ジョニー・ウィンター視聴月間(4)

リック・デリンジャーと組んで、自分の好きな音楽ができなくなって、'no more rock'n roll' と言ったとかいうジョニーなのだが、ジョニー・ウィンター・アンドが消滅してソロに戻った後も、リックのプロデュースによるアルバムが続く。

"STILL ALIVE AND WELL"
  ~『スティル・アライブ・アンド・ウェル』~
(1973年)

スティル・アライヴ・アンド・ウェル(紙ジャケット仕様)

"STILL ALIVE AND WELL"、これを敢えて意訳すれば「元気です」。「たくろうか!」というのは誰もが突っ込みたくなるところ。
ヘロイン中毒による(らしい)入院明けの作品だけに、どうにも自虐的な印象がある。

"SAINTS & SINNERS"
  ~『テキサス・ロックンロール』~
(1974年)

テキサス・ロックンロール(紙ジャケット仕様)

"SAINTS & SINNERS" のどこから『テキサス・ロックンロール』なんていう邦題を思いつけるのだろうか?
思いもよらない日本語に訳してしまうのならまだしも、全然別の横文字に変えてしまうとは…。
ただし、この頃のジョニーには、このタイトルよりもっとスマートでポップなイメージがある。

ジョニー・ウィンター視聴月間(3)

名盤『セカンド・ウィンター』を発売したものの、セールス的には芳しくなかったようで、大枚の契約金(本当は100万ドルではなかったらしいが…)をはたいたCBSがテコ入れして(?)、リック・デリンジャーらと結成されたバンド。その名も「ジョニー・ウィンター・アンド」。何だか坐りが悪い気がするけれども、けっして「ジョニー・ウィンター・バンド」の誤りだったりはしない。

"JOHNNY WINTER AND"
  ~『ジョニー・ウィンター・アンド』~
(1971年)

ジョニー・ウィンター・アンド(紙ジャケット仕様)

ややポップな路線に転向し、セールス的には成功を収めたようである。そういう意味では、リックはかなり天才的なセンスを持っている。
この時期のジョニーとリックの影響には、好き嫌いが分かれるけれども、リックが書いた Rock And Roll, Hoochie Koo(ロックン・ロール・フー・チー・クー)が名曲であることは、疑いがない。

"LIVE"
  ~『ライヴ』~
(1971年)

ライヴ

さらにポップな路線に突き進んだライヴ・アルバム。聴いていて楽しいのは、間違いがない。

"CSNY 1974"

「ジョニー・ウィンター視聴月間」を始めたばかりで何だが、先ごろ発売されたこのアルバムは外せない。

CROSBY,STILLS,NASH & YOUNG "CSNY 1974"

CSNY 1974(初回生産限定盤)

「未発表ライヴ音源」というのはマニア心を擽って大枚叩かせる定番の商法だけれども、発表されなかったのも宜なるかな、となるのもまた定番で、たいていは期待したほどのことはない。
そのうえ、CD3枚組全40曲などというのは、途中で飽きてなかなか聴き通せるものではない。16曲入りの『エッセンシャル』で、十分満腹できるはずである。…とは思ったが、フル・ヴァージョンがあるのであればどうしてもそちらを手に取ってしまうのが人情である。
で、聞いてみた結果、これは素晴らしい。一気に聴き通しても、まだまだ聴き続けたい気分にすらなる。アルバムの中に1曲や2曲はありそうな「捨て曲」が、一切ない。
のみならず、ライヴ映像を収めたDVDまで付いている。お世辞にも高画質とは言えないけれども、これがCDにも増して素晴らしい。

こういうボックス・セットは儲かるのか、最近良く目にするけれども、『アナザー・セルフ・ポートレイト』を買うくらいなら、これを買うべきである。
[ 2014/07/24 21:36 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

飛鳥山公園のタコ

(Canon EOS20D + EF-S17-85mm F4-5.6IS USM)

ようやっと関東も梅雨明けしたらしい。それで、夏らしい写真を、と思ったのだが、まだ何も撮っていない。それで、昔撮って使わずにいた写真を、意味もなく上げておく。飛鳥山公園のタコ。
これが夏らしいかといえば疑問だけれども、強いて言えば、この時もずいぶん暑かった記憶がある。
いよいよ夏本番である。
[ 2014/07/22 21:55 ] 旅・散策 公園 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

ジョニー・ウィンター視聴月間(2)

"SECOND WINTER"
  ~『セカンド・ウィンター』~
(1970年)

セカンド・ウィンター

『ジョニー・・ウィンター』に続くセカンド・アルバムだから『セカンド・ウィンター』。ジョニーのアルバムのタイトルには、こんな無造作なものが多い。

このアルバム、アナログ時代は2枚組でC面まであったらしい。LPレコードの盤面が奇数というのは本来ありえないのだけれども、D面には溝が切っておらず、ツルツルの状態だったそうである。
レコード盤は、溝の間隔を狭めればより多くの曲を収めることはできるけれども、その分、音量レヴェルを下げざるを得ない。
音質を犠牲にすることには妥協できず、かと言って曲を削ることもできない…その変則的な形態は、完璧な状態に作り上げたという自負の現れなのだろう。(もっとも、日本盤は無理矢理1枚に収めてしまっていたようだが…。)
それだけに、ジョニー初期の代表作と言うのに躊躇しない出来栄えだと思う。

ボブ・ディランの名曲 HIGHWAY 61 REVISITED (追憶のハイウェイ61)のカヴァーを収める。これが、素晴らしい。

ジョニー・ウィンター視聴月間(1)

先日、ジョニー・ウィンターの訃報に接して、一人ジョニー追悼月間を行なうことにした。
とにかく、片っぱしから聴いて行く予定である…と言っても、すべてのアルバムを揃えていたかどうか、現時点では確認していない。
1箇月は掛からないはずだが、とはいえ1週間では終わらないだろうと思うので、とりあえず「月間」ということで。

"JOHNNY WINTER"
  ~『ジョニー・ウィンター』~
(1969年)

ジョニー・ウィンター

まずは、100万ドルのブルーズ・ギタリストとしての鳴り物入りのメジャー・デビュー作。
強いて言えば、もっとシンプルなバンド編成の方が、ジョニーの良さが際立つのではないかと思うのだけれども、ジョニーを聴くならまずはここから…なのは間違いない。

柳家小三治

今日はおめでたいニュース。

人間国宝に柳家小三治さんら7人

伝統的な芸能や工芸の分野で高い技術を持つ重要無形文化財の保持者、いわゆる人間国宝に、古典落語の柳家小三治さんら7人が新たに認定されることになりました。 

人間国宝に認定された十代目柳家小三治さんは東京生まれの74歳。高校を卒業後、昭和34年に、五代目柳家小さんに入門し、昭和44年、真打ちに昇進すると同時に師匠の前の名前である柳家小三治を襲名しました。
小三治さんは、江戸の町に生きるあらゆる登場人物を巧みに演じ分ける卓越した人物描写で知られ、「厩火事」や「長屋の花見」など柳家伝統のこっけいばなしを軸に、本格的な古典落語をひょうひょうと語る芸風で人気を集めています。落語家で人間国宝に認定されたのは、小三治さんの師匠で12年前に亡くなった五代目柳家小さん、現役の上方落語の第一人者、三代目桂米朝さんに続き3人目です。人間国宝に認定されたことについて小三治さんは、「認定の知らせをいただいたときはとてもうれしかったです。ただ、私にとっては寄席に来るお客さん1人1人が私の審査員で、皆さんが喜んでくださることがいちばんうれしいことです。私は落語が好きですから、これからも自分が信じる道を追い求めていきたいです」と話しています。


物故者を別にすれば、最もよく聴いている噺家である。
人間国宝になるとは思っていなかったが、ほかに誰かいるか? と考えた時には、やはりこの人しかいないだろう。

とにかくめでたい。
[ 2014/07/19 22:52 ] 古典芸能 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

訃報・ジョニー・ウィンター

今朝の新聞から目に飛び込んで来た記事。

ジョニー・ウィンター氏死去(米ブルースギタリスト、シンガー)

ジョニー・ウィンター氏(米ブルースギタリスト、シンガー)AFP通信によると、16日、滞在先のスイス・チューリヒのホテルで死去。70歳。死因は不明。欧州コンサートツアー中だった。
テキサス州ボーモント出身。5歳でクラリネットを始めた後、ギターに転向。1968年に米誌「ローリング・ストーン」に絶賛され、人気を獲得した。B・Bキングと共演するなど、ブルースミュージシャンの第一人者として活躍した。
東日本大震災直後の2011年4月に初来日し、今年4月にも日本公演を行った。新作アルバムを9月に発表する予定だったという。(時事通信)


一時期は自立歩行もままならないような状態(薬物の影響だともいう)だったのが、最近では海外公演を精力的にこなせるまで体調を回復していたらしい中での突然の訃報だった。
ジョニー・ウィンターを知ったのは、忘れもしない、NHKテレビで放映されたボブ・ディランの30周年記念コンサートだった。ジョニーが登場してギターを掻き鳴らした途端に、バック・バンドのG.E.スミスが、驚いたような、とてつもなく嬉しそうな顔をしていたのが印象的で、その後持ち前の超絶テクニックで Highway 61 Revisited(追憶のハイウェイ61)を速弾きしまくる姿に衝撃を受けた。
「100万ドルのギタリスト」というキャッチ・フレーズは有名だけれども、「白すぎる白人の弾く黒すぎるブルース」なんていうようなのも、嘗てはあったらしい。今見るとそれはどうかと思うけれど…。

助詞「に」まとめ

公正と信義に信頼して」で1例を上げた、「を」とした方が良いかにも思える「に」。
これまで断片的にメモして来た用例を、ただ自分のために改めてまとめて列挙しておく。順不同。

でも、ちょっと考えてごらんなさい。」と、ダブダブがいいました。「きっと、何か思い出すからね。……みんな、この子にせっついてはだめです。」と、ダブダブは、ほかの者にささやきました。(ヒュー・ロフティング作・井伏鱒二訳『ドリトル先生の郵便局』)

まわりには描き上げた緑色の紙が一ぱい拡げてあった。弟は祖母の後でさっきから目を赤くして雑誌に読みふけっていた。(佐多稲子『キャラメル工場から』)

が、同時にわれわれは、漢字のこういう長所に信頼しすぎた結果、言葉は一つの符牒であると云うことを忘れて、強いて複雑多岐なる内容を、二字か三字の漢字の中へ盛り込もうとするようになりました。(谷崎潤一郎『文章読本』「文章の要素」)

お蓮は目を外らせた儘、膝の上の小犬にからかつてゐた。(芥川龍之介『奇怪な再会』)

彼はこの寂しさに悩まされると、屡山腹に枝を張った、高い柏の梢に上って、遥か目の下の谷間の景色にぼんやりと眺め入る事があった。(芥川龍之介『素戔嗚尊』)

然し君は一体何んな事を云って、彼奴に調戯ったのかい。(夏目漱石『明暗』下・116)

彼は一番始めに斯んな事を云って津田に調戯った。(夏目漱石『明暗』下・119)

母から掛り付けて来た産婆に信頼している細君の方が却って平気であった。(夏目漱石『道草』82)
※これはたぶん、今まで取り上げていなかったと思われる。

ウンディーネは一所懸命二人に手伝っていたが、雨を混えた風が急に思ったより早くごうっとばかりに近づいて来たのを見ると、重く垂れた雨雲を戯れに脅かかしながら叫んで言った。(フーケー作・柴田治三郎訳『水妖記(ウンディーネ)』その五)

「どういう趣旨で禁じたのか知らぬが、藤堂候では、いまの薩長の政府に面白くないだろう。どのみち、洒落のわからぬ奴らが、ひょいとした思いつきを前後の考えがなく、新しい触れを出しては手柄をしたつもりでおるのだ。なっていない。兎のどこが悪いというのだ」(大仏次郎『幻燈』陸蒸気)

かれらは容保に諌止するために騎馬をもって会津若松を出発し、夜を日についで江戸に入り、容保に拝謁した。(司馬遼太郎『王城の護衛者』3)

客がそう読んで長居をてれるからおかしいので父は面白がっていたが、今では私がたった一つ父の遺物にこれだけ所蔵して客間にかけている。(坂口安吾『石の思い』)
※あるいはこれは「を」ではなく、「~の中で」という意味合いで取った方が良いのかもしれない。

背の低い、癖毛の一寸美しい芸者が何か末松に揶揄いながら暗い道で謙作の手を握った。(志賀直哉『暗夜行路』後篇・第三・15)

謙作達はこの一っこくのような所のある、勝気な看護婦に信頼していた。(志賀直哉『暗夜行路』後篇・第三・19)

「公正と信義に信頼して」

我が家で購読している産経新聞に、こんなインタヴュー記事が載っていた。

究極の目標は自主憲法制定です。憲法の前文はメチャクチャな日本語だ。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…」は、正しくは「公正と信義を」で、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ…」は、「欠乏を免れ」だ。助詞の間違いは日本語の文体を乱し、みにくい印象しか与えないんでね。国家の基本法を正しい日本語に直すことが自主、自立です。
安倍晋三君が首相でいる間に憲法改正をやってくれないとね。「日本語として間違っていますから前文だけ変えます」と言えばいい。とにかく助詞を変えるだけで、「9条はいじりませんから」と。朝日新聞だって日本語をしゃべり、日本語で新聞を書いているんだろうから、まさか「それは間違っている」とは言わないだろう。(単刀直言。7月9日)


石原慎太郎議員のいつもどおりの「自主憲法制定」の必要性を訴える主張ではあるのだが、政治的・思想的な観点からではなく、日本語の問題として取り上げているところが興味深い。定着しているタカ派のイメージが嫌気されるのを回避するためか、今回はソフトな路線で攻めている。

さて、記事の中身だが、「自主憲法制定」が石原議員の政治信条なのだから、それ自体をとやかく言うつもりはない。政治家が自らの政治信条に則って発言するのは、当然のことである。が、この主張はいただけない。
これをメチャクチャな日本語とする根拠が判らないのである。「から」が妥当な表現なのかどうかについては材料を持っていないのだけれども(注1)、「公正と信義に信頼して」については物申しておく。

こういう表現が日本語の文体を乱し、みにくい印象を与えるのだとすると、次に上げる例のようなものも、日本語を乱す元凶になっているということなのだろうか。
以前も取り上げたものではあるけれども、改めて一例を上げておく。

謙作達はこの一っこくのような所のある、勝気な看護婦信頼していた。(志賀直哉『暗夜行路』後篇・第三・19)


リンク先のエントリおよびその他の関連エントリを見れば判ると思うけれども(注2)、「公正と信義に信頼して」というのは、けっして日本語としてメチャクチャなものではないのである。
もしそれでもメチャクチャだというのなら、日本語の文体を乱した元凶の一人である芥川龍之介の業績を記念して制定された文学賞の受賞は、今からでも辞退したほうが良い。

むろん、現代において常用される表現でないことは確かだけれども、だからそれがメチャクチャな日本語だという断定は短絡である。
現代の日本人が拠って立つ法律なのだからそれに相応しい現代の言葉に変えるべきだ、という主張なのならともかく、そういうニュアンスは感じられない。
どんな主張であれ、正しい知見に基づいて発言すべきである。