「ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほど」

「富士山の日」のエントリで伊勢物語(9段)を取り上げた、その際に思い出したことを書く。

伊勢物語では、富士山のことを、「ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほど」、つまり、比叡山の20倍ほどの大きさだと言う。
「20個重ね上げる」と言えば、ふつうの国語感覚を持っていれば、上に20個積み重ねることを想起するだろう。高さが20倍、ということである。
が、実際には、富士山3776メートル、比叡山848メートルで、4.5倍程度しかない。
そこで、誇張だとか文学的虚構だとか言われるのだが、どうも国文学の専門家の中には、「文学など嘘っぱちが書かれている」「文学研究は非科学的だ」などと言われることに対するコンプレックスがあるのか、文学作品に書かれていることが事実だということを、何とか証明しようとする人が少なくない。

僕が学生時代のことだが、ある老教授が、「容積を比べると約20倍になるからこの記述は正確だ」という趣旨のことを言っているのを聞いた。当事まだ2年坊主の僕の頭でも、ナンセンスだと感じられるレヴェルの話ではあったのだが、家に帰ってから念のために電卓を叩いてみた。
もちろん富士山と比叡山の正確な容積など判らないが、仮にどちらも円錐形として、「半径×半径×円周率×高さ÷3」の公式を当て嵌めた。
すると、正円錐形だった場合、
 富士山 56.35立方キロメートル
 比叡山 0.64立方キロメートル
となる。容積比は約88倍、老教授の御高説とはだいぶ開きがある。
むろんどちらの山も、正円錐形ということはありえないから、もう少し現実的に、半径が高さの5倍あったとした場合、
 富士山 1408.78立方キロメートル
 比叡山 15.96立方キロメートル
となり、容積は大幅に増える。けれども、容積比が約88倍であること自体は、両者が相似形の山である限りは変らない。
富士山と比叡山は、言うまでもなく実際には相似形ではないから、この88倍という数字にも然程の意味はないのだけれども、流石に20倍ということがありうるとは思われない。
学者たる者、何の根拠もなくそんなことは言わないだろうとは思ったけれども、その根拠を自分で調べてみるほどの価値も見出せなかったから、その時は「そんなことを言っている人もいる」という程度に止めておいた。

で、これを書こうと思ったのは、先のエントリを書いていてこのことを思い出して、改めて計算をしてみたことに起因する。
今回はExcelに計算式を入れて計算したのだが、最初、間違えて「半径×円周率×高さ÷3」という式を入れてしまった。すると、衝撃の事実が…。

讃岐金刀比羅宮東京分社

讃岐金刀比羅宮東京分社(文京区本郷)。

金刀比羅宮

先日、三崎稲荷神社に行ったついでに、折角だからと思ってこの神社にも立ち寄った。

金刀比羅宮

手水場の掃除…というより、改修というレベルの作業をされていた。それで、狛犬には(特に阿行には)近寄れず…。神社を巡っていると、いろいろなアクシデントに出会うものである。まぁ、珍しい光景が見られたから良しとしよう。

金刀比羅宮 金刀比羅宮

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/02/25 22:35 ] 狛犬 東京/文京 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

日枝神社(江戸川区船堀)

日枝神社(江戸川区船堀)。

都営新宿線の船堀駅から徒歩数分のところにある神社。

日枝神社

まずは、小さめの狛犬。

日枝神社 日枝神社

台座を見ると、かなり剥落していて読みにくいのだが、「天明四年」の文字が見える。天明4年なら1784年、かなり古いことになるが、その脇に「大正十年七月再建」の文字もある。「再建」という場合、本体はそのままで台座だけを再建したものもあるけれども、これはさすがに天明に造られたものとも思えないから、狛犬ごと大正10年(1921)に再建したのだろう。
なお、余談だが、天明4年は、歴史の教科書でもお馴染みの「漢委奴國王」印が志賀島で発見された年である。

日枝神社 日枝神社
日枝神社 日枝神社

続いては…。

日枝神社

溶岩石の台座の上にある大きめの狛犬。

日枝神社 日枝神社

こちらも文字がかなり剥落していて「二年」だけが辛うじて読める。だから、元あった文字を「延喜」にでも「天慶」にでも、想像することは勝手だけれども、常識的に考えて、これも「大正」あたりだろう。

日枝神社 日枝神社
日枝神社 日枝神社

裏手にあるコンパクトな富士塚。

日枝神社

帰りがけに道を間違えて通り掛かった三島神社。
やけに太い鳥居だったので撮ってみた。

三島神社

新大橋通りから。

東京スカイツリー

ちょっと面白いかと思ったのだが、如何せん電線が邪魔ではある。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2013/02/24 09:40 ] 狛犬 東京/江戸川 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

富士山の日

今日2月23日は「富士山の日」なのだそうだ。静岡と山梨とで、条例が制定されているらしい。

「富士山の日」制定趣旨

国民の財産であり、日本のシンボルである富士山は、その類まれなる美しい自然景観により、人の心を打ち、芸術や信仰を生み出してきました。

こうした偉大なる富士山を抱く静岡県において、すべての県民が富士山について学び、考え、想いを寄せ、富士山憲章の理念に基づき、後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」とする条例を制定しました。


山梨県富士山の日条例について

今後は、「富士山の日」の制定を契機として、富士山環境保全活動や富士山世界文化遺産登録等の取組に対する県民の理解を深めることなどにより、富士山を後世に引き継ぐための県民運動の促進に努めます。

山梨県では、富士山の豊かな自然及び美しい景観並びに富士山に関する歴史及び文化を後世に引き継ぐことを期する日として、2月23日を「富士山の日」といたしました。
皆様も、富士山の日の取り組みについて御協力をお願いいたします。


富士山が日本の誇る美しい自然であるだけでなく、文化であることは疑いを入れないから、両県での「富士山の日」条例に、異論を差し挟もうとは毛頭思わない。
ただ、静岡の条例制定趣旨にある「その類まれなる美しい自然景観により、人の心を打ち、芸術や信仰を生み出してきました」に、ちょっとだけ反応したくなるのである。

富士山を扱った有名な文学作品に、伊勢物語がある。

ふじの山を見れば、さ月のつごもりに、雪いとしろうふれり。
  時しらぬ山はふじのねいつとてか
    かのこまだらにゆきのふるらん
その山は、こゝにたとへば、ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほどして、なりはしほじりのやうになん、ありける。(9段)


富士山は誰が見ても美しい、という先入観を持っていると、この部分も富士山の美しさを描いた作品のように思ってしまう。が、真摯に本文を読んでみれば、そうも言っていられない。

まず、「さ月のつごもり」に「雪」が降っているのである。「さ月」は五月だが、これは旧暦で、その「つごもり」なら今の暦では6月末~7月半ば、夏の盛りである。季節感を何より大事にする王朝びとにとって、これは異常事態であって、素朴に喜んでいられることではない。だから、「時しらぬ山」と言うのである。
さらに、その山は「ひえの山をはたちばかりかさねあげたらんほど」、つまり、比叡山の20倍の高さだと言うのである。実際には20倍はないのだが、王朝びとにとって「山」と言えば比叡山なのに、眼前にその常識を覆す想像を絶する巨大な山が出現した、という驚きがある。

他に、竹取物語にも富士山は出て来るが、

大臣上達部をめして、「いづれの山か、天にちかき」と、とはせ給ふに、ある人そうす、「するがの国にあるなる山なん、このみやこもちかく、天もちかく侍る」と奏す。


というように、高さに興味を持っているだけで、その山容を愛でている形跡はない。
万葉びとは、富士の威容を愛で、信仰する心があったけれども、王朝びとからは、そういう気持を感じないのである。

もちろん、王朝びとが愛でなかったから、富士山は美しくない、というようなことを、主張しているのではない。現代人にとって富士山は美しい。ただ、何時の時代でも美意識は共通、と考えるべきではない、ということを言いたかっただけである。

『月の満ちかけ絵本』

書店の店頭で見掛けて、衝動買いした本。

大枝史郎・文 佐藤みき・絵『月の満ちかけ絵本』

月の満ちかけ絵本

絵本だと思って馬鹿にしてはいけない。この本に書かれていることを、大人がどれだけ理解しているか、読んでから判断した方が良いだろう。
暦としての月を、新月から始まって、満ちては欠けて行く様子を日を追って説明して行く。
科学的知見と暦の歴史と古くからの風習とがミックスされて語られて行くから、立体的な説明になっている。
易しく書かれてはいるものの、中には子供には簡単には判らないだろうと思われるところもある。きちんとした知識を持っていないと、訊かれた親も答えられないかもしれない。
かく言う僕も、子供に訊かれたわけではないけれども、ちょっと調べ直したところはある。もちろん、細部まできちんと判らなくても、読み通してみれば、おおよそのところは判るだろう。そして、あまり細かいところより、おおよそのところを理解しておくことが、大切だろうと思う。

高校1年生の頃、古文の授業で、月の名称を教わった。その教諭に古文を習っているクラスだけテストの平均点が格段に高かったほどの非常に指導力のある人で、感謝はしているのだが、月の名称に関しては、16日が十六夜月、17日が立待月…ということを叩きこまれても、さっぱりピンとは来なかった。
その後、自分で勉強するようになって、多少は判るようになったのだが、今に至るまで、月の名称に対して何となく苦手な感が抜けなかった。本書のような説明をされれば、ストンと胸に落ちて、ただの知識の丸暗記ではなく理解することができただろう。

もっとも、細かいことだが1つ気になる点はある。
「居待月」の説明に、

秋の18日目の月は、前の晩よりも、約40分おそく昇ってくる。
のんびりしたむかしの人も、さすがに立って待つのはたいへんだった。
それで、この日は「家の中に居て、待つことにしよう」と考えたから、「居待月(いまちづき)」と呼ばれるようになった。


とある。
そういう説もあるのかもしれないが、立待―居待―寝待の順であることからすれば、立つ―中に居る―寝ると取るのは不自然で、立つー坐るー寝ると考えるべきだろう。とは言え、これは瑕疵とまでは言えないだろう。

もう1箇所紹介しておくと、「陰と影のちがい」というコラムめいた短文がある。

・陰は、光が「もの」の表面にあたると、その後ろ側は、光があたらず暗くなるところ。「物陰」。
・影は、光が「もの」にさえぎられて、地面などにできる暗い部分。「影踏み」。


なかなか鋭いところを突いていると思う。大事なのは、「陰」と「影」がどちらも日本語では「カゲ」と言うことである。漢字の書き分けで説明できるとしても、元来、どちらも同じものとして捉えていた、ということを押えておく必要がある。どちらも、光源から発せられる光によって起こる現象である。
更に言うと、「月影」「星影」「火影」などの「カゲ」は、光源そのものを指す。つまり、日本語では、光源も、光源によってできる暗部(それが2種類に分けられる)も、「カゲ」ということばを以て表現していた、ということである。本書でそこまで述べられているわけではないけれども、そういうことを考える切っ掛けにはなるだろう。

最後に、本書とはあまり関係のない余談だが、学生時代、漢詩を作る授業を取っていて、「東の空に月が、西の空に日が…」というような文句を並べて提出したら、担当の老講師に、そういう状況は春にしか起こらない、適当に作られては困る、と評された。
「春にしか」云々は、蕪村の「菜の花や…」の句を念頭に置いて言われたものだろうが、これは講師の誤りである。適当に作った、というのがまったくもってその通りだったから、(そしてそのことの方がより重要だったから)反論はしなかったけれども…。

何はともあれ、おススメの本である。
[ 2013/02/21 23:32 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

かんだやぶそば

老舗かんだやぶそば出火、創業130年 都の歴史的建造物

19日午後7時20分ごろ、東京都千代田区神田淡路町2の10、創業約130年の老舗そば店「かんだやぶそば」から出火、木造の店舗と隣接する建物など計4棟、約190平方メートルに延焼した。警視庁神田署によると、店は当時営業中で、客約20人と店員15人ほどがいたが、避難してけがはなかった。

同店のホームページによると1880年創業。都によると、現在の店は1923年に建設された木造2階建ての数寄屋造りで、都の歴史的建造物に選定されている。建物からは黒煙が激しく上がり、周辺は一時騒然となった。

神田署によると、「ダクトが燃えている」と通報があった。調理中に停電となり、その後、煙が出たという。同署と消防が出火原因などを調べている。

現場はJR秋葉原駅の西約300メートルのオフィスビルや商店が立ち並ぶ地域。(msn産経ニュース)


神保町から秋葉原に掛けては学生時代に随分歩き廻ったところで、この「かんだやぶそば」も、近くの「神田まつや」とともに馴染のある蕎麦屋…と言っても、学生の分際では教授の奢りでもなければなかなか入ることはなかったが、外から眺めるだけでも風情のある建物だった。
池波正太郎好きの方なら、行ったことはなくても、名前くらいは知っているだろう。代々受け継がれて来たそばつゆもあったんだそうだ。残念なことである。
[ 2013/02/20 08:22 ] | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

Excelの小技(1)連番で行番号を振る

Excel でちょっとした表を作ろうとすると、タマにしか使わない簡単な計算式に限って忘れていることが多々ある。完全に忘れ去っているわけではなく、何となくは覚えているのだが、「=」だの「,」だのが漏れただけで、思い通りの結果にはならない。それで、改めて調べることになるのだが、それもどうにも面倒だ。
そこで、そんな時の備忘のために、思い立ってメモしておくことにした。メモすることで、忘れにくくなるだろうという目論見もある。つまり、自分のためである。
もっとも、MOS(マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト)などとは程遠い、一介の素人の書くことだから、他人が見ても、初歩的過ぎて大して役には立たないだろう。が、僕と同程度のレベルの人になら、かえって専門家の解説よりも判りやすいということがあるかもしれない。

まずは、小手調べである。
小手調べにも程がある、と言われるかも知れないが、滅多に使わないから、微妙に覚え違いをしていて上手く行かないことがある。こんなものをその度に調べるのも馬鹿々々しいことこの上ないから、これを第1弾とする。

行番号を連番で振る方法。

最も簡単なのは、一番上の行に「1」と入れて、

行No

それを、セルの右下隅にカーソルを合せて「+」型になった状態でドラッグすると、

No2.jpg

最初のセルの内容がコピーされる…のだが、それだと、

No3

というように、同じ数字が入ってしまう。そこで、「CTRL」キーを押しながら先ほどと同じ操作をすると、右下の四角の中に出る数字が、下に動かすに連れて増えて行く。

No4

その状態で、適当な所で離すと、

No5

というように、連番で振られることになる。

以上、終わり…では幾らなんでも酷いので、本題を書く。

上記の方法は、安直ではあるものの、問題がある。それは、ある程度表を作ったところで途中の行を削除すると番号が飛ぶし、並べ替えをするとバラバラになるから、改めて振り直さなければならない、という点である。
そうならないためには、行番号を固定しない方法がある。行番号を入れたいセルに、

=ROW()


という式を入れるのである。これは、行番号に、欄外の数字と同じものを振る式である。

No6

が、ふつう、一番上の行には列タイトルを入れるから、実際には1行目からデータが始まるわけではない。
その場合、

=ROW()-1


という式を入れる。欄外の数字より「1」少ない番号を振る、ということである。

No7

画像では、数字を入れているのか計算式を入れているのかは判らないが、実際、「=ROW()-1)」を入れて作っている。
なお、2行目ではなく3行目から始めたければ「-2」にすれば良いし、5行目から始めたければ「-4」にすれば良い。

さて、これだけではいくらなんでも簡単過ぎるので、少しだけ手の込んだことを書いておく。

=IF(B2=0,"",ROW()-1)


「A2」セルにこの式を入れて下の方までずっとドラッグしてコピーする。すると、その時点では、この計算式の入っているセルには何も表示されない。

no9

本当に計算式が入っているかどうか判らないだろうが、本当に入っているのである。それが、「B2」セルに名前を入力すると、

no8

「A2」セルに行番号が表示される。「B3」セル以下も同。
if式を使って、もし「B2」セルが「0」と等しければ「""」つまり空欄に、それ以外の場合は「ROW()-1)」を入れろ、ということである。

もうひとつついでに。
どこかのセルに次の式を入れておく。

=LOOKUP(99999,A:A)


そうすると、A列に入っている一番最後の数字が何番かを表示することができる。

最初に断った通り、大したことはない。

最近の三崎稲荷神社

三崎稲荷神社(千代田区三崎町)。

三崎稲荷神社

ここの狛犬は前にも紹介したが、周りを鉢で取り囲まれた状態だった。どうなっているか気になって、何度か行こうと思ってはやめていたのだが、先日、久しぶりに行って来た。

三崎稲荷神社 三崎稲荷神社
三崎稲荷神社

多少マシになったとは言えようが、それも冬の間だからかも知れず、春から夏、草木の育つ時期になったら果たしてどうなることやら。

三崎稲荷神社 三崎稲荷神社
三崎稲荷神社 三崎稲荷神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/02/17 14:11 ] 狛犬 東京/千代田 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

単色なアルバム~ジャケ買いすべきCDなど(3)

」のエントリでビリー・ジョエルの『ピアノ・マン』を取り上げた。モノクロで、見ようによってはかなり怖いジャケットだが、ビリーには他に、怖くないモノクロのジャケットもある。

BILLY JOEL "THE STRANGER"
 ~ビリー・ジョエル『ストレンジャー』~

ストレンジャー

細部までじっくり見ると、ちょっと怖くないこともないのだが…。
僕と同年輩なら、タイトル曲のイントロを口笛で吹いた経験のある人も多いだろう。好き嫌いはあるにしても、聞いたことのない人はいないと言っても過言ではない名曲が収められたアルバムである。

そんな、モノクロなアルバムを集めてみた。

JOHNNY WINTER AND "JOHNNY WINTER AND"
 ~ジョニー・ウィンター・アンド『ジョニー・ウィンター・アンド』

Johnny Winter &

$100万のブルーズ・ギタリスト、ジョニー・ウィンターがリック・デリンジャーらと結成したロック・バンド。バンド名はあまりにも安直だが、致し方ない。
セールスを重視してロック路線を強いられ、好きなブルーズができなくなり、やがて麻薬に溺れ…という経緯はあるにしても、このアルバム自体は聴く価値がある。本邦では子供ばんどもカヴァーした、名曲ロックン・ロール・フーチー・クー(Rock And Roll,Hoochie Koo)を収める。

Derringer "Sweet Evil"
 ~デリンジャー『スウィート・エヴィル』~

Sweet Evil

Rock And Roll,Hoochie Koo の作者でもあるリック・デリンジャー繋がり。
リック・デリンジャー(人名)率いるデリンジャー(バンド名)の2ndアルバム。何だかややこしい。僕の持っているのは、1st "Derringer" との2in1のCDである。
僕と近い世代なら、マイケル・ジャクソンの「今夜もビート・イット(Beat It)」をパロった、ウィアード・アル・ヤンコビックの「今夜もイート・イット」(Eat It)を知っている人も多いと思うが、そのプロデューサー兼ギタリストがこのリックである(ただしPVに出ているのは別人)。本家 Beat it でギターを弾いていたエディ・ヴァン・ヘイレンが Eat It のPVを見て、「尊敬していたのに…」と言ったんだとか…。
それでこのアルバムだが、正直に言うと、数を揃えるために入れた感は否めない。

HOLE "CELEBRITY SKIN"
 ~ホール『セレブリティ・スキン』~

セレブリティ・スキン

コートニー・ラヴ率いるホールの2ndアルバム。
このジャケットの雰囲気から想像するものと、実際のサウンドとの間に大きな齟齬はないだろう。1stの "Live Through This" に比べれば纏まっているしだいぶ落ち着いた感のある、悪く言えばふつうのアルバムで、意外性はない。とは言え、けっして悪くはない。

Cyndi Lauper "hat full of stars"
 ~シンディ・ローパー『ハット・フル・オブ・スターズ』

A HAT FULL OF STARS

シンディ・ローパーの最高傑作の名も高いアルバム。
「ハイスクールはダンステリア(Girls Just Want to Have Fun)」のないシンディなんて…、とは思いつつ、5枚組みで2000円ほどの輸入盤だったので買ったものなのだが、評判に違わぬ名盤だった。今ではシンディの中で一番良く聴くアルバム。

アーティストが被っているのは、個人的な嗜好に偏りがあるからで、それはどうにもしようがない。
[ 2013/02/17 01:03 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

平等院鳳凰堂

気になったニュース。

国宝・平等院鳳凰堂で大量の平安期の瓦 修理で確認

昨年9月から修理が行われている京都府宇治市の平等院鳳凰堂(国宝)で、約5万2千枚の屋根瓦の取りはずし作業が終了し、3%にあたる1560枚が平安時代後期につくられた瓦であることがわかり14日、平等院と宇治市が発表した。

鳳凰堂はこれまでの調査で、天喜元(1053)年の創建当初は木製の瓦を使った木瓦(こがわら)葺きで、総瓦葺きになったのは約半世紀後の康和3(1101)年の修理からと考えられていた。今回の大量の平安期の瓦の発見で、「その見方が裏付けられた」としている。

同市によると、1560枚の平安期の瓦のうち、82%の1273枚が、文様などから、平等院の荘園があった大阪府八尾市の向山瓦窯跡で生産された河内系の瓦と判明。また、奈良でつくられた南都系の瓦も280枚残っていた。

河内系の瓦は表面をきれいに仕上げるなど、南都系と比べて丁寧につくられ、生産管理用の刻印が付けられている瓦もあった。

同市では「屋根に残る平安期の瓦は数10枚程度と思っていたので数の多さに驚いている。丁寧な作りを考えると、鳳凰堂造営のための特注品であったことが推測される」としている。(msn産経ニュース)


平等院鳳凰堂の屋根瓦が平安朝当事のものであろうと後世に葺き替えられたものであろうと、平安朝史が変わってしまうようなことはまずありえないとはいえ、こういうニュースを読むと、純粋に楽しくて夢があるし、何より歴史の長さを感じられる。
僕が今住んでいるのは東京は下町だから、古いと言っても江戸時代がせいぜいで、空襲の激しかった土地柄、残っているのは、殆んどが戦後のものである。生まれ育ったのは横浜の外れの新興住宅地で、周りには僕の年齢と大して違わないものしか見当たらなかった。鎌倉には至近だったけれども、それでも鎌倉時代が良いところである。
「この前の戦争」(註)で焼けなかったものが今でも残っているのは、古いものを大事にしている土地柄だからなのだろう。それが、歴史というものである。
[ 2013/02/15 21:25 ] 歴史 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△