ルー・リード

ルー・リード、死去
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのリード・シンガーで、“パンクロックのゴッドファーザー”として多大な影響を与えたルー・リード(本名:ルイス・アラン・リード)が、現地時間27日に米ニューヨークで死去したことが明らかになった。享年71。

米「ニューヨーク・タイムス」紙は著作権代理人からの情報として、5月に受けた肝臓移植の手術に関連した病気が原因で亡くなったと報じている。(MTV JAPAN)


と、いうことで、今日のBGM。

THE VELVET UNDERGROUND & NICO "THE VELVET UNDERGROUND & NICO"
 ~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ

シールになったバナナの右上に、"PEEL SLOWLY AND SEE" と書かれており、それを剥がすとピンク色のバナナが現われる…というのが元のLPのジャケットの仕様だったらしい。

正直なところ、良く判らないのだが、それでもたまに聴きたくなる1枚ではある。
[ 2013/10/29 23:58 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす(17)

まずは取り急ぎ、付箋を剥がしておく。

「に」の使い方と、使役の使い方

夕空がまたもどんよりと曇ってきて、湖水の大波が沫を散らしながら白い波頭を擡げているのが宵闇の中に認められ、今にもザアっと来そうな気配なので、みんなはともかく大急ぎでその樽を小屋を目がけて転がした。ウンディーネは一所懸命二人に手伝っていたが、雨を混えた風が急に思ったより早くごうっとばかりに近づいて来たのを見ると、重く垂れた雨雲を戯れに脅かかしながら叫んで言った。(その五、P46L1)

爺さんに言わせると、あの子は姿は消したが本当に死んだものかどうかは判らない、またたとい、じっさいあの子が固い骸になってドーナウ川の水底に冷たく横たわっているとしても、あるいは浪のまにまに海まで押し流されて行ったとしても、死なせた罪はベルタルダにもある、除け者にされた可哀そうなあの子の跡にベルタルダが座りこむのは宜しくないことである。(その十六、P136L7)


フーケー『水妖記(ウンディーネ)』(岩波文庫・柴田治三郎訳)

ら抜問答

先頃、ある所で所謂「ら抜き」について訊ねられた、その折の問答。

 「ら抜き」を否とする意見多し。然れども、「ら抜き」の歴史は古し。これを昨今の言葉の乱れと言うは、如何。

 確かに「ら抜き」は古きよりあなり。されば、何を「ら抜き」とするかは易しからず。
例えば、「切れる」は元々「切られる(切らるる)」なり。これは「ら」が抜けたるなり。されど「切れる」を「ら抜き」なりとして非難する者多からず。

 古きより「ら抜き」を常とする地方あり、それが全国に拡まれりとする説あり。されば、「ら抜き」は言葉の乱れたるにはあらず。

 方言にあらば誤りならずと言うは否なり。「ら抜き」を常とする地域あり。それ誤りならずと雖も、共時的にその言葉を用いる地域あると、通時的にある地域の言葉にあることとは同じからず。縦軸と横軸を混同すること勿れ。
東京語あるいは共通語の表現を考えるに当りては、方言にありとて正しきことにはならざるなり。東京語として誤れる言い方が方言より流入したるなり。
そもそも、「ら抜き」を考えるに、「ら抜き」のみを取り上げること勿れ。「行かれる」を「行ける」とするは、「ら」が抜けておらざれども「ら抜き」と同じ理屈なり。「見れる」を見て「行ける」を見ざるは木を見て森を見ざるに似たり。

かく云うほどに、「ちわー。どーもお久しぶりでーす」とて入り来りし者あり。かくてそのままに止みぬ。

『影をなくした男』

学生時代、もう20年以上も前に読んだ本なのだが、先日、僕の本棚から娘が探し出して来て読み始めたので、懐かしくなって娘が読んでいないスキに久しぶりに再読した。

シャミッソー『影をなくした男』

影をなくした男 (岩波文庫)

最初にこの本を読んだ当時、安部公房の「バベルの塔の狸」はきっとこの作品の影響を受けたのだろうと思った覚えがあるのだが、今回読み直してみて、もしかしたら藤子・F・不二雄もこの作品の影響を受けたのかもしれないと思った。学生時代よりも今の方が、ドラえもんが身近にある生活を送っているということだろうか。

それはともかくとして、自分の影を「幸運の金袋」と取り替えてしまったペーター・シュレミールの数奇な半生を描いた作品。
影をなくしてしまうことがどれほど大変なことなのか、国の違いか、時代の違いか、はたまた個人の素養か、あまり実感することができないものの、影をなくしたことによる悲劇は身につまされるし、後半に至ってシュレミールはこれからどうするのか、と思った矢先の話の飛躍ぶりも、それはそれでなかなか楽しむことができる。

なお、本書が刊行された1814年は本邦では文化11年。『東海道中膝栗毛』とほぼ同時代の作品ということになる。
原文で読め(れ)ば古臭い文体で書かれているのかもしれないけれども、池内紀の訳のお蔭か、時代を感じさせることもなく、あっという間に読み了えることができる。

大人でも子供でも、読んで損はないだろう。

『海底二万里』

ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』(上・中・下)

海底二万里〈上〉 (偕成社文庫)  海底二万里〈中〉 (偕成社文庫)  海底二万里〈下〉 (偕成社文庫)


SFの古典的作品として名高いこの作品、何が驚くといって、発表されたのが1870年、日本で言えば戊辰戦争が収まってさほど間もない明治3年、まだちょんまげ姿の人々が闊歩していた頃だということである。

本邦はさて措くとしても、Wikipedia によれば、フランスで人力以外で推進する潜水艦が登場したのが1864年のこと、そんな時代に、電気駆動で推進する超高速巨大潜水艦で世界一周しようとしているのである。
実際に電気駆動で推進する潜水艦が登場するのは遙か後の1888年だそうである。その想像力たるや、現代人が火星旅行をする程度のものではなかっただろう。

そんな空想力溢れるストーリーがこの作品の魅力なのには違いないのだが、もうひとつ、アロナクス教授の助手コンセーユの口から語られる博物学の知識も見逃せない。ストーリー展開にはかならずしも必須とは言えず、かつ、あまりの多さに辟易する向きもあるかもしれないが、これが作品の面白みの一つになっていることは間違いない。

難しそうな本でも読みこなしていく小3の息子に買って来たのだが、これはさすがに難し過ぎる。偕成社文庫に収められているとはいえ、到底子供が読みこなせるようなものではない。
それで、僕が読んだ次第である。

訃報・鈴木日出男博士

鈴木日出男氏=東大名誉教授
鈴木日出男氏 75歳(すずき・ひでお=東大名誉教授)3日、腹膜炎で死去。告別式は9日午前9時半、東京都国立市谷保6218南養寺。喪主は長男、哲平氏。

源氏物語や平安時代の和歌などを研究。「古代和歌史論」で角川源義賞を受賞し、同賞の選考委員も務めた。(YOMIURI ONLINE)


僕の母校の特別任用教授を務められていたのでまったく接点がなかったわけではないのだが、タイミングの関係で、ある会合で1回だけ同席したことがあるくらいしか、近くでお目に掛かったことはない。

講談社現代新書の『はじめての源氏物語』は判りやすくておもしろかったが、残念ながら絶版。
それで、『源氏物語歳時記』をお奨めしておく。僕が買ったのはちくまライブラリー版だが、今ではちくま学芸文庫で出ているようである。
源氏物語歳時記 (ちくま学芸文庫)