「びょうびょう」

内田百閒の『冥土』を読んでいたら、こんな箇所があった。

ただ遠くの方に、時時犬の吠える声が聞こえた。犬は吠えながら走つてゐるらしかつた。同じ声が、吠える度に、違つた方角で聞えた。そのうち、不意に宿屋の前に来て、べうべうと吠えると思つたら、すぐに止めた。さうして今度は又思ひもよらない遠くの方に、べうべうと吠える声が微かに聞えた。(烏)


犬の鳴き声を「べうべう(びょうびょう)」と表現するのも珍しいのではないかと思って『日本国語大辞典』を引いてみると、近世の用例もあったけれども、岡山市の方言として、「影絵の犬の鳴き声」とある。
「影絵の…」というのが何だか良く判らないが、百閒は岡山市の出身である。とすれば、これは百閒独特の言い方…かと思ったのだが、実はこんな例もあった。

そのぬぐつた太刀を、丁と鞘にをさめた時である。折から辻を曲つた彼は、行く手の月の中に、二十と云はず三十と云はず、群る犬の数を尽して、びやうびやうと吠えたてる声を聞いた。(芥川龍之介「偸盗」)


表記は違うが、これも音は「ビョービョー」である。例の如く、何度も読んだことのある用例をすっかり忘れていた。
メモしておかないと、また忘れてしまうこと請け合いだから、ここに書き止めておく。

天祖神社(江戸川区平井)

天祖神社(江戸川区平井)。

天祖神社

狛犬。明治39年(1906)製。

天祖神社 天祖神社
天祖神社 天祖神社

なかなか力強い。
なお、この狛犬(特に阿行)を撮っている時、眩しくてデジカメのモニタがほとんど見えなかった。何とかピントは合っているようだが…。やはりカメラにはファインダーがあるべきである。

さて、この狛犬と同じ頃に建てられた記念碑。

天祖神社

末社ふたつ。

天祖神社 天祖神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2013/11/29 00:00 ] 狛犬 東京/江戸川 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

『池上彰の憲法入門』

池上彰『池上彰の憲法入門』

池上彰の憲法入門 (ちくまプリマ―新書)

僕は、原則として政治的な話題を取り上げることは避けるようにしている。
とりわけ憲法問題など、改憲を口にした途端に右翼の巨魁呼ばわりされたり、護憲を匂わせただけで時代遅れの石頭扱いされたりするのが常だから、そういう議論をすることを、放棄しているのである。むろん自分なりの意見がないわけではないのだが、人と議論をするつもりはない。
子供に対してでさえ、僕の意見を押し付けようつもりは毛頭ないから、普段からそういう話題も出さないのだけれども、我が家は産経新聞を購読しているから、そのまま放っておくと、下手をすると一方的に改憲論者になってしまいかねない懸念がある。かといって、購読紙を朝日新聞に変えたところで、これまた下手をすると一方的に護憲論者になってしまわないとも限らない。
なお、ここでの「下手をすると」は「改憲論者に…」「護憲論者に…」に掛かっているのではなく、どちらも「一方的に」に掛かっている。

こういう問題は、言うまでもなくいろいろな意見に耳を傾けるのが良いのだけれども、たいていの場合は自分の主張に都合の良いことしか言っていない。むろん、イデオロギーのない主張などはありえないし、それぞれが自分の信念に基づいて正しいと思っていることを表明しているのだろうから、それはそれで致し方ないのだけれども、「改憲」や「護憲」の立場から書かれたものを読んで、客観的に判断することが難しいのも事実である。それに、そういうものを、何冊も読んで比較するのは、けっこうな根性が必要である。

本書は、さすが「週刊こどもニュース」のお父さん(古いが…)、ここまで偏らずに書くのは難しいだろうと思うほどに、客観的に説明されている。もっとも、どちらかに偏った人が見れば、物足りなかったり言い過ぎだったりはあるのかもしれないが…。
憲法問題をそれなりに勉強している人が読めば、知らないことは何一つ書いていないのだろうけれども、きちんと問題が整理されていて、読みやすく、判りやすい。

参考文献と日本国憲法全文付き。
[ 2013/11/28 23:45 ] 本と言葉 歴史の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『歴史をつかむ技法』

山本博文『歴史をつかむ技法』

歴史をつかむ技法 (新潮新書)

何でも、ずいぶん売れているらしい。10月20日の発行で、30日には第2版が出ている。

正直に言うと、この内容を新書1冊で書こうとするのは無理がある。少なくとも、この倍くらいの分量は必要だろう。従来の歴史書が、「概説書でさえ最初からものごとを細かに記述しすぎる弊がある」(序章)のが、歴史を俯瞰的につかむことができにくい原因であったとしても。

それはそれとして、非常に面白い。時代区分の意味とか、用語の規定の仕方とか、天皇制についての理解とか、成程と思わせるものがある。
それに、僕の専門に近い摂関政治の本質については、(著者の専門領域ではないようだが)大いに共感できる。

もっとも、帯にある、
 鎌倉時代に「幕府」はなかった!?
 江戸時代には「藩」も「鎖国」もなかった!?
などという宣伝文句に騙されてはいけない。とはいえこれは悪口ではなく、本書はそんな雑学的な興味を満たすことを目的としたものではないということである。
嘗て、鎌倉幕府の成立を、源頼朝が征夷大将軍に任じられた1192年とするのが常識だったのが、最近では他の年号(1185年など)も教科書に載せられているらしい。著者は、それを歴史の本質ではなく、大した問題ではないと喝破する。
それだけでも、本書を読む価値があるのではないか。
[ 2013/11/26 22:08 ] 本と言葉 歴史の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

諏訪神社(江戸川区平井)

昨日、久しぶりに時間が取れたので、Raleigh(自転車)を転がして行ったのだが、目当ての神社に続く僅か数十メートル足らずの道が、工事中のため物の見事に通行止めになっていた。

諏訪神社

交通整理の人に聞くと、通り抜けはできないが、行けるところまでは行っても構わない、ただしどこまで行けるかは判らない、工事車両の出入りがあるので気を付けて、ということだったので、折角来たことだから、取り敢えず行ってみることにした。

すると幸いなことに、工事は裏手の鳥居前で行われていたので、表から入ることができた。

諏訪神社

諏訪神社(江戸川区平井)。

諏訪神社

なかなか大型の狛犬。

諏訪神社 諏訪神社

工事に気を取られていて台座をチェックするのを忘れてしまったのだが、大正あたりじゃあるまいか(…と例によってイイカゲンなことを言う)。
なお、阿行の後ろの黄葉は、御神木の銀杏である。

諏訪神社 諏訪神社

末社の稲荷神社。

諏訪神社

なかなか見事な彫刻が施されている。恐らく、天保14年(1843)築造の旧本殿と思われる。

諏訪神社 諏訪神社
諏訪神社

そこにいた狐。
光線状態のためにかなり恐ろしげに見えるかもしれないが、子狐が可愛らしいと言えなくもないので上げておく。

諏訪神社 諏訪神社

少々地味な富士塚。

諏訪神社 諏訪神社

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2013/11/24 23:27 ] 狛犬 東京/江戸川 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『火星年代記』

娘(中2)が何か読む物はないか、と言っていたので、こんなのはどうかと思って書庫(と称する物置)から拾い上げて来た。

レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

僕も中学生の頃に読んだ、と思って取って来たのだが、奥付を見ると1988年の版、大学生の時だった。とんだ記憶違い。
それを娘に読ませるのも何だし、娘もまるで興味なさそうだったので、僕が久しぶりに読むことにした。

SFを文学の域に高めたと言われるブラッドベリの代表作。
あまりにも有名な作品だから、中身を説明しても仕方がないのだが、ひどく大雑把に言うと、タイトルの通り、地球から火星に人々が移り住み、その後どうなったの年代記である。
若い時に何度も繰り返し読んだものではあるものの、すっかり忘れていたところもある。
「2005年4月 第二のアッシャー邸」もその一つ。この話自体は鮮烈な記憶に残ってはいたのだけれども、この作品に収められていたことは忘れていた。
「年代記」としての一貫性は持ちながらも、オムニバス形式だから、それぞれの話にそれぞれの性格があって、飽きさせない。
最終章「2026年10月 百万年ピクニック」のラスト・シーンは、何度読んでも素晴らしい。

原書の発売は1950年、火星に初めて人類が訪れたのがその49年後の1999年ということになっている。2005年には核戦争が勃発し、2026年に地球は滅亡する。
とすると、現在の地球は、核戦争の真っ最中で、火星からもほとんどの人が退去している状態になっているはずであるが、実際には、残念ながら人類は火星に到達していないし、幸いなことに核戦争も始まっていない。
1997年に改訂版が発売されて、物語の開始が2030年に変更され、そのほかにも若干の加除があるらしい。
その内、入手して読んでみるとしようか。

『ボブ・ディラン』

僕の学生時代には、岩波新書と言えば実にお堅いシリーズだった。難しいけれども、長年読まれ続けている名著が、少なからず刊行されていた。
少々親しみやすい新赤版が出て、お堅いイメージは薄らいだけれども、岩波は岩波、それなりの権威はあったのだろうと思う。が、個人的には、それで逆に、食指が伸びにくくなったことは否めない。

それが、今日、書店でこんな本を見つけた。昨日出たばかりの最新刊。

『ボブ・ディラン ロックの精霊

ボブ・ディラン――ロックの精霊 (岩波新書)

そこまで親しみやすくする必要があるのだろうか? 権威なくして岩波である意味はない、と思いつつ、マニアとしては手に入れざるを得ない。それで、購入した。

ほかの本を読んでいる最中なので、まだ読んでいない。…とはいえ、ほかの本を読み終わっても、拾い読み程度しかしないとは思うのだが…。

秀次切腹

今朝の新聞で見たニュース。
記事には「秀次切腹の情報を最初に朝廷へ伝えた『御湯殿上日記』」などという、記者の理解度を疑わざるを得ない記述もあるからこれだけでは何とも言えないところではあるけれども、『國學院雜誌』なら割に容易に見られそうだから、備忘のために書き留めておく。

豊臣秀次切腹に新説…秀吉は命じず、身の潔白訴え自ら切腹か 国学院大准教授が「太閤記」に疑義

 豊臣秀吉は実子の秀頼が生まれると、甥(おい)の関白秀次が邪魔になって切腹させた-。こんな通説に国学院大の矢部健太郎准教授(日本近世史)が疑義を呈し、「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し秀次が自ら腹を切った」とする新説を打ち出した。秀次の死をめぐっては、その背景を明確に記した史料が同時代になく、研究者も興味深い説だと評価している。(渡部裕明)

 秀吉の姉の子である秀次は天正19(1591)年、実子のいない秀吉の養子となり、関白を引き継いだ。しかし秀頼誕生から2年足らずの文禄4(1595)年7月に失脚。高野山へ追放され、同月15日、金剛峯寺の前身である青巌寺で切腹した。

 切腹に至る詳しい事情を物語る同時代の史料はないが、儒学者、小瀬甫庵(おぜほあん)が江戸時代初期に記した太閤記は「切腹命令」という文書を掲載。文書には石田三成ら五奉行が署名し、7月13日の日付がある。

 矢部准教授はこの日付について、「京都から高野山までは約130キロの距離がある。登り坂も厳しく、歩いて3日はかかる。13日に書かれた命令書を持って高野山まで多くの兵を連れて赴き、15日に切腹させるのは難しい」と疑念を示す。

 そこでさまざまな史料にあたり、秀吉が同月12日に高野山の僧、木食応其(もくじきおうご)へあてた書状に着目。そこには「秀次が高野山に住むにあたっては見張り番を付け、料理人や世話係などを用意してほしい」と記されていた。「数日後には切腹させる人に、料理人が必要だろうか。秀吉は秀次を長期間、高野山に住まわせようと考えていたと思う」

 また、秀次切腹の情報を最初に朝廷へ伝えた「御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)」文禄4年7月16日条には、「関白殿 昨十五日の四つ時に御腹切らせられ候よし申す 無実ゆえかくのこと候のよし申すなり」とある。矢部准教授はこの「切らせられ」という記述は、秀吉が「切らせた」のではなく、敬語の「お切りになった」と読むべきだ、と指摘。秀次は高野山での幽閉に耐えられず、身の潔白を証明するために自らの決断で切腹したとみている。(msn産経ニュースwest)

[ 2013/11/18 22:51 ] 歴史 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

マンホール

ここのところ、空き時間を専らあることに費やしていて、纏まった文章を…いや、纏まっていない文章も、書いている余裕がない。
それで、松戸駅(千葉県松戸市)附近の路上で見かけた可愛らしいが判りにくいマンホールの写真をアップして、お茶を濁しておく。
松戸とコアラに何か関係があるのか、寡聞にして知らない。

マンホール

(OLYMPUS PEN E-PL2 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6)
[ 2013/11/09 11:51 ] 旅・散策 散策 | コメント(6) | TB(0) |  TOP△

消火栓

ここのところ、空き時間を専らあることに費やしていて、纏まった文章を…いや、纏まっていない文章も、書いている余裕がない。
それで、三ノ輪橋のジョイフル三ノ輪で見かけた可愛らしく判りやすい消火栓の写真をアップして、お茶を濁しておく。

消火栓

(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2013/11/05 22:12 ] 旅・散策 散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△