Nexus 7のことなど

昨年末、「magrex MK-5000-BK」のエントリでNexus7用のキー・ボードのことを書いた、そのついでに、本体についても一言しておく。
言わずと知れた、Googleが販売するAndroid4.2を搭載した7インチタブレットである。16GBと32BGが発売されているが、ストレージ容量以外に違いはないらしい。僕はそれほどデータを喰うような使い方を想定していないので、安い方の16GBにした。

何しろ初タブレットだから、良いも悪いも、他のものと比べようがないのだが、すべてにおいて快適だといって良い。むろん、「すべて」といったところで、これがあればPCはいらない、というようなことはないが、目的としていた用途からすれば、必要かつ十分な機能をほぼ網羅している。

ネット接続の方式として、3G回線に対応していないことを、欠点として上げる人も多い。
たしかに、無線LANの繋がる場所でなければネットに繋げないというのは、スマホ感覚からすれば不便かもしれない。GoogleMAPで道を探しながら街を歩き廻りたいような人には、クリティカルな問題なのだろう。そのために別途pocket wifiの契約をするとしたら、かなりの出費である。
が、7インチのタブレットを手に持って道を歩くのは、それほど多くの人にとって必須の事柄ではないだろう。そもそも、タブレットにそういうことを求める人は、たいていスマホを使っているのではないだろうか。とすれば、それはスマホに任せておけば良いことなのではないかと思う。
3G回線に比べれば若干の制約があるのには違いないけれども、それほどお金を掛けずにwifi環境を得られるプランは幾つもあるし、ある程度の規模の都市なら、無料のwifiスポットも、探せばそれなりにある。テザリング機能のあるスマホを持っている人なら…というのはあまり意味がないが…。自宅のLAN環境を無線化するのも、簡易なものなら大してお金の掛かることではない。
いずれにせよ、僕にとっては、この接続方法の制約は、大きな問題ではない。むしろ、潔く切り捨てているところに好ましささえ感じる。
タブレットで通話する人も、ないわけではなかろうが、通話機能はあくまでもオマケである。大して使わないオマケなら、いっそのこと外しちまえ、ということである。その割り切りで、低価格を実現しているのなら、言うことはない。
そもそも、僕からすれば、メモが主目的なわけだから、ネットに繋がなかったとしても、それなりに使い手はある。

もう一つ、槍玉に挙げられるのが、外部メディア用のスロットがないことである。
たしかに、SDカードのスロットくらいあった方が便利だろう。が、Googleとしては、データはクラウド環境で、ということなのだろうし、そのためのサービスも用意されているわけだから、辻褄は合っている。
とは言え、そのためにはPCでデータを取り込む必要があるから、写真を撮ってその場ですぐ見たい、という場合には対応できない。折角デジカメより遙かに大きなディスプレイがあるのだから、これはちょっと残念には違いない。
データを取り込めないことはないようだが、ネットを見た限りでは、ROOT化して…とか、有料の専用アプリを購入して…云々、などとあって、かなり面倒臭そうな感じである。
が、よくよく調べてみると何のことはなく、Nexus本体に外部メディアのデータを保存できないだけで、閲覧だけならカードリーダーをMicroUSBで繋ぎさえすれば可能だった。アプリ(Nexus Photo Vewer)は必要だが、無料。 USB(A)メスとMicroUSB(B)オスが変換できさえすれば、 「撮ってすぐ見る」は可能である。デジカメのディスプレイも大きくはなっているが、7インチはない。もっとも、写真を表示できるのはディスプレイの半分程度の大きさだし、掛け値なしに「見る」こと以外何もできないが、僕としてはそれで十分である。
ちなみに、メディアの接続のために僕が使っているのは下記のもの。

ELECOM 変換アダプタ(USB A-microB) ケーブルタイプ ブラック MPA-MAEMCB010BK
Digio2 マルチカードリーダー/ライター SDXCカード対応 ブラック CRW-5M48BK

これらの製品でなくても同等のものならもちろん可。ただし、変換ケーブルは、それぞれの「A」と「B」、「メス」と「オス」を間違えるとまったく使えないので要注意。これは、良く確かめずにmicroUSB(A)のケーブルを買ってしまった僕が言うのだから間違いない。
カードリーダーは既存のものでも良かったのだが、持ち歩くことを考慮して、超小型のものを新たに購入した。
むろん、見る以外に、拡大したり編集したりしたければ、それなりのことはしなければならないけれども、見るだけなら至極簡単である。

総じて言うと、何より、小さく軽い。しかも、スマホより大きい。これを「帯に短し襷に長し」と感じる人もいるかもしれないが、僕にとっては両者のイイトコドリといったところである。

ところで、Androidはモバイル用のプラットフォームだから、ホームページやブログは、基本的にモバイルサイトが表示される…のだが、FC2ブログは何故かPCサイトが表示される。PCサイトが表示されても、別段困るわけではないのだが、Android未対応で表示されないプラグインもあって気にはなる。
まさかブログ・サービスともあろうものが、Androidに対応していないとも思えないが、Androidケータイやスマホは持っていないので判らない。4.2に対応できていないだけなのだろうか? いずれにせよ、だとしたらショボ過ぎるぞ、FC2!

12月14日

「時は元禄十五年 極月中の四日の夜…」

講談などでお馴染みの一節…と言っても、僕も含めて殆んどの人は講談自体がお馴染みではないだろうが…。
「極月」は12月、「中の四日」は1箇月の内の4の付く日(4日・14日・24日)の真ん中で、14日のこと。平たく言えば、元禄15年12月14日ということである。
この元禄15年12月14日に何があったかというと、言わずと知れた赤穂浪士の討ち入りである。講談には馴染みがなかったとしても、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」やテレビの年末ドラマの定番だから、知らない人はいないだろう。

さて、何故そんなことを今書いているか。
この元禄15年12月14日は旧暦で、現在の暦に直せば1703年1月30日、つまり、310年前の今日である。
ドラマなどを見ていると、大雪の中の降る中での討ち入りになっていることが多いように思うが、今の12月24日なら、そんな大雪が降るのかと不審に思う人もいるかもしれない。が、1月30日なら、つい先日も大雪が降ったところだから、納得しやすいだろう。
もっとも、史実としては、雪だったのは13日で、討ち入り当日の14日は快晴だったらしい。とすれば、その日の深夜(未明)には、ほぼ満ちた月が、西の空に皓々と照り輝いていたはずである。だが、芝居の演出としては、雪の舞い散る中の方が、よりドラマティックであるのには違いない。

…というのは前振りで、その内これに多少なりとも関係のあることを書く目論見がある。と言っても、前振りするほど大したことではないのは、これまでの例からも重々お見通しのことだろう。
それに、「その内」というのも、今直ぐではない…たぶん。
[ 2013/01/30 11:11 ] 歴史 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

国会図書館の蔵書、電子書籍化

今日、気になったニュース。

国会図書館の蔵書、電子書籍化して配信 文化庁が実証実験

文化庁は1月29日、国会図書館でデジタル化済みの資料を権利処理して電子書籍化し、電子書店を通じて一般ユーザーに配信、活用法や課題を探る実証実験「文化庁eBookプロジェクト」を、2月1日にスタートすると発表した。

「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する実証実験」(主査:福井健策弁護士)の一環。野村総合研究所がプロジェクトを受託し、紀伊國屋書店が配信に協力する。

配信するのは、絵巻物そのものを読むようにスクロールしながら閲覧できる「平治物語〔絵巻〕」のほか、竹久夢二作品を国会図書館の電子化資料から挿絵、青空文庫からテキスト部分を組み込んで見開きごとに動物のスケッチと文章を組み合わせて読めようにした「コドモのスケッチ帖 動物園にて」、国会図書館のデジタル資料でアクセス上位の「エロエロ草紙」(酒井潔)など13作品。

将来、民間事業者や公的機関などが、既存のデジタル資料を基に電子書籍化して配信する場合の参考となるよう、結果や課題をまとめる。(ITmedhiaニュース)


僕の脳ミソが使い物になる内に、一足飛びに実用に耐える段階が来るはずがないのは自明だが、期待を抱かせるニュースではある。

何なら、僕の書いたものも、無料で配信してもらって構わない。

八幡神社(港区麻布台)(その2)

八幡神社(港区麻布台)(その1)」の続き。

八幡神社

社殿の近くにもう一対の狛犬。

八幡神社 八幡神社
八幡神社 八幡神社

こちらも年代はわからないが、幕末なのには違いないだろう。

子獅子も素晴らしい。

八幡神社 八幡神社
八幡神社 八幡神社

なお、この狛犬、左右とも阿なことでも有名。

八幡神社 八幡神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/01/28 22:15 ] 狛犬 東京/港 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

八幡神社(港区麻布台)(その1)

八幡神社(港区麻布台)。西久保八幡神社とも称される。

八幡神社

石段を登ると、この狛犬がいる。
古そうだが、年代は判らない。

八幡神社 八幡神社
八幡神社 八幡神社
八幡神社 八幡神社

この狛犬、こんな高い位置にいるので、非常に撮りづらい。

八幡神社 八幡神社

手水場の龍。

八幡神社

管から水を送っている。何だか流動食を食べさせられているような印象を受けてしまうのは僕だけか?

八幡神社

続く。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/01/27 22:11 ] 狛犬 東京/港 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

天祖神社(龍土神明宮)

天祖神社(龍土神明宮)(港区六本木)。

港区七福神の一として有名…かどうかは良く知らないが、住所に惹かれて行ってみた。
7丁目7番7号、7並びの実に縁起の良い地番である。
六本木だけに、6丁目6番6号ならなお良かったかもしれないが、そのあたりには馬鹿でかいビルが建っているだけのようである。

さて、天祖神社である。
まず、社号標。

天祖神社

裏を見ると…

天祖神社

見直したぞ、テレビ朝日。

社殿に向かう石段…

天祖神社

…の両脇に、嘉永4年(1851)の狛犬がいた。

天祖神社 天祖神社

それほど大きなものではないが、幕末のものだけあって、そこはかとない風格がある。

天祖神社 天祖神社
天祖神社

六本木駅の間近、東京ミッドタウンの向かいあたりのビルの前にあった。

天祖神社

二宮金次郎は、こんな都会の大通りでも勉学に勤しんでいる。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/01/25 23:57 ] 狛犬 東京/港 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

山王日枝神社

山王日枝神社(千代田区永田町)。

以前、摂社日枝神社を紹介したことがあるが、その本社が、ここ山王日枝神社である。
永田町方面から向かうと、まず、この大きな狛犬がいる。

山王日枝神社 山王日枝神社

巨大かつ石段の上にあるので、石段の下からでは極端に見上げる形になるし、上からだと横向きになる。実に撮りにくい。
昭和9年(1934)製。台座に、「原型 三木宗策 石匠 野村保泉」とある。

西参道から坂を登り、境内へ…、

山王日枝神社

…行こうと思ったのだが、時節柄混み合っているので、まずはそこを避けて、裏手にある稲荷社へ。
ここには、文政3年(1820)の狛犬がいる。実に素晴らしいものである…のだが、残念ながら社殿ごと網で囲まれていて近寄れない。

山王日枝神社

何とか撮った何枚か。

山王日枝神社 山王日枝神社
山王日枝神社 山王日枝神社

さて、ここ日枝神社には神使の猿がいる…のだが、来る人来る人、やたらに撫で回して行く。人だかりが絶えず、なかなか近寄れない。
隙を突いて撮った2枚。

山王日枝神社 山王日枝神社

教訓。
正月は神社巡りに向いていない。有名な神社は特に。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2013/01/24 23:36 ] 狛犬 東京/千代田 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす(8) Including 「全然」(その10)

『日本近代短篇小説選 昭和篇2』に貼った附箋を剥がすためのメモ。

職業上の理由でマリアンヌの父親は禁足され、生活の圧迫は重加して、遂に家も何も売り払って、一家は不自由な冷たい生活にはいってゆくのを、私たちは傍観しているばかりだった。(中里恒子「墓地の春」P26L13)

そして初年兵はようやくにして古年兵の攻撃から自分の身を守り、初年兵の敵は、自分たちの前方にいる外国兵ではなく、自分たちの傍にいる四年兵、五年兵、下士官、将校であった。(野間宏「顔の中の赤い月」P145L3)

そしてこの岡と岡の間の窪地に沿うて一筋の道路が通っていた。これを下ってゆくと小さい町へいくことを私たちは知っていたが、それを上ってゆくと、どこへ行くのか私たちは知らなかった。それから炭鉱と収容所を結ぶ小路があり、それは私たちの足跡で出来た、踏まれた草の路で、炭鉱の交代の前後には、列を作った一群の人がその上に現われて、或いは炭鉱の方へ、或いは収容所の方へ歩いてゆくのが見えたが、それが私たちだった。(長谷川四郎「小さな礼拝堂」P341L15)


観点の転換の事例。
中里のものは、「一家は不自由な生活にはいっていった」とでもなるべき「一家」についての文脈が、「私たち」を主語とする表現に転換している。「…はいっていった。それを…」というふうに2文で表現するのではなく、それを1文で表現している。
野間のものは、「…古年兵の攻撃から自分の身を守った」とでもなっていれば、よりスッキリするだろうが、そのまま次文に繫がっている。
長谷川の例は、「私たち」の視点で語られていた文が、最後の部分で「私たち」を見る人物の視点に転換している。


「ええ、四千円売れるんですって。ちょっと小さいので、値打がぐっと下るんですの。売りなさい売りなさいってあまり言うものだからとうとうその気になってしまったのよ。ほんとうにもうなんにも売るものもなくなっちゃって。」(野間宏「顔の中の赤い月」P151L3)

「そうだよ。しかし、板チョコと言ってもなかなか馬鹿にならんのだぜ。山仲の奴、板チョコで、俺たちよりは、ずっと立派にやってやがるんだからな。一枚七円五十銭仕入れて八円五十銭で田舎の雑貨屋に置いてくるんだそうだが、月に三千五百円になると言ってるからな。(同P164L7)

「ママはお前なンかに子不幸な親だなンていわれる筋合はないよ。早くパパ別れて、お前さんを今日まで女手一つでそだてて来たンじゃないか。お前位パパに似て私をいじめる人ってないわ。…(林芙美子「水仙」P264L11)

私は妻を呼ぶまいと思った。一時間ぐらい会っても仕方がない。そのため旅馴れぬ彼女に困難な旅をさせ、不案内な東京をうろうろさすには当るまい。会っても会わなくても、私が前線に送られ、敗軍の中死ぬのは同じことである。未練だ。(大岡昇平「出征」P296L4)


助詞「に」の使い方。


新円の洪水の熱海をあてこんだ。それが全然はずれて、一枚も売れず、荷物を背負って、駅前の坂を上ったときは、木曽義仲の最後を思い出したそうだよ。(野間宏「顔の中の赤い月」P164L11)

衝撃は例えば我々の体を通り抜けたようであった。それは我々が除隊の喜びの底に漠然と感じていた危惧で、全然不意を突かれたものではなかったが、膝力が抜けたように感じ、口を利くことは出来なかった。(大岡昇平「出征」P201L3)

兵隊の歩度と合わせるために、子供は全然駈け出さねばならなかった。そして子供は足を傷めていた。(同P312L11)


否定と呼応しない「全然」の用例。同時に、大岡の1例目は、助詞「に」の使い方。
野間のものは昭和22年(1947)、大岡のものは昭和25年(1950)の事例。


外泊は依然防諜の見地から許されず、奇計によって受け取らされた私物を返しかたがた、通知者一人限って十六日に面会が許される。(梅崎春生「蜆」P205L6)


助詞「を」の使い方。


我々は三カ月の教育期間を何とか胡麻化して過そうとしか思っていず、その胡麻化し方は正確に学校において学科を出来るだけ胡麻化して、卒業証書だけを握ろうとした方法と同じであった。いかにも旧弊な日本の軍隊が我々に課する日課は愚劣にして苛酷なものであるが、それは我々がそれを陋劣に胡麻化す口実とはならない。(大岡昇平「出征」P298L11)


何となく抽き出しておこうと思った一節。

顔~ジャケ買いすべきCDなど(2)

NEIL YOUNG "NEIL YOUNG"
 ~ニール・ヤング『ニール・ヤング』~

Neil Young

バッファロー・スプリングフィールド解散後、最初のソロ・アルバム。アメリカン・ロックのマイル・ストーンの一つと言って過言ではない名盤。
このアルバムを出しっぱなしにしていたら、部屋に入って来た娘に怖くはないかと聞かれた。
別に、と答えはしたのだが、確かに、怖くないこともない。いや、実はちょっと怖い。ニール・ヤングの偉大さを知らなければ、一目見て衝動買い(いわゆるジャケ買い)するようなものではない。

そういう「顔」が目印のアルバムを集めてみた。

Billy Joel "Piano Man"
 〜ビリー・ジョエル『ピアノ・マン』〜

ピアノ・マン

ビリー・ジョエルの偉大さを知らなければ、 まさかこのアルバムをジャケ買いしたりはすまい。
顔の怖さは、モノクロである分、こちらの方が数段優っている。このジャケット写真を見て、タイトル曲の美しいメロディを想像する人は、あまりいないだろう。

MUDDY WATERS "I’M READY"
 ~マディ・ウォーターズ『アイム・レディ』~

I'm ready

マディ・ウォーターズの偉大さを知らなければ、まさかこのアルバムをジャケ買いしたりはすまい。
至高のブルーズ・シンガー、マディ・ウオーターズ。名曲 Hoochie Coochie Man(フーチー・クーチー・マン)を収録。もっとも、この曲を誰が歌っても「名曲」と感じるかどうかは判らない。'oh yeah〜' だけで聴く者を魅了できるシンガーは数少ないだろう。

その "I’M READY" をプロデュースした、ジョニー・ウィンターのアルバム。

JOHNNY WINTER "WHITE,HOT&BLUE"
 ~ジョニー・ウィンター『ホワイト・ホット&ブルー』~

WHITE,HOT&BLUE

ジョニー・ウィンターの偉大さを知らなければ、まさかこのアルバムをジャケ買いしたりはすまい。
かなり怖い。サイケな感じのアルバムかと思われるかもしれないが(思わないかもしれないが)、聴いてみると割にふつうのブルーズ・ロックである。

RICK DANKO "RICK DANKO"
 ~リック・ダンコ『リック・ダンコ』

Rick Danco

リック・ダンコの偉大さを知らなければ、まさかこのアルバムをジャケ買いしたりはすまい。
伝説の THE BAND 解散後のソロ・アルバム。"The LAST WALTZ"(ラスト・ワルツ)のシャングリラ・スタジオの場面で流れる Sip The Wine(シップ・ザ・ワイン)を収録。

Tom Petty & The Heartbreakers "Tom Petty & The Heartbreakers "
 ~トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ『トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ』~

Tom Petty & The Heartbreakers

トム・ペティの偉大さを知らなければ、まさかこのアルバムをジャケ買いしたりはすまい。
このジャケット写真を見ていると、何だかちょっと勘違いしているんじゃないか感があって、どうにも気恥かしくて堪らない。
ライヴで定番の名曲、Breakdown(ブレイクダウン)を収録。

Hole "Live Through This"
 ~ホール『リヴ・スルー・ジス』~

Live Through This

ホールの偉大さを知らなければ、まさかこのアルバムをジャケ買いしたりは…するかもしれない。
こんなジャケットを持つアルバムは、ヒド過ぎてとても聴けたものではないか、歴史に残る名盤かのどちらかで、中途半端な中身であることは、まず、ない。
むろん、ほとんどの場合は前者に該当するハナシにならないサウンドなのだが、ごく稀に、後者もある。その稀な例外であることを期待してジャケ買いする価値のあるアルバム。
[ 2013/01/22 23:00 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

靖国神社(その3)

靖国神社(その2)」の続き。

次は、以前にも紹介したことがあるが、僕にとってはこれが一番馴染みのある狛犬である。何故なら、ここが通り道だったから。

靖国神社 靖国神社

続いて、靖国通り沿いに、もう少し社殿に向かったところの門外にある狛犬。昭和38(1963)製。

靖国神社 靖国神社
靖国神社 靖国神社
靖国神社 靖国神社

いよいよ社殿に近づいて行くと、大鳥居がある。 明治20年(1887年)に建てられたもので、 青銅製のものとしては日本最大だそうである。

靖国神社

この鳥居についても、先に紹介した花袋の文章に、触れられている。丁度、鳥居が建てられた頃の文章である。

丁度招魂社の前のあの大きな鉄製の華表(とりい)が立つ時分で、それが馬鹿げて大きく社の前に転がされてあるのを私は見た。そしてそれが始めて立てられた時には、私は弟と一緒に、往きに帰りに、頬にそれを当てて見た。(『東京の三十年』「明治二十年頃」)


そして、いよいよお参りである。

靖国神社

干支の大絵馬が、掲げられていた。

さて、遊就館の前にある鯱。阿吽になっているという理由で、ついでに載せておく。とは言っても、鯱が阿吽なのは、別段珍しいことではない。

遊就館 遊就館

その近くにある、車?

遊就館

実はこれ、喫煙所である。どういう謂れのあるものか、判らない。

遊就館

非喫煙者である僕にとって、あまり縁のないものだが、中もなかなか洒落ている。煙草臭くさえなければ、中で寛ぎたい気もしないではない。

遊就館

境内の一番奥にある日本庭園。

靖国神社 靖国神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/01/21 22:21 ] 狛犬 東京/千代田 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△