『少年探偵ブラウン』

ドナルド・ソボル『少年探偵ブラウン(1)』
少年探偵ブラウン(1) (偕成社文庫2035)

小学2年の息子が、『宇宙戦争』やら『二年間の休暇』やら、少々難しいかとも思った本を次々読破して行くので、気にせず少々上級向けの本を買い与えていたのだが、やはり年相応のものも読ませるべきだろうと思い直して、興味を惹きそうな本書を買って来た。

小学校5年生のロイ・ブラウンは「百科事典」と仇名されるほどの物知りで、得意の推理力を駆使して父親のアイダビル警察署長の犯罪捜査の手助けをすることもしばしば。それで、アイダビルの町では警察の手から逃げられた者がただの一人もいない。そんなロイが、探偵事務所を開き、次々と事件を解決して行くお話。
つまりは子供向けの推理小説なのだが、子供の興味を惹きやすいように、クイズのような形式を取り入れている。
各話の最後で、「何故、犯人が判ったのか?」というような問題が出され、その後に解答がある。だから、流れで一気に結論まで読み進んでしまうことなしに、問題を読んだところで一歩立ち止まって、自分で考えてから答えを読むことができる。
推理小説を読み慣れている人にとっては余計なお世話かもしれないけれども、そうではない子供にとってはかえって面白いだろうし、推理小説を読むコツも身に付けることができるだろう。
他愛もない日常的なことから本格的な犯罪まで、事件にいろいろなパターンがあるところも、変化があって飽きさせない。特に日常的な事件は、読者たる子供たちが実際に体験しうるようなことだから、共感を持って読むことができるだろう。

子供の推理小説入門としてはかなりおススメである。
[ 2013/03/30 23:25 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

技術立国と入試科目

何だか大仰なタイトルを付けたが、元より大したものではない。「文系入試も理数必須」でも「理数教育と技術革新」でも何でも構わなかったわけで、昔から僕のことを知っている人なら、ちょっとだけニヤっとしてもらえるかもしれない、という程度以上の意味はない。

文系入試も理数必須 自民提言 技術立国に不可欠

自民党の教育再生実行本部(遠藤利明本部長)が理数教育の充実策として、文系を含むすべての大学入試で理数科目を必須とすることや、小学校の理科の授業をすべて理科専門の教師が行うことを提言することが24日、分かった。日本経済を復活させ、技術立国として「イノベーション(技術革新)」を進めていくには、将来世代に対する理数教育の充実が不可欠と判断した。安倍晋三首相に提出する第1次報告案に盛り込み、夏の参院選公約の目玉の一つにする方針だ。

文系の大学入試では、特に私立大の試験科目は英語・国語・社会の3科目が中心となっている。同本部は、文系の入試に理数科目が加われば中学、高校での理数科目の時間が増え、科学技術系分野に関心を持つ生徒が増えるとの期待をしている。

小学校では、理科の授業について、中学・高校の理科の教員免許を持つ教諭に限定する。

平成25年度の大学入試では、経済不況の影響からか学費の安い国公立大の理系に人気が集まる傾向があった。ただ、同本部は若者の「理科離れ」の傾向が止まったわけではないとみている。小学校教諭には文系学部出身者が多く、児童に対して理科の魅力をうまく伝えられていないのではないかと分析。観察や実験の知識や技術を持つ専科教師が指導することで、児童の理科に対する興味が伸びると期待している。(産経新聞)


これは一体、何を言っているんだか。

「日本経済を復活させ、技術立国として『イノベーション(技術革新)』を進めていくには、将来世代に対する理数教育の充実が不可欠」だということ自体は否定しない。部分的に見れば、必ずしも間違ったことを言っているわけではないところもあるだろう。
が、(僕が完全に文系の人間で、入試に理数科目が必須にされていたら大変なことになっていただろうということは措いておくとして、)この提言は全体的に見れば的が外れている。

文系の入試に理数科目が加われば中学、高校での理数科目の時間が増え、科学技術系分野に関心を持つ生徒が増えるとの期待をしている」…
入試で必須になれば、その科目の授業の時間が増えるのは確かにその通りだろう。
が、課程の抜本的改革をするのでなければ、理数科目の時間が増えれば、その分、その他の科目の時間が削られるのである。その分の学力低下の手当てをどうするつもりなのだろうか。授業数を減らさないとしたら、土曜授業を完全に復活したり、教員の大幅な増員や設備の拡充を含めた体制の抜本的な改革が必須である。が、この提言に、そこまでの意識があるようにも思われない。
それに、「理数科目の時間が増え」と「科学技術系分野に関心を持つ生徒が増える」との間には、何の因果関係もないだろう。だいたい、為にする勉強ほど、詰らなくて興味を惹かれないものはない。
理数科目の授業を増やすために、理数科目の勉強をしなければ文系の大学にも受からないようにするというのは、どう考えても邪道である。

小学校教諭には文系学部出身者が多く、児童に対して理科の魅力をうまく伝えられていないのではないか」…
もっともらしいけれども、これも怪しい。
理科の免許を持っている教員は、全員が「観察や実験の知識や技術を持つ専科教師」なのだろうか。理科の教員免許状を取得できる学部学科は多岐に亙っているから、からなずしも小学校で行なう実験の専門家であるとは限らない。
僕は平安朝の散文を専攻した「国語」の専門家だと言って良いつもりだけれども、それを以てまどみちおの詩の魅力を子供たちに向けて語り尽くせるはずだと言われたら、それは甚だ迷惑な話である。
どうしたら理科を魅力的に教えられるかということに目を向けず、理科の免許を持っている教員を連れて来れば上手く教えられるだろう、と考えるのは間違いなく短絡である。

そもそも、「将来世代に対する理数教育」などという深遠な問題を、即席で「夏の参院選公約の目玉の一つ」にしようとすること自体が、不純で浅墓なことだろう。
[ 2013/03/26 23:37 ] 理屈・屁理屈 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

氷川神社(港区白金)

久しぶりの狛犬、と言っても行ったのはかなり以前のこと。最近、どうにも時間がない。

氷川神社(港区白金)。

氷川神社

何だか水平が取れていないようにも見えるが、これは地面が傾いているのである。当ブログに水平の取れていない写真が散見するにしても、これに関して言えばそれほど大きく傾いてはいない…はず。

石段下にある皇紀2600年(1940)。ふくよかな招魂社系。

氷川神社 氷川神社

石段上にある安永6年(1777)。ずいぶん顔が平べったい。

氷川神社 氷川神社
氷川神社 氷川神社 氷川神社 氷川神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/03/26 00:01 ] 狛犬 東京/港 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

おかしな調査あるいは統計でウソを付く方法

内閣府が行なった「家族の法制に関する世論調査」の中に、「選択的夫婦別氏制度」の調査がある。
その一部を抜粋すると、

  ア)現在の法律を改める必要はない 36.4
  イ)法律を改めてもかまわない 35.5
  ウ)通称として使えるように法律を改める 24
  わからない 4.1

となっている。
これを男女別に見ると、

  男性
  ア)現在の法律を改める必要はない 39.7
  イ)法律を改めてもかまわない 35.5
  ウ)通称として使えるように法律を改める 21.6
  わからない 3.2

  女性
  ア)現在の法律を改める必要はない 33.7
  イ)法律を改めてもかまわない 35.5
  ウ)通称として使えるように法律を改める 26
  わからない 4.8

である。

これは何ともおかしな調査である。
僕はこの問題についてはどちらかといえば気分的反対の立場(理論的反対ではない謂)だが、そのことは措いておく。ここで言いたいのは、夫婦別姓をどう考えるか、ということではなく、統計数字の見方についてである。

この調査結果を見て、ある人はこう言うだろう。
法律を改めることに賛成の人と反対の人とが拮抗している。特に女性では、賛成の人が反対の人を上回っている。
そう言われてみれば、そんな気もするかもしれないし、実際にそういうことを言っている人もいるようである。だが、この調査から、本当にそう言えるだろうか。

ここで言う「法律」とは現行の民法を指すわけだが、それを「改める」ことには2つの意味合いがあって、戸籍上の夫婦別姓を認める、ということと、戸籍上は認めないけれど通称使用を法的に根拠づける、ということとの両義が含まれている。
ウ)が後者なのは明らかだが、ア)は前者だけを指しているのか、両者とも指すのか、極めて曖昧である。イ)は恐らく前者を指しているのだとは思うけれども、明示的に示されてはいない。
設問の意図を推測することはできなくはないけれども、こういった調査の場合、それが完全に明確になっていなければ、それに対する回答もブレて来る。

また、ア)が全面的反対、ウ)が部分的反対(部分的賛成)であるとすれば、イ)は全面的賛成を選択肢にしていなければならないはずである。が、イ)は、「改めることに必ずしも反対しない」程度の人でも選択できる内容になっていて、ア)とは完全には対になっていない。
こういうアンケートで良く見られる、「どちらかと言えば反対」の人は、断固たるア)は選びにくく、「どちらかと言えば賛成」の人がイ)を選ぶのは容易である。設問の設定自体が、夫婦別姓に賛成の人が多くなっているはずだ、という予断を持って作られていると思しい。

たとえば、壁紙の色を青にすることの是非を問う調査があったとして、一方の選択肢を「壁紙の色は青にしたい」にしたのだとすれば、もう一方の選択肢は「壁紙の色は青にしたくない」が妥当である。が、上記の設問は、もう一方を「壁紙の色は青でなくてもかまわない」にしているようなものである。これでは、強く青を希望していない人は、「かまわない」方を選ぶことになるだろう。だからと言って、その結果、「青は壁紙の色として相応しくない」とは言えないはずである。「かまわない」と言った人が、必ずしも、壁紙の色が青では嫌だ、と言っているわけではないからである。

元々、統計というのは客観的なもののように見えて、実際のところは必ずしも無色透明で公正なものではなく、一つの統計から導き出せる結論は一つに限定されるものではない。先に、上記の調査の見方の一つを書いたが、ウ)は戸籍上の夫婦別姓を認めない立場だと言えるから、「戸籍上の夫婦別姓を認めることは、男女とも60%程度の人が反対している」とも言えるのである。同じ数字でも、見方を変えれば正反対と言って良い結論を導き出すことができる。

むろん、統計を取ること自体に、意味がないわけではない。そしてその分析に、真実が含まれていることも多々あるだろう。けれども、統計の取り方が妥当であるか、分析の仕方にウソはないか、ということを考えて掛からないと、統計を元に物を言ったことで、かえって説得力を失うようなことにもなりかねない。

もっとも、そもそもこの問題は、どれだけ切実に必要性を感じている人がいるか、ということが重要なのであって、パーセンテージの多寡は、その次の問題だろうと思うのだが…。
[ 2013/03/25 23:23 ] 理屈・屁理屈 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『ホシナ大探偵』

国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」に、押川春浪著『険奇探偵小説 ホシナ大探偵』というものがあった。大正2年(1913)4月、本郷書院発行。
大探偵・保科鯱男が、行方不明になった伯爵家の家系の令嬢・河野楠子の行方を探り、悪漢の魔手から危機一髪のところで救け出す物語である。
日本の探偵小説の嚆矢と言って良い江戸川乱歩の「二銭銅貨」が発表されたのが大正12年(1923)だから、この作品はそれを遡ること10年。そんな時代の「探偵小説」で、それも「ホシナ」が主人公になっていると思しいからには、是非とも一読しておくべきだろうと思って読んでみた。

さて、少々長くなるが、冒頭の部分を引用しよう。

『ハヽア、京都だナ』
疾風(はやかぜ)のホシナと呼ばれた保科大探偵は、何んと思つたか凝乎(じつ)と僕の長靴を見詰めて居たが、唐突(だしぬけ)に此様な質問を発した。恰度その時、僕は安楽椅子に凭り掛かつて、ダラリと脚を投げ出して居たのだが、大探偵は一心に僕の長靴を見詰めて居るので、之はテツキリ長靴の問題だなと思ひ、少し首を擡げて、
『串戯(じやうだん)ぢやないよ、之でも船来(はくらい)だぜ、巴里で仕込んで来たのだよ』
と、僕が聊かムツとして恁(こ)う答へると、保科大探偵は俄かに微笑を唇辺に湛え乍ら
『イヤ君浴(ゆ)の事だよ、京都の上方浴だらうと言ふんだ、君は何故粋(いなせ)な江戸名物の銭湯に入らずに、贅沢な、ハイカラな上方浴なんぞへ行くのだと聞くのだよ」
『あゝ左うか、夫れはね…………僕は此の二三日何だか脚気の気味で頗る閉口して居るんだ。所が或る人に聞くと、上方湯は大層塩分を含んで居て、脚気に好いと云ふものだからね、物は試しと入って見た迄さ』
『所でだね、保科君…………』
僕は猶も語を続けた。
『君は僕の長靴を見て直ぐ上方浴だと断定した様だが、何かい、長靴と上方浴と何か関係でもあると言ふのかね』
と反問した。『ハヽア渡邊君』と保科君は聊か戯談半分の口調で、
『推論と云ふものは大抵間違はんものだよ、僕は夫を説明する順序として、最一つ質問を発して見やう。君は今朝(こんてう)誰れかと相乗で自働車を飛したね、何(どう)した、是れが同じ推理で説明し得るんだ』
僕は直ぐ反対した。聊か語気も荒々しく、
『夫んな君、全然異つた問題で説明することは出来んよ』
と云ふと、保科君は言下に『夫れだ夫れだ』と膝を叩いて連呼し乍ら、
『渡邊君、君の反対は理屈としては申分ないがね、僕の説明する所を静かに聞き給へ、先づ自働車の方から初めやうか、見給へ君の上衣の袖と眉(かた=ママ)には大変に泥のハネが上つて居るね、所でだ、君が若し自働車の真中に居たとすれば、全く泥撥(はね)が上つて居ないか、仮令(たとへ)居たにしても、左右が同様に上つて居る筈ぢや無いかして見ると君は自働車の左側に乗つて居たと云ふ事は慥かだ、同様に君は誰か同伴(つれ)と相乗りを遣つて居たと云ふ話論が出るだらう、理屈と云ふものは先づ恁うしたものさ』。
『夫はさうさ、而し浴と長靴の関係は別だぜ』
『同じ事さ、君の長靴の紐の結び方は何時でも習慣で一定して居る。所が今ま見ると今日は大分に異ふ、第一にハイカラだ、君の柄になく蝶結びか何かに成つて居る。して見ると君は何所で一度長靴を脱いだに相違ない。さらば穿く時に誰が其の紐を結んだか、是が大切な所なんだ、夫は慥かに靴屋か、左なくば上方浴の給仕(ボーイ)だ。然れども君の靴は未だ新品(あら)なのだから、靴屋の手に掛る筈は無い。さあ愈々靴屋で無いとすると、誰だらうね、言ふ迄もない上方湯の給仕ぢや無いか、先あ夫んな事は何うでも宜いとして、君が抑も思出した様に上方浴へ入つたに付ては、其所に啻ならぬ仔細があると、僕は睨んだが何うだい』
『フーム、其の理由とは…………』
『君は半ば好奇心で入つた迄だと言ふだらうがね、其所だよ贅沢な上方浴へ入つてさ、特別浴槽(ゆぶね)まで買ひ込んで、大尽風を吹かしたのは宜いが、何うだ名古屋に何か野心でもあつたのだらう』
『なんだつて、よい…………』


推理小説好きの人なら、何だかどこかで読んだような気がするだろう。何となれば、実はこの作品、「有名なる英国の探偵小説家、コナン・ドイルの名作を日本の土地人物に当てはめて訳述したもの」(ハシガキ)なのである。
原作は、『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』に収録されている「フランシス・カーファクス姫の失踪」。保科鯱男は恐らく「ホームズ/シャーロック」を捩ったものだろうし、渡邊君は言うまでもなく「ワトソン君」である。ヒロインたる楠子嬢も「カーファクス」から来ているのだろうし、他にも、悪漢・堀松雄が「神聖(ホーリー)ピーターズ」、布羅佐トミが「フレーザー」などがある。

「訳述」というだけあって、筋立ては原作に忠実に出来ている。
上記の引用部分で、「泥のハネ」の上がり方から渡邊君の行動を推測する部分も原作から取って来ているのだが、原作では「自働車」ではなく馬車である。左側に乗っていたから片側にだけハネが上がったというのは、馬車だから成り立つ話で、自動車ならそんなハネは上がらないだろう。
また、楠子嬢の後を追う不審な男のことを「英国人」と言う場面があるのだが、この男性は郡司君という歴とした日本人で、これも原作に忠実たらしめんとしたための不整合である。原作では実際にイギリス人のフィリップ・グリーンで、ローザンヌ(スイス)での出来事だったから成り立っている設定である。

そんな、ちょっと「?」な点は見られるものの、これはただの揚げ足取りで、ストーリーは面白い(元がホームズなのだから当り前だが…)し、文章にもなかなかテンポがある。
何よりロハで読めるのだから、興味本位で読んでみても悪くはないだろう。

バカの壁

10年ほど前にベストセラーになった書籍のことではない。

地下鉄の九段下駅は、都営交通・新宿線と東京メトロ・半蔵門線のホームが隣接しているのだが、その間は壁で仕切られていて、乗り換えるためには一々階段を昇り降りして改札を出入りしなければならなかった。それを東京都の猪瀬直樹知事が「バカの壁」と呼んだ。
その壁を撤去する工事は、東京の地下鉄の経営一元化論者である知事の副知事時代から行なわれていたのだが、それが先月完了し、今日(16日)からは乗り換えの際に改札を通る必要がなくなった。
東京の地下鉄にあまり乗る機会のない人が報道を見聞きし、路線図を見ているだけなら、画期的な大工事のように思えるかもしれないけれども、一元化推進の象徴的な出来事ではあるにしても、実用的にはそれほどのことでもないように思う。

隣接するホームは、新宿線が上り(新宿方面行)、半蔵門線が下り(押上方面行)である。新宿へ向かっていた人が渋谷とは反対方向に折り返せるとしても、九段下から東側は、多少離れているとはいえかなりの部分が並行して走っているから、後戻りしているような状態になる。それに、そのあたりではこれまでもいくつかの駅で乗り換えが出来ていたから、九段下での乗り換えが容易になったしても、それで格段に便利になったとも思われない。
逆に、渋谷方面から来て新宿方面に折り返す場合でも、メリットがあるのは、半蔵門で乗って市ヶ谷・曙橋・新宿三丁目のいずれかの駅で降りる人ぐらいなのではないか。それ以外の駅で乗り降りするなら、単に遠回りしているだけの気がする。
新宿線の新宿方面行に乗っていて半蔵門線で渋谷へ行く人なら、九段下での乗り換えが便利になれば難有いとは思うだろうけれども、この乗り換えの場合、改札を通る必要こそなくなったものの、上り同士のホームは分れているから、階段の昇り降りは必要である。今まで一つ手前の神保町駅で乗り換えていたのが、九段下で乗り換えても良いかと思えるようになった程度の違いである。

むろん、改札を通らずに済むのならそれに越したことはないのは確かである。それに、これまで半分に仕切られていたホームが繋がったことで幅員が拡がった利点は見逃せないだろう。が、それに12億円の工費に見合った価値があるかどうかは何とも言えないところではある。
[ 2013/03/16 21:53 ] 理屈・屁理屈 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

山口昌男

「道化の民俗学」文化人類学者の山口昌男氏死去

わが国を代表する文化人類学者で東京外国語大名誉教授の山口昌男(やまぐち・まさお)氏が10日午前2時24分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。81歳。
……
北海道生まれ。東大文学部国史科を卒業後、麻布中学・高校教員を経て東京都立大で文化人類学を専攻。アフリカなど世界各地でフィールドワークを重ねながら、1970年代以降、「中心と周縁」「トリックスター」といった概念を駆使して演劇や音楽、映画、天皇制まで幅広く論じる独自の学風を確立。アカデミズムを超えて各界に大きな影響を与えた。(YOMIURI ONLINE)


僕が学生だった頃には、既にブームは去っていたような気はするけれども、それでも未だ必読だったのには違いない。「トリックスター」の概念は鮮烈で、そういう視点で読むと、この作品にもあの作品にも、いろいろなところにトリックスターを発見することが出来た。
僕以外にも、そういう発見をして喜んでいる人が少なからずいたけれども、そもそも様々な作品(と言ったら矮小化することになるけれども)から帰納した概念を実際の作品に割り戻しているわけだから、発見できるのが当たり前で、発見すること自体には大した価値はない。だから、その内に飽きて止めてしまった。むろんこれは、山口昌男が悪いわけではなく、言うまでもなく読み方が悪いのである。
それでは、山口昌男をどう読むべきか、というと…そんな中途半端な読み方で止めてしまった僕には判らない。これを機会に、読み直してみようか?

「煙霧」

関東南部、大気かすむ…黄砂ではなく「煙霧」

寒冷前線が関東地方に接近して北西から強い風が吹いた影響で、関東南部で10日昼過ぎ、大気が煙のようにかすむ気象現象「煙霧」が発生した。
気象庁によると、煙霧は、土やちりが巻き上げられ、水平方向に見通せる距離が10キロ未満になる状態をいう。
東京都心は、一時、視界が2キロ未満となった。同庁は「この煙霧は関東地方の土ぼこりによるもので、中国大陸からの黄砂は観測されていない」としている。

煙霧


我が家の周囲でも、午後になって突如薄暗くなって、近くのマンションも霞んで見えにくいような状態になった。「煙霧」なんていうことばだけを聞くと、何だか風情ありげに思えなくもないけれども、到底そんなものではない。
[ 2013/03/10 18:05 ] 自然・季節 風物詩 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

Excelの小技(2)得点に合った評価を表示する

Excelの小技(1)」の続編。

前回に続いて、掛け値なしの「小技」。
ここまで小手調べ技だと、忘れることもなく、調べ直すまでもない。だとすれば、書いておく意味もあまりないのだが、あまりにも一般的でないものもどうかと思って書くことにした。

サンプル1

さて、こんな表に得点は入力したけれども、それを評価に直さなければならない、ということが起こった場合。

まず、90点以上に「S」を付けたい。その場合にはif式を使う。

=IF(B2>90, "S","×")


「B2>90」という条件に合う場合は「S」という文字を、合わない場合は「×」という文字を入れる、という式である。「"」で囲っているのは、数値ではなく文字だということ。「"」がないとExcelが理解してくれなくてエラーになるので必須である。
この式を「C2」セルに入力して、それを「C11」セルまでドラッグしてコピーする。

サンプル2

とりあえず出来たように見える。が、良く見ると、中村八郎君は90点なのに「×」が付いてしまっている。これは「B2>90」が「B2が90より大きい」だからである。「B2>89」にすれば、この例のように整数しかない場合には問題ないが、小数点以下がある場合、得点が89.1点の場合にも「S」になってしまう難点がある。かと言って、「B2>89.99999999…」などとするのも如何なものか。
そこで、

=IF(B2>=90, "S","×")


というふうに、「B2」と「90」を「>=」で結んでやる。すると、「B2が90より大きい」または「B2が90と等しい」、つまり、「B2が90以上」ということになる。

サンプル3

これで中村八郎君も、無事に良い評価を獲得することができた。が、これでは「S」評価以外の人は落第になってしまう。同時に、80以上を「A」に、70以上を「B」に、60以上を「C」にしたい。

最も簡単に思いつくのは、上に倣って「B2が80以上なら『A』」「B2が70以上なら『B』」「B2が60以上なら『C』」という式、

=IF(B2>=80, "A","×")

=IF(B2>=70, "B","×")

=IF(B2>=60, "C","×")


を、横のセルに追加して行くやり方である。

サンプル4

一応はできた。が、これでは、伊藤六郎君が落第なのは判るが、後は誰がどんな評価なのか、一見して判りにくい。こんなことならExcelを使う意味がないから、「評価」欄に、「評価2」~「評価4」欄の分まで、すべて集約したい。

こういう場合には、if式を入子にするのが有効である。
最初に使った「=IF(B2>=90, "S","×")」という式は、判りやすく言えば「B2」が90以上という条件(TRUE)があって、それに合致しない場合(FALSE)は「×」を入れる、ということである。
この式は、「B2>=90」が条件で、「TRUE」が「S」、「FALSE」が「×」である。この「FALSE」の部分を「×」ではなく『80以上は「A」・未満は「×」』というif式(IF(B2>=80, "A","×")に変えてやれば良いのである。

=IF(B2>=90, "S",(IF(B2>=80, "A","×")))


「B2>=90」という条件に合致しない場合、「IF(B2>=80, "A","×"」の計算をせよ、ということである。
更に、この「×」に『70以上は「B」・未満は「×」』の式を入れ、更に更に、その「×」に『60以上は「C」・未満は「×」』を順々に入子にして行く。

=IF(B2>=90, "S",(IF(B2>=80, "A",(IF(B2>=70, "B","×")))))

=IF(B2>=90, "S",(IF(B2>=80, "A",(IF(B2>=70, "B",(IF(B2>=60, "C","×")))))))


これをやっていると、しばしば閉じ括弧の数を間違えるのだが、その程度ならExcelが勝手に修正してくれるから問題ない。
最後の式を「C2」セル以下に入れると、結果、こんな表が出来上る。

サンプル5

「A」を付ける条件に「80以上」のほかに「90未満」という条件を設けなくても良いのか、「B」を付ける条件に…(以下同)と思う人がいるかもしれないが、そして、それ自体はor式を使えばできるのだが、この場合にはそこまでする必要がない。最初に「90以上」なら「S」を入れるとしているので、「A」を入れる式は「FALSE」すなわち90未満の数だけが対象になっている。更に「B」を入れる式は「FALSE」すなわち80未満の数だけが対象となっており…(以下同)というわけである。

同じ結果を得るためのもっとシンプルな式はきっとあるのだろうが、素人の僕が自力で作るものとしては、このくらいのものが限界だし、かつ、このくらいのもので十分である。

『二年間の休暇』

ジュール・ヴェルヌ『二年間の休暇』

二年間の休暇〈上〉 (偕成社文庫) 二年間の休暇〈下〉―十五少年漂流記 (偕成社文庫)

古くから「十五少年漂流記」の表題で有名なこの作品だが、本書は原題により忠実に、「二年間の休暇」をメインタイトルにしている。
「十五少年漂流記」は原題に忠実ではないとはいえ、その表題で読み継がれて来た歴史があり、なかなかインパクトがあり、作品の内容を端的に表している名題と言えるだろうから、これを捨ててしまうのは忍びない。それで、カバーだけには副題扱いでその歴史的表題が残されている。無論これは、版元の営業戦略的な考えもあるだろうが…。

大変有名な作品だし、何よりとてつもなく面白いから、同書の翻訳は、多数出版されている。本書を買って来てから思い出したのだが、我が家にも、『十五少年漂流記』名義の別の本があった。
その中での本書の特徴はと言えば、上下二分冊で「長い」ということである。むろん、意味もなくただ長いわけではない。「長い」のは単に物理的な特徴を言っただけで、重要なのはその理由である。本書は「完訳版」と銘打たれており、原書に忠実に訳されているらしい。前述の「別の本」と読み比べてみると、そちらはかなり端折られているところがあるのが判る。端折ったところで、面白いには違いないのだけれど、端折られていない方が、より楽しめる。更に本書には、原書にあるブネットの挿絵をすべて収めているそうである。この絵がまた素晴らしい。

タイトルを変えたり(それが原題に忠実だとしても)、訳を改めたり、今までとは違う新しいことをしようとすると、その熱意とは裏腹に、格調が失われたり、それまで持っていた作品に対するイメージが損なわれたり、ということが起こる場合が往々にしてあると思われる。が、本書にはそういうところがなく、非常に読み応えがあって読む者を飽きさせない。
たぶん、訳者が、単に新規の試みをしようとしただけではなく、読み継がれて来たこれまでの「十五少年漂流記」へのリスペクトを忘れていないからだろう。

宇宙戦争』『透明人間』を瞬く間に読み終えてしまった息子のために、同じような興味を持てそうなもので、かつ、ちょっと毛色の違うものを、と思って買って来た。まずは僕が読んで存分に楽しんだ次第。
既に別の「十五少年漂流記」を持っていたことは前述のとおりだが、重ねてこの本を買って、まったく後悔はない。
[ 2013/03/06 15:22 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△