆり動かして遊ぶもの。ふらここ。[春]


とある。
なるほど、ポルトガル語か、と思うと同時に、「ブランコ」に(宛て字とは言え)漢字があるのを初めて知った。
調べてみるものである。
なお、「鞦」は音「シュウ」・訓「しりがい」。意味は、牛馬の尾に掛ける組紐のこと。「韆」は音「セン」だが、『漢語林』には、それ以上の説明がない。『新字源』には、「韆」の字自体が見当たらなかった。

ともあれ、外来語ということで納得しかけたのだが、念には念を、いくつかの辞典を見てみたところ、どれにもポルトガル云々の説明がない。
それで、伝家の宝刀『日本国語大辞典』を引いて見た。

擬態語「ぶらり」「ぶらん」などからできた語か。一説に、ポルトガルbalancoからとも


とし、さらに、

ポルトガル語起源だと言われたりするが、「ぶらここ」「ぶらこ」などの形の方が古く、どれも原音から離れすぎているので疑問である。


とある。
「ぶらここ」の項を見ると、用例として、『書言字考節用集』が上げられている。
この『書言字考―』についての詳細は知らないが、享保2年(1717)頃に出版されたものらしいから、かなり古くから使われていたことばなのには違いない。

こういう次第だから、教室で、先生が教卓に置いてあった辞典を引いて見たとしても、どういう場合に類別すべきなのかは、判らなかったろう。貴女の判断は正しかった…のだけれども、今度何かあったら、その場で辞典を引いてみて欲しいという気も、残っていないわけではない。

収穫

ここのところ毎年ピーマンを植えている。
最近、適度に雨が降っていたので、あまり気に掛けずにいたのだが、しばらくぶりに見たら、実が成っていた。

ピーマン

少し大きくし過ぎたか…?

以上。
[ 2012/06/11 22:22 ] 自然・季節 草花 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報~レイ・ブラッドベリ

「火星年代記」の米作家ブラッドベリさん死去
【ロサンゼルス=西島太郎】AP通信によると、米国を代表する作家、レイ・ブラッドベリさんが5日、カリフォルニア州ロサンゼルスで死去した。

91歳だった。死因は明らかにされていない。

1920年イリノイ州生まれ。SF、怪奇、幻想小説など幅広い作品を手がけた。詩的で叙情豊かな作風が人気を呼んだ。代表作の長編「火星年代記」は、日本を含む世界30か国以上で出版された。このほか、「華氏451度」、短編集に「黒いカーニバル」、「刺青の男」、「ウは宇宙船のウ」などがあり、47、48年に2年連続でO・ヘンリー賞を受賞した。(YOMIURI ONLINE)


R・ブラッドベリ氏が死去、「火星年代記」の米SF作家
「火星年代記」や「華氏451度」などで知られる米SF作家レイ・ブラッドベリ氏が5日、ロサンゼルスで死去した。91歳だった。

米出版社ハーパーコリンズの広報担当は、「ブラッドベリ氏は長らく患っていた病気の末、安らかに息を引き取った」と明らかにした。

イリノイ州ウォーキーガンに生まれ、父親の求職で10代にロサンゼルスに転居。大学には進まず、図書館で読書をするなどして独学で知識を身に付け、雑誌向けに執筆活動を始めた。

出版した500点以上の作品には、単なるSF作品の要素だけでなく、文学的なセンスも盛り込まれ、1953年発表の「華氏451度」では未来社会における書物の検閲が描かれた。(朝日新聞)


SF作家のレイ・ブラッドベリさん死去 「火星年代記」
「火星年代記」「たんぽぽのお酒」など文芸の香り高い作品で知られ、SFの叙情詩人と称された米国の作家レイ・ブラッドベリ氏が5日、ロサンゼルスで死去した。91歳だった。死因などは不明。
高校を卒業後、新聞売りをしながら各種雑誌に作品を投稿。1947、48年とO・ヘンリー賞を受賞し、短編の名手の名声を獲得した。
地球人の火星探検、植民記「火星年代記」(50年)では想像力と文章家としての力を見せた。短編集「10月はたそがれの国」(55年)、「たんぽぽのお酒」(57年)など、現代と未来、現実と空想の間を自在に行き来する詩的な幻想性に満ちた小説で読者を魅了した。「(SFとは)いまだ建たない都市について、その歴史を書くこと」を持論とし、長編「華氏451度」(53年)では、情報を徹底的に国家が管理し人々の自由な読書をも禁じた未来社会を描いた。トリュフォー監督によって映画化され、日本でも公開された。(BOOK asahi.com)


訃報:レイ・ブラッドベリさん91歳=米SF作家
AP通信などによると、SF小説の古典的名作「華氏451度」などで有名な米国のSF小説の巨匠、レイ・ブラッドベリさんが5日夜、ロサンゼルスで死去した。91歳だった。ブラッドベリさんの娘アレクサンドラさんが6日、明らかにした。長く闘病生活を送っていたが死因は不明。

ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は「現代のSF小説を小説の主流に押し上げた」とたたえた。

1920年、米イリノイ州生まれ。少年時代から雑誌に投稿、米ソ冷戦や子供のころの夢から着想を得て多くの作品を書き上げた。地球人の火星探検・植民をテーマとした「火星年代記」などで名声を確立。(毎日jp)


ちなみに、最初の記事にある「ウは宇宙船のウ」の原題は、"R is for Rocket"。ほかに、「スは宇宙(スペース)のス」("S is for Space")なんてぇのも、ある。

『ペーパートレインBOOKジュニア2 JR東日本版』

先日、買った本。

『2012年改訂版 ペーパートレインBOOKジュニア2 JR東日本版』

2012年改訂版 ペーパートレインBOOKジュニア2 JR東日本版 (オレンジページムック)

『E2系はやて』『E4系Maxなすの』『E231系湘南新宿ライン』など8種類の車両のペーパークラフト。それぞれ先頭車と中間車の2両分あり、連結もできる。
「ジュニア」だけあって、小学2年の息子にも簡単に作れる。が、その割にはリアルである。
さらに、本書には「ジオラマ台紙」が付属しており、カバーの裏の線路を繋げて大きなジオラマにすることができる。
駅、トンネル、信号や駅員さん、歩行者も付いていて、電車好きの子供なら、かなり楽しめる本(?)である。

これを、何故、どこで買ったのかは、機会があればその内書く。
[ 2012/06/06 22:55 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△