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4時間の空白

それまでまったく気づかなかった簡単なことに、ある時突然目から鱗が落ちるように気づくことがある。
伊勢物語の第4段など、100回ではきかないくらい読んでいるだろうに、つい先日初めて気づいたことがあった。

「あばらなる板敷に月の傾くまで臥せりて、去年を思ひ出でて詠める。『月やあらぬ……』と、詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。」

『岩波古語辞典』には、「ほのぼの」は「あけぼののうす明るいさま」とあって、この用例が上げられている。
それに疑問を感じる人はほとんどいないだろうが、問題は、この段に書かれている日付である。
「睦月の十日」すなわち旧暦1月10日、月の入りは午前3時頃である。一方、日の出は7時少し前頃。「月の傾くまで臥せ」っていた男は、4時間の間、一体何をしていたのか? ということである。
それが説明できないのであれば、4時間の空白はなかった、と考えるのが妥当だろう。
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"I Do Not Want What I Haven't"

僕が Sinead O'Connor を知ったのは、1992年に行なわれた、ボブ・ディランの30周年記念コンサートの映像でだった。
マディソン・スクエア・ガーデンを埋める大観衆がブーイングを浴びせる様は、見ているだけでも恐ろしい光景だった。
抗議の意味を籠めてか、予定されていた I Believe in You の演奏を止めて、ボブ・マーリイの War を無伴奏で絶叫して退場した。
以前、ディランを特集した雑誌か何かで、1人だけ趣旨を弁えずに関係ない歌を歌ったためにブーイングを浴びたように書かれているものがあったが、それは真っ赤なウソである。ディランへの好意でそんな書き方をしたのだろうが、それでは贔屓の引き倒しである。
これは、嘗て体制への反逆児としてブーイングを浴びたディランそしてロックが、体制の側の存在になったことを示す象徴的な出来事だった。
その頃は、「シンニード・オコーナー」だったのだが、いつの頃からか「シンニード・オコナー」「シニード・オコナー」に変わり、今では「シネイド・オコナー」とするのが一般的のようである。むろん、変わったのは日本語の表記の問題だけだが。

さて、何故急にシネイド・オコナーなのかというと、近々そのコンサートの模様を収めた "The 30th Anniversary Concert Celebration" の Deluxe Edition が発売されるらしいのであるが、同時に発売されるDVDとBlu-ray Discに、件の War が収録されるのを知って、ふと思い出したのである。

それで、これが今日のBGM。
大ヒットしたシネイドの代表作。と言っても、彼女のアルバムはこれしか持っていない。

Sinead O'Connor "I Do Not Want What I Haven't"
  〜シネイド・オコナー『蒼い囁き』


I Do Not Want What I Haven't Got

この Limited Edition は2枚組で、2枚目が丸ごとボーナス・ディスクになっている。が、僕の持っているのは輸入版だから、収められているテイクがどんないわれのあるものなのかはまったく判らない。
[ 2014/01/30 23:59 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ピート・シーガー

訃報:反戦歌作曲のピート・シーガーさん死去

1960年代に世界的にヒットした反戦ソング「花はどこへ行った」などで知られる米シンガー・ソングライター、ピート・シーガー氏が27日、老衰のためニューヨークの病院で死去した。94歳だった。米メディアが伝えた。

「花はどこへ行った」はベトナム戦争への反対運動を、「ウィ・シャル・オーバーカム」は米公民権運動を象徴する歌となり、ボブ・ディランさんら多くのミュージシャンに大きな影響を与えたフォーク界の巨人。60年代前半にヒットした「天使のハンマー」や「花はどこへ行った」はピーター・ポール&マリーが歌い、日本でも人気が出た。


「Where have all the flowers〜花はどこへ行った〜」は時代を越えた名曲で、多くの人が知っているだろけれども、僕の世代ではそれほどピンと来るものでもない。
それでもこの訃報が目に止まったのは、ボブ・ディランがまだ「反戦歌」を歌う「フォーク・ソングの旗手」だった頃、ニューポート・フォーク・フェスティバルという大きなイベントで、ロック・バンドを従えて登場して大混乱を引き起こした時、怒りのあまり斧を持ち出して音響のケーブルを斬ろうとしたという伝説の持ち主だからである。
音の歪みがひどくて歌詞が聞き取れなかったために、「斧があれば斬ってやるのに」と言った発言が独り歩きしたというのが真実に近いようだが、実際のところは判らない。
そのあたりのことは、マーティン・スコセッシ監督の『NO DIRECTION HOME BOB DYLAN〜ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム〜』を見ると、本人も含めた当時の関係者が、てんでバラバラなことをしゃべっている。
[ 2014/01/29 08:52 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

久しぶりのmagrex MK5000

先日、久しぶりにNexus7専用のBluetoothキーボードmagrex MK5000を使った。
久しぶりな理由は、しばらくの間物理的に使えなかったのである。
ある時、突然認識しなくなって、一旦ペアリングを解除してからやり直そうと思ったのだが、それでも認識されなかった。故障だとしても、修理に出すにしても買い直すにしても、価格的に微妙な製品である。
捨てる踏ん切りも付かず、しばらく放っておいたのだが、ふと思い立ってNexus7のOSをAndroid4.3にバージョンアップしてみたところ、何と無事、ペアリングに成功した。
その後、4.4.2にしても問題なし。根拠はないが、使えなくなったのは4.2のバグだったのかもしれない。捨てなくて良かった。

なお、以前使っていた時は、このキーボードとFC2ブログの管理画面の相性が悪く、文字の入力中、エンターも押していないのに無変換のまま確定されてしまい、再入力を余儀なくされることが多々あって、別のアプリで文章を作成してコピペしたりしていたのだが、バージョンアップ後はそれが完全に解消された。これも、4.2のバグだったのだろうか。

ちゃんと使えるとなれば、こんな便利なものはない。

エルンスト・アッべ

興味のない方にとっては何の意味もないだろうが、今日はエルンスト・アッべの誕生日なんだそうだ。1840年のこと。

ただ、それだけ。
[ 2014/01/23 23:15 ] | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

『「暁」の謎を解く』

出版されてすぐに手に入れたものの、久しく積ん読状態になっていたのを、先日思い立って読んだ。

学問的に見える書物で、書名に「謎」だの「暗号」だのが入っているものは、信用できない場合が多い。
が、稀に良書がある。

小林 賢章『「暁」の謎を解く 平安人の時間表現』

「暁」の謎を解く 平安人の時間表現 (角川選書)

「明く」は寅の刻(午前3時)になることを言い、それが古代の「日付変更時点」であるのだという。
そして、夜が「明け」た後、3時から5時を「暁」と言う。したがって、「暁」はまだ暗い時間帯である。

むろん、検証の必要はある。比較的一般向けの本で、論拠となる用例も十分とは言えない面はあるけれども、大筋で、正しいのではないかと思う。

「明く」のを午前3時と考えることで、今まで判らなかったことが判るようになった気がするところが幾つかある。
そのうち纏めてみようという気になっている……のだが、如何せん、先は遠い。

大瀧詠一視聴週間 mini(下)

大晦日に見た訃報を伝えるニュースでは、「熱き心に」と「冬のリヴィエラ」の映像が続けざまに流されていた。それも大瀧詠一の一面には違いないのだが、それだけでは良く知らない視聴者に、誤解を与えはしないだろうか。「イエロー・サブマリン音頭」が流されるよりは良かったろうが…。

さて、「視聴週間」として、こんなものも聴いてみた。

沢田研二『いくつかの場面』

いくつかの場面

このアルバムの収録曲としては「時の過ぎゆくままに」が何より有名だが、ここでとり上げるのは、大瀧詠一が提供した「あの娘に御用心」である。演奏は、細野晴臣・鈴木茂・松任谷正隆・林立夫。
この歌、ジュリーらしくなく妙に滑舌が悪い。実は、大瀧詠一がリハーサル・テイクと本番テイクを間違えてしまったんだとか。

最後に、こんなところで如何か。

LET’S ONDO AGAIN

このアルバム、発売当時500枚しか売れなかったらしい。市場規模が現在のたぶん10分の1程度しかなかったろうとはいえ、それはさすがにあまりにも、である。
もっとも、僕だって、ピーター・バラカンがベタ褒めしてさえいなければ、けっしてこれを買うことはなかったろうけれども…。

呆阿津怒哀声音頭
[ 2014/01/13 22:57 ] 音楽・映像 邦楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

1年ぶりの西向天神社、ふたたび

東京都の高等学校書道科教員による書展」に行ったついでに、ほぼ1年ぶりになる西向天神社を訪れた。
むろん西向天神社が目的だったわけではなく、あくまでも書展のついでに立ち寄っただけである。が、ここの狛犬は、訪れてみる価値がある。
以前紹介したものではあるけれども、改めて上げておく。

西向天神社 西向天神社
西向天神社 西向天神社
[ 2014/01/11 18:11 ] 狛犬 東京/新宿 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

大瀧詠一視聴週間 mini(中)

大瀧詠一視聴週間 mini(上)」の続き。

遡って、大瀧詠一の原点、はっぴいえんど時代の3枚のアルバム。

『はっぴいえんど』

はっぴいえんど


『風街ろまん』

風街ろまん


『HAPPY END』

HAPPY END


はっぴいえんどだから、特別に大瀧詠一だけに限定されるわけではないのではあるけれども、4分の1以上の存在感は、間違いなくある。
過去エントリを探したら、この3枚、すべて取り上げていた。だから、さして語ることはない…と言っても、アルバム自体について書いたのは『HAPPY END』だけなのだが…。
[ 2014/01/10 23:01 ] 音楽・映像 邦楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

「せなかった」

去年の暮れ、中学2年の娘が国語の問題を解いていて、「する」の未然形を答えさせる問題について訊いて来た。
後ろに「ない」を付けると「しない」だから、未然形は「し」のはず、が、答えには「し」の他に「せ」が上げられている、この「せ」というのは何なのか? というのである。
答えに「さ」が入っていなかったのは今は措くことにするが、学校では、活用語の未然形の形を知るためには、その語の後ろに「ない」「う・よう」を付けるてみれば良い、というふうに教わるのだから、この疑問はもっともで、たしかに「せない」とか「せよう」などという言い方はふつうしない。
そこで、文法書の活用表を見せた上で、「せん」という場合の「せ」だと説明をしたのだが、「せん」などという言い方は、今時大阪弁でもなければすることがない。何故ここで大阪弁(?)を持ち出さなければならないのか、説明は難しい。(むろん本当は大阪弁とは関係ないのだけれども、現代の東京の若者にそれ以外の「せん」を理解することは難しかろう。)
とはいえ、活用表を全て覚えるのは効率が悪いしさしたる効用もない。だから、「せ」が何かが判らないのは無理からぬところではある。
だいたい学校でも、「ない」を付けてみろとは教えても、「ん」を付けてみろとは教えないはずである。
教えないのは道理で、例えば「行く」の場合、「行かない」としても「行かん」としても、同じ「行か」という形である。そしてこれは、「行く」(五段)の場合にだけ起こるのではなくて、「見る」(上一段)でも「覚える」(下一段)でも「来る」(カ変)でも同じである。
「ない」を付けた時と「ん」を付けた時とで形が変わるのは、サ変に限った話なので、それだけのためにすべての動詞に「ん」を付けてみるのは無駄なことこの上ない。
だから、「する」の未然形「せ」は、理由もなく丸暗記せざるを得ない。
サ変の活用が、古典文法では「せ・し・す・する・すれ・せ」だったのが、現代文法では「し・し・する・する・すれ・し」に、基本的には変わって来たのである。つまり、上二段のように変化して来ている(ただし終止形は連体形に合流している)のだけれども、未然形と命令形とに、古典文法のサ変の名残たる「せ」が僅かに残されているわけで、活用としては不安定な状態なのだと思われる。

さて、例のように結論もまとまりもない話を書いているのは、この正月に実家から持って来た、直木三十五の『仇討二十一話』(講談社文庫)を読んでいて、ちょうどこんなものを見つけたからである。

宗矩の高弟である又右衛門も多少この辺の事は心得ていたらしい。腰の一件も、強敵桜井半兵衛を斬倒していた時だから、
「腰ならいい」
と撲らしておいたとも云える。少くもその腰を撲った小者を、刀で払いはしたが斬らなかった所を見ると対手にせなかったものらしい。(「鍵屋の辻」P40L18)


サ変の未然形の「せ」は正にこれなのだけれども、現在ではこういう言い方は、まずしないだろう。とはいえ、このような実例があるにはあるのだから、文法事項として説明ができなければならない。
現代文法(口語文法)の、難しいところである。








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