黒船神社

本所は東駒形にある神社に行ってみたのだが、残念ながら狛犬はおらず、どうしようかと思って地図を見たところ、隅田川の対岸すぐのところに神社があるようなので少し脚を延ばしてみた。

黒船神社(台東区寿)。

黒船といえばペリー、と思ったのだが、天慶3年(940)、平将門の乱を平定した藤原秀郷による創建だそうなので、ペリーとは関係ない。

江戸通りから、駒形どぜうの脇の道を入ったところにある、小さな神社である。

黒船神社

由緒ある神社だけに、ずいぶん古そうな石燈籠もある。

黒船神社 黒船神社 黒船神社

少し下がって鳥居を納めようとすると…お、何かいる!

黒船神社

…というのは嘘で、外からでも目に入る位置、鳥居のすぐ外側に、立派な狛犬が鎮座している。

黒船神社

ただし、あまりにも入ってすぐにいるので、塀に邪魔されて、写真は取りにくい。

黒船神社 黒船神社

実に凛々しい…ので、ふんだんにアップする。

黒船神社 黒船神社
黒船神社 黒船神社
黒船神社 黒船神社 黒船神社

嘉永7年(1854)製、ペリー来航の翌年、日米和親条約の締結された年である。もちろん、最初に書いたように、ペリーとこの黒船神社とは関係がない。

なお、この狛犬、石工・飯嶋吉六の作である。横浜にいる頃には良く目にしたが、こんなところにいるのは驚き。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2012/09/28 20:34 ] 狛犬 東京/台東 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

都電の見える公園

先日、息子と都電荒川線に乗っていると、息子が車窓から見えた公園に行きたいと言う。
それで、宮ノ前の電停で下りて立ち寄った、宮前児童遊園。

息子が気になったのは、飛行機型の遊具だが、それだけでなく、公園のまん真ん中に鉄塔が建っているのも気になる。

宮前児童遊園

飛行機型の遊具は、羽根が雲梯になっており、上に昇ると操縦席もある、なかなか良くできたもの。

宮前児童遊園

操縦席に坐ると、写真では良く判らないだろうが、都電が見える。
もっとも、この公園の目の前が都電の線路だから、昇らなくても見えるのだが…。

宮前児童遊園

そして、都電の通っている道路の向う側には消防署がある。乗り物好きの子供にはもって来い。

消防署 消防車

わざわざ遠方から行くほどの公園ではないけれども、近くを通りかかったら行ってみても悪くはない。一日乗車券なら乗り降り自由だし。
それに、急にお腹がすいて来ても、消防署のすぐ近くにファミレスもある。
もっとも、僕はファミレスには行かず、隣の小台電停まで歩いて、商店街にある小さな中華屋に入った。「錦州餃子 華味」、その名に違わず、餃子が非常に美味しい店である。

都電ついでに…。

あらかわ遊園にある都電と、
都電

荒川車庫にある都電。

都電
[ 2012/09/27 23:10 ] 旅・散策 公園 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

水神宮

水神宮(松戸市松戸)。

ある神社に行こうとしたところ、道を間違えて、偶然、以前行ったことのある神社に着いてしまった。
境内はそれほど広くはないが、大きな木も生えており、雰囲気はなかなか良い。

水神宮

大正6年(1917)の狛犬。

水神宮 水神宮
水神宮 水神宮
水神宮 水神宮

ずいぶん歯がギザギザだ。

水神宮

ここから戻る途中、たまたま別の神社を見つけたのだが、狭い境内で思いっ切り水撒きの最中だったので、入ることができなかった。また行くことにしよう。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.zuiko Digital 17mm F2.8 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2012/09/26 20:49 ] 狛犬 千葉 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

熊野若王子神社

昔撮った狛犬。

熊野若王子神社(京都市左京区)。
「若王子」は「わかおうじ」ではなく「にゃくおうじ」。

熊野若王子神社

なかなか雄々しい狛犬。

熊野若王子神社 熊野若王子神社

そして、風情のある牛。

熊野若王子神社

(Canon EOS 20D + EF17-40mm F4L USM)
[ 2012/09/25 22:18 ] 狛犬 京都 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

「鳥肌の立つような相撲」

ふだんならさほど気にせず読み飛ばすところだが、先日文化庁の調査を取り上げたばかりだから、少々気になって取り上げる。

直接見たわけではないのだが、日馬富士が優勝した大相撲秋場所の表彰式で、野田首相が内閣総理大臣杯の授与のために土俵に上って、「本当に久しぶりに死力を尽くした鳥肌の立つような相撲を見ることができた。」と言ったのだそうだ(毎日jp)。

何紙かに同様の記事があるが、特にそのことばづかいを気にしているふうもない。
言うまでもないが、「鳥肌が立つ」は、元々寒さや恐怖によって毛穴が浮き出るような場合に使うことばである。それが、最近では良い意味にも使われるようになって、「鳥肌が立つほど素晴らしい」というような言い方が出て来ている。

最新の辞書を立ち読みしたところ、感動した場合にも使う旨の記述のあるものが半分ほどあったが、その殆んどが、補足扱いで最近の言い方という断り書きを入れている。
中には規範的ではない、と明確に書かれているものもあったから、まだ、完全に用法が転換し切ったというわけではないだろう。

ことばは変化するものである。だから、野田首相の鳥肌発言を別段どうこう言うつもりはない。人気取りのために今ふうの物言いをした感はあるが、それはそれで戦術である。
ただ、首相が語り、それが無批判に報道される…それが、ことばの変化の大きな要因になることは、間違いないだろう。

訃報…久曽神昇

元愛知大学長の久曽神昇氏死去 

久曽神昇氏(きゅうそじん・ひたく=元愛知大学長・理事長、国文学)23日死去、103歳。通夜は25日午後7時、葬儀・告別式は26日午前11時、愛知県豊橋市東新町115、イズモホール豊橋弐番館で。喪主は長男、皐浩(たかひろ)氏。 (msn産経ニュース)


個人的には存じ上げないが、僕が学生の頃には、既に「大家」と言われる学者たちより上の世代だった、国文学会の超大物である。
この上ない難読人名だが、時枝誠記や山田孝雄、あるいは澤瀉久孝と同じように、読めないとモグリと言われるほどの大学者だった。

知らない方も、これを見れば、どれだけの大物なのかは想像ができるだろう(検索の都合上関係のないものも混じっているが…)。
『日本歌学大系』や『西本願寺本三十六人集精成』には、ずいぶんお世話になったものである。
とにかく、そのお年が驚き。

「割愛」

同じ日に書くなら何も分けなくても良いのだが、長くなって来たので分けることにした。
漢字書けない」の続きのようなもの。

「まったり」「がっつり」多用=20~30代の半数超-「にやける」正解は1割台

20~30代の6割以上が「ゆっくり、のんびりする」の意味で「まったりする」を使い、7割の人が「にやける」(なよなよしている)の意味を取り違えていたことが20日、文化庁の国語に関する世論調査で分かった。(中略)
一方、「にやける」や「割愛」(惜しいものを手放す)の意味を正しく理解していた人は1割台にとどまり、それぞれ「薄笑いを浮かべる」、「不要なものを捨てる」と間違えている人が多かった。「舌先三寸」を「口先三寸」とするなど慣用句の誤用も目立った。
文化庁国語課は「言葉は変わっていくので、全て誤用と言い切れない」とする一方、「意味を理解せぬまま誤った使われ方を見聞きし、そのまま覚えてしまうのではないか」としている。(2012/09/20-17:10)(時事ドットコム)


ことばの誤用というのも、昔からあるテーマである。そういう話題に上ることばは、「全然」とか「役不足」とか、枚挙に暇がない。

ここに上げられている例の中では、「割愛」が特に気になった。何が気になったかというと、一体どういう質問をして、この結果になったのか、ということである。
仮に、

「割愛」の意味は次の内どちらか。
(1)惜しいものを手放す
(2)不要なものを捨てる


という質問だとしたら、これは判断に迷うところである。
たとえば、以下の例文

「君は呉服屋の話をするのか、人売りの話をするのか」「さうゝゝ人売りの話をやつて居たんだつけ。実は此伊勢源に就ても頗る奇譚があるんだが、それは割愛して今日は人売丈にして置かう。(『吾輩は猫である』6)


の「割愛」の意味は、上記の選択肢からでは選びにくい。言わないのは惜しいけれども話すのをやめる、という意味合いだから、(2)は半分は合っているし、(1)も半分は違っている。

『新明解国語辞典』(初版・昭和47年)を見ると、

手離すには惜しいものの所有権を放棄すること。〔広義では、スペースが無いので省略する意にも用いられる〕


とある。
「手離すには…」の説明は、(1)の意味に当たるけれども、漱石の例文は、「惜しい」意味はあるにしても、所有とは関係がないから、「広義では…」の方である。そしてそれが、現今、一般的な使い方だろう。
(2)は、「不要なものを」というのが適切ではないけれども、(1)も、漱石の例文に照らす限り、「手放す」が妥当ではない。

さらに、子供の辞典、『例解小学国語辞典』(三省堂)を見てみた。

おしいと思いながら、思いきってはぶくこと。[例]説明の一部を割愛する


「手放す」意は、載せられていない。

ちなみに、(1)に当たるのは、こんな例である。

少年時の長篇五六及その後の新旧作七十篇の余は遺憾なく割愛した。(北原白秋『邪宗門』例言)


『日本国語大辞典』からの孫引きで、文脈が今一つ判然しないところもあるけれども、他人に譲った、ということだろう。※→【追記】

(1)を選択した人が1割台だというのは、致し方ないこと、というより、当然なのではないか。
文化庁の職員は、全員正解できるのかもしれないけれども…。

…と、書いて来て、報道の記事からの推測だけであれこれ語るのは宜しくないかと思い直して文化庁のサイトを見てみたら、結果が掲載されていた。

割愛する  例文:説明は割愛した。
(ア)不必要なものを切り捨てる…65.1%
(イ)惜しいと思うものを手放す…17.6%
(ア)と(イ)の両方…1.7%
(ア)、(イ)とはまったく別の意味…3.3%
分からない…12.3%


この問題で(イ)を選ばなかったからといって、それを「誤用」というのは無理だろう。

「漢字書けない」

「漢字書けない」、6割超=情報機器普及で大幅増-文化庁

携帯電話などの情報機器や電子メールの普及で、漢字を正確に書く力が衰えたと感じる人が66.5%に上り、10年前より25ポイント以上増えたことが20日、2011年度の文化庁の国語に関する世論調査で分かった。
同庁国語課は「機器の普及を反映し、今後も増えると予想され、大きな課題だ」としている。
調査は2~3月、全国の16歳以上の男女を対象に面接方式で行い、2069人から回答を得た。
機器の普及による情報交換手段の多様化が、日常生活に与えた影響について尋ねた。その結果、年代別では40代で「漢字を書く力が衰えた」と感じる人が最も多く、79.5%に上った。
同じ質問をした前回の01年度調査では、30代の57.7%が最多だったが、今回は20代から50代全てで7割を超えた。「特に思い当たらない」は21.4%から7.7%まで減った。
(後略)(2012/09/20-17:06)(時事ドットコム)


こういう話題は、話半分に聞いておいた方が良い。
「漢字を正確に書く力が衰えたと感じる」というのは、あくまでも感覚の問題である。そう感じる人が増えたからと言って、本当に漢字を書く力が衰えているかどうかは判らない。
そもそも、「携帯電話などの情報機器や電子メールの普及」する前に、どれだけ手書きで手紙を書いていたのか、疑問である。毎日ポストを覗く度、必ず誰かからの手紙が届いていた経験のある人など、滅多にいないだろう。

漢字検定の受験者が激増したのはちょうどここ10年ほどのことで、それに伴って、漢字を書く機会が増えている。ただしそれは、日常生活の言語生活においてというより、漢検を含めたクイズ的なものとして、書く力を試す機会が増えているということである。
日常生活においてなら、難しい漢字は書かなければ良い。「曖昧」や「挨拶」という字が判らなければ「あいまい」「あいさつ」と書いておけばそれで済む。これは、漢字を「書かない」だけである。かなで書く限り、自分がその字を漢字で正確に書くことができるか、ということは、あまり意識には上らない。
が、「あいまい」「あいさつ」を漢字で書け、というクイズ的なものなら漢字で正確に書かなければ不正解なわけだから、自信がなければ「書けない」と感じることになる。
今、世の中にはそういうクイズ的なものが溢れているから、元から書けなかった字が書けないだけで、「漢字を書く力が衰えた」と感じる可能性は多分にある。
それに、最初からかなで書いていれば気にならないものでも、パソコンやケータイで変換されて出て来ると、「あっ、この字、書けない」と初めて気づくことも多いだろう。

長期的に見れば、「漢字を書く力が衰えた」というのは事実なのに違いないが、文化庁たるもの、2000人程度の人の感想を聞いて、「機器の普及による情報交換手段の多様化が、日常生活に与えた影響」というような大問題を発表してしまうのは、いかがなものかと思うのである。

続く

御霊神社(大阪市中央区)

昔撮った狛犬。

中央線の本町辺りから歩いて行った神社。

中井エンジニアリング

中井エンジニアリング株式会社…いや、違う。僕が探しているのは御霊神社という神社である。

でも、ここには鳥居もある。とすれば、これが御霊神社なのに違いない…が、鳥居には扁額も掛かっておらず、ビルの中にずかずか入って行く勇気もない。
それで、周りを歩いてみることにした。

すると、…。
神社らしき屋根を発見。

中井エンジニアリング

更に周ってみると、立派な扁額の懸った鳥居もあった。

御霊神社

反対側から周れば、すぐに鳥居があったのだが、4分の3周してしまった。

それで、その御霊神社の狛犬。

御霊神社 御霊神社

後で知った話だが、御霊神社の参道だった場所が何時しか他人の手に渡り、鳥居だけが取り残されたのだとか。

(Canon EOS 20D + EF17-40mm F4L USM)
[ 2012/09/17 22:21 ] 狛犬 西日本 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

大横川親水公園から十間橋へ

今日、十間橋通りに行く用事があって、久しぶりにスカイツリーの近くを自転車で走った。

まずは、大横川親水公園。
平川橋落橋記念碑。鉄橋が掛かっていたのだが、老朽化に伴い昨年撤去され、道路として整備された。
その旧平川橋の橋名板とトラスを残して碑としたもの。

大横川親水公園

大横川親水公園の公園管理事務所。

大横川親水公園

その近くに、新たなスポットが出来ていた。ローラー滑り台の上から息子が発見。

大横川親水公園

丸い大きなものの前でカメラを構えている人がいるが、その丸いものは、こんなものである。

大横川親水公園

スカイツリーをバックに、記念写真を撮れるわけである。
スカイツリーの足下、東武橋から至近だから、訪れてみてはいかがか。

十間橋のすぐ近くの路地(業平5丁目13あたり)にあるカーブミラー…いや、この道にはカーブはないから、観光客のためにミラーを設置したのではないかと思われる。

大横川親水公園

もう少し左にずれれば、自分も写れる。

定番の十間橋から。

大横川親水公園

17㎜(27.2mm相当)で写しているが、収まり切っていない。
いや、収まり切っているではないか? と思われるかもしれないが、カメラをもっと下に振ってみると、収まり切っていないのがわかる。

大横川親水公園

ここ十間橋は、「逆さツリー」の名所なのである。

大横川親水公園

(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)