箱根の写真少々

箱根に行った…子供の春休みに。それで、その時の写真をアップしようと思っていたのだが、何だか機会を逸してしまった。
この夏は、泊りがけで出掛けると植木を枯らしてしまう恐れが高いので、遠出することがなかった。そこで、今更ながら上げておく。
ただし、今となってはその時の状況を仔細に書くほど鮮明な記憶もない。だから、いくつかを列挙するに止める。

箱根ガラスの森美術館にて。
始めて来たので確かなことは言えないけれども、比較的最近設置された標識であろうと思われる。

箱根ガラスの森

箱根彫刻の森美術館にて。
「勢塊」。ちょっと見たところでは判らないかもしれないが、かなりデカい。

箱根彫刻の森

「ミス・ブラック・パワー」。ちょっと見れば判ると思うが、かなりデカい。

箱根彫刻の森

大涌谷と、そこに写るロープウェイの蔭。

箱根

まぁ、ありきたりである。

(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2013/08/28 23:58 ] 旅・散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

杉田八幡神社ふたたび(その2)

杉田八幡神社ふたたび(その1)」の続き。

いよいよお目当ての狛犬。

まずは、こんなところから。

杉田八幡神社

何とも、たまらない。

杉田八幡神社 杉田八幡神社

阿行の口が欠けてしまっているのが残念だが、それがかえって味を出しているとも言えなくもない。

背中に文字が彫られているのが珍しい。

杉田八幡神社 杉田八幡神社
杉田八幡神社

元禄5年(1692)の作である。

残り、存分にどうぞ。

杉田八幡神社 杉田八幡神社
杉田八幡神社 杉田八幡神社

以前訪れた時より、だいぶ傷みが激しくなっているようである。
網で覆われてしまったりしない前に、訪れてみてはいかがか。

杉田八幡神社 杉田八幡神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/08/23 23:45 ] 狛犬 神奈川/横浜 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

杉田八幡神社ふたたび(その1)

ここの狛犬は、以前にも昔撮った狛犬として紹介したことがあるが、改めて。

杉田八幡神社(横浜市磯子区杉田)。

杉田八幡神社 杉田八幡神社

住宅地の中にある神社である。

狛犬。昭和15年(1940)。

杉田八幡神社 杉田八幡神社

忠魂碑。

杉田八幡神社

この神社は、何といってもコレである。まずは看板。

杉田八幡神社

以前行った時の看板。

杉田八幡神社

どうやら、時々新調しているらしい。

勿体を付けて、次回に続く。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/08/22 09:24 ] 狛犬 神奈川/横浜 | コメント(0) | TB(1) |  TOP△

自由研究の話(4)

しばらく間が空いてしまったが、「自由研究の話(3)」の続き。

最初に書いたとおり、これをそのまま宿題として提出しようとするものではないから、終わらなくても構わないのだけれども、そろそろ夏休みも終わりが見えてきたことではあるし、そろそろまとめにかかることにしよう。とはいえ休みの間に終わるかどうかは、保証の限りではないが。

さて、もう少し纏めることができそうである。

総武線・磐越西線・成田線・山手線・京浜東北線・東海道線・高崎線・相模線


これらはすべてJRの在来線だから、線路幅は同じである。

それから、JRの新宿から東武線に乗り入れて日光まで行く電車がある。特急「あさぎり」はJR線と小田急線を乗り入れている。
とすれば、前回纏めた東武線の入っている電車群と、中央線の入っている電車群と、今回のJR在来線と、小田急は線路幅が同じことが判る。

それから、東北新幹線は京急と線路幅が同じである。
知らない人は知らないだろうが、京急沿線に住んでいる子供にとって、京急の線路幅が新幹線と同じだというのは常識で、それを何となく自慢に思っているものなのである。それを僕から聞いている息子は、そのことを知っている。

銚子電鉄 江ノ島電鉄 銀座線 丸ノ内線 大江戸線 都電荒川線 つくばエクスプレス


は残ったが、これはまた後で考えることにしよう。

次に、別の大きな紙に、
 線路幅
 鉄道会社(JR線 都営交通 東京メトロ 私鉄)
のマトリックスの枠を書く。そして、何mmか判ったものを、枠の中に置いて行くのである。

1067mm

JR線
総武線・磐越西線・成田線・山手線・京浜東北線・東海道線・高崎線・相模線・東西線・中央線

都営交通
三田線

東京メトロ
半蔵門線・日比谷線・千代田線

私鉄
東急線・東武線・みなとみらい線


1372mm

JR線

都営交通

東京メトロ

私鉄


1465mm

JR線
東北新幹線

都営交通

東京メトロ

私鉄
京成線・浅草線・京急線


先の銚子電鉄などの一群と、以下のものは残ったけれども、これは調べるしかない。

新宿線・京王線

有楽町線・西武線

[ 2013/08/21 23:25 ] | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

用例を検索すること

先日、青空文庫世話人の富田倫生さんの訃報を目にして、ふと思ったこと。

僕のブログにも、時々青空文庫が登場するけれども、たいていは、「邪道」とか「安直」とか、マイナス表現とともに現われている。
それを以て、僕がアンチ・青空文庫だと思われる向きがあるかもしれないけれども、それは違うのである。
もっとも、僕がアンチだろうがなかろうが、それで青空文庫の価値に影響があるわけではないからどちらでも大した違いはないのではあるけれども、この機会に、「邪道」や「安直」の謂を、書いておいてみようかと思ったのである。

古典の作品には昔から「索引」というものがあって、研究者には必携のものである。
世の中にありとあらゆる文献をすべて自力で読み尽くすことはできない~否、一つの作品ですら、隅々まで読んで用例を探すのは大変である~から、「検索」を使うのは有効である。
「ことば」について考察したもので、索引も使わずに書かれた論文など、(むろんテーマにもよるけれども)たいていの場合、ロクなものではない。

ただ、古典の場合には、主要な作品はあらかた索引が出ているから良いのだけれども、近代の文章ではそうはいかない。索引の必要性を感じていない人が多いということもあるだろうが、何しろ、主要な作品の数が古典とは比べ物にならないくらい多いのである。それを一々索引にしていたところで、到底間に合わない。
けれども、何かの語句を考察しようとするのであれば、用例の収集は欠かせない。それが、青空文庫のお蔭で、主要な作品どころか、主要でない作品ですら、容易に用例を検索できるようになった。それは青空文庫の本来の目的ではないにしても、近代語の研究に裨益するところ、多大であるのに違いない。

用例を容易に発見できるようになったこと自体は、悪いことではない。が、悪い面もある。容易に用例を探せれば探せるだけ、作品そのものを、読まなくなるのである。
その語句の出ている文か、せいぜいその前後の文を見て、半解して引用してしまうことになりがちである。それで、文章をきちんと読めばそんな解釈はできない、というようなおかしな解釈で引用をしてしまうことがある。

僕の師匠は、古典の索引を数多く手掛けた人だったけれども、「伊勢物語くらい、索引を使わなくても用例を探せるだろう」と仰っていた。作品を熟読してあらかた頭に入れた上で、たしかこの作品のこのあたりに用例があったはず、というのを確認するために索引がある、ということである。
むろん僕の如き凡人には、そんな真似はできないけれども、できるだけ、実際に文章を読んで用例を探そうというふうには思っている。それで、読者には何の意味もない、「附箋を剥がす」なるエントリを、数多く遺しているのである。

が、青空文庫を前にすると、その便利さに抗し切れず、「邪道」な手を使って「安直」に検索して使ってしまうことになる。しかも、作品を熟読して文脈を熟慮することもなしに。
むろん、青空文庫で検索できるものを知らぬ顔で通すのは手抜きだけれども、青空文庫で検索したものと、自分で読んで探し出したものとでは、資料としての価値が、(すくなくとも僕にとっては)違うのである。
「邪道」とか「安直」とかいうのは、そういう僕の惰弱な精神に対する自戒を忘れないために、使っているのである。青空文庫自体が「邪道」だったり「安直」だったりするのでは、毛頭ない。

夏の風物詩

毎度々々同じようなことを書いて恐縮だが、学校の長い休みの期間、特に夏休みには、当ブログの「読書感想文の書き方」の各エントリへのアクセスが急増する。とりわけ今年は、例年にも増して驚くほどのアクセスがある。
「驚くほど」がどの程度なのか具体的に書くと、日頃のアクセスの程が割れてしまうから書かないけれども、僕にすれば十分に「驚くほど」で、ざっと、ふだんの5倍を優に超す数に及ぶ。それが、1の5倍で5なのか、1万の5倍で5万なのかは、想像にお任せすることにする。

検索ワードは「読書感想文 書き方」とか「読書感想文 1年生」とか、それに「坊っちゃん」とか「車のいろはそらのいろ」とか「大どろぼうホッツェンプロッツ」とか、いろいろな作品名を組み合わせているものが多いのだけれども、中でも今年は、「メガネをかけたら 読書感想文 書き方」というワードで辿り着いているケースが異様に多い。しかも一時的なものではなく、夏休み開始直後から、継続してである。「メガネをかけたら」という本は読んだことがないのだけれども、大々的に課題図書にでもなっているのだろうか?
確かに、このワードでググってみると、僕のブログがかなり上の方に来る。この本を取り上げたことはないし、そもそも、過去に「メガネ」ということばを使ったことすらないのに。

これだけ人気のあるのは一体どんな本なのだろう、きっとジブリか何かに関係があるに違いない、と思って調べてみたのだが、案に相違して、この「メガネをかけたら」という作品、どう見ても絵本である。
読書感想文を書こうと思う、否、書かねばならない状況に陥っているからには幼稚園児ではないだろうし、「メガネをかけたら 読書感想文書き方がわからず進まない小二」なんていう、微笑ましいと言って良いのかどうかことばに迷うようなワードが見られたことからしても、小学生(の親)が検索を掛けて来ているものと思われる。

絵本が駄目なわけではないし、これはきっと良い絵本なのだろうけれども、小学生が、長い休みの期間を使ってわざわざ感想文を書くのだから、もっとふつうの、時間を掛けなければなかなか読めない本にした方が良いのではなかろうか、と思う。それに、感想文を書く意味も、「書く」ことに第一義があるのではなくて、むしろ「読む」ことにあるもののように思う。
そもそも、絵本なら読むのは簡単だけれども、簡単に読める本なら感想文が簡単に書けるというものではないだろう。

ともあれ、検索で誤ってここに辿り着いてしまった方には、当ブログには「メガネをかけたら」については何も書いていない、ということを、お断りしておく。

熊野神社(横浜市磯子区)

熊野神社(横浜市磯子区中原)。

ちょっとした石段…

熊野神社

…の先に、そこそこの石段X2。

熊野神社

それを登ったところに、末社・泉蔵社。

熊野神社

そこからもう少しだけ登ったところに、社殿がある。

熊野神社

ここには、小ぶりだけれども、なかなか凛々しい狛犬がいて、昔々、何度か会いに行ったことがある。

熊野神社 熊野神社
熊野神社 熊野神社熊野神社 熊野神社

文化5年(1808)のものである。

末社群。

熊野神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/08/16 23:45 ] 狛犬 神奈川/横浜 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

未だ木鶏たりえず

何年もの間、ブログを毎日更新し続けているマメな方は少なからずいるけれども、それは僕にはできない芸当である。
それでも何日かおきに、僕としてはそれなりにこまめに更新していたのだが、ひと頃に比べると大分滞りがちになり、5月に、遂に月間のエントリの更新数が10を下回ってしまった。
滞ったところで誰に迷惑が掛かるものでは毛頭ないけれども、このままどんどん少なくなっていくのもいかがなものかと思って、しばらくの間、毎日書くことにした。

書き始めてみると、この時期は妙に仕事が忙しかった~始発電車で出勤したり、徹夜で仕事をしたりしたくらい~のだが、適当なものが多々あるからにせよ、書けないということはなかった。この調子なら、まだまだ行けそうな感じではある。
が、何時書けなくなるかは判らない。苦行に挑戦しているわけでも何かの願掛けをしているわけでもないから途切れても構わないものの、ここまで続けてくると、書けなくて途切れてしまうのも癪である。それで、このあたりで自ら途切れさせることにする。
6月1日から今日まで69日。70日目を目前とした、丁度良い潮時である。
どうして70ではなくその手前で止めるのか、何が丁度良いのか、さっぱり判らない方もいようけれども、判ったところでもとより大したことでもない。
そんなことにこだわっているところが、「未だ木鶏たりえ」ていない何よりの証拠である。
[ 2013/08/08 20:20 ] 能書き | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす(15) Including 「全然」(その16)

「附箋を剥がす(14) Including 「全然」(その15)」に続いて、『久生十蘭短篇集』(岩波文庫)より。

いくら年月がたったにしろ、あのいきさつを考えたら、かりに東京へ出てきたって、厚顔しく電話なんかかけて来れる義理はないのよ。だいいち東京へ出てくること自体、あまり人をバカにした話でしょう。(「猪鹿蝶」P291L2)

どうしてやろうと思うと、眼がチラチラして、まわりのものがみな浮きあがってくるみたい。どうしたって、このままでは帰されない。(P294L8)


「a-r抜き」と「a-rあり」。同じ作品内でどちらも出て来たので、ちょっと面白いかと思って取り上げた…が、本当はたぶんそんなに気にするようなことではない。
なお、先の例文の中の「厚顔しい」もちょっと気になったが、これは「コウガンしい」ではなく、「アツカマしい」である。

やっぱり聞きたいんでしょう。だからつまらない強情を張るのはおよしなさいっていうの……そこは腕よ。その気になったら、志貴子ぐらい釣りだすぐらい、ぜんぜんお軽いのよ。(P299L11)

「すると、悪い影響はたいして受けていないのですか」
「そのほうの知識は全然欠如していて、あの齢の少年なら誰だって知っているようなことすら、ほとんどしりません。(「母子像」P335L5)


否定と呼応しない「全然」の例。昭和26年、29年の事例。

「よすことはない。あんなオペシャに百合の花なんか抱えて花嫁面をされちゃ、いい娘を戦争で死なせた親たちの立つ瀬がない。ああいう面構えは、眼鏡でもかけて、女学校で生徒を苛めていりゃいいんだ。僭越だよ」(「春雪」P378L5)


左近を打たせた」「続「左近を打たせた」あるいは「女に別れる」4たび」で取り上げた、使役の使い方に関連する例。

海に向いた二階の部屋はみな目隠しされてしまったが、この家は建上りが高いので、二百米ほどむこうの島にある俘虜収容所の板塀越しに、バラックの棟を並べた白茶けた中庭がのぞける。(P382L9)


この「のぞける」は、ふつうの動詞「覗く」で、「隙間から見る」意に取っても差し支えなさそうだが、「一部分があらわれる」意の「覗ける」と取った方が良いように思う。「のぞける」については、以前「附箋を剥がす(11) Including 「全然」(その13)」で取り上げた。

奥沢神社

奥沢神社(世田谷区奥沢)。

奥沢神社

ここは、「品川道」と「目黒道」の分岐点らしい。

奥沢神社

品川までは、ずいぶんと距離がある気がするけれども…。

昭和37年(1962)の狛犬。

奥沢神社 奥沢神社

ここの収穫はこれ。

奥沢神社

狛犬というよりは鬼瓦と言った方が良いのだろうが、昔これを写真に撮って今でも残っているのだが、どこのものだかさっぱり判らなくなっていた。ここだったか。

奥沢神社 奥沢神社

めでたしめでたし。

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2013/08/06 22:12 ] 狛犬 東京/世田谷 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△