節分の名残

柊鰯

柊鰯。…言わずもがなだが。

(SONY NEX-6 + Carl Zeiss Sonnar T* E24mm F1.8ZA)
[ 2015/02/28 23:59 ] 自然・季節 風物詩 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

坂東三津五郎

坂東三津五郎さんご逝去

歌舞伎俳優の十代目坂東三津五郎<ばんどう みつごろう、本名:守田 寿=もりた ひさし>さんが、2月21日(土)午前2時3分、東京都内の病院でご逝去されました。享年59。謹んでご冥福をお祈りいたします。(歌舞伎美人)


2012年に中村勘三郎が57歳で逝去したのに続いて、その盟友だった三津五郎が、59歳の若さで逝ってしまった。何とも言葉がない。
昔々見たっきりだけれども、魚屋宗五郎は最高にカッコ良かった。
[ 2015/02/25 00:39 ] 古典芸能 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

読みの甘さ

先日、志賀直哉の「ある一頁」の一場面で、東海道線の三等客車のシートについて、下記のように書いた。

「背中合せ」になったのは集団離反式のクロス・シートの中央部の座席だった可能性もある、などというのはヘリクツで、常識的に言えばボックス・シートだったと考えるのが妥当だろう。


これを読み返してみて、実に詰めの甘い考え方であることに気がついた。

この場面では、「客車の隅に居た高等学校生徒と、彼と、其他僅の人を除いて」寝ているのである。
件の「彼と背中合せにゐた、商用で大阪へ行くと云ふ六十近い油切つた洋服の男」と「浅草の常磐の料理人をして居たと云ふ三十四五の男」が「其他僅の人」に含まれないことは、「寝ながら」によって明らかである。この2人は、それぞれ2席を専有して寝ていたのである。
それが、「カナリ遅くまで大きい声で話して居た」のだから、この2人は向い合っていたと考えるのが自然である。
集団見合い式のクロス・シート中央部であれば向い合うことはできるけれども、それでは「背中合せ」が成立するためのヘリクツ「集団離反式のクロス・シートの中央部」と両立しない。つまり、クロス・シートではこの状況は発生しえないのである。
この客車の座席をボックス・シートと考える所以である。

むろん、本当にこの問題を論じようとしたら、明治時代の客車の仕様の調査が必要なのだろうけれども、これはそういう意図ではなく、「文章を丁寧に読むこと」が趣旨である。先の読みに丁寧さを欠く恨みがあったので、その反省を籠めて無用のことを追記したのである。

……いろいろな場合を一つ一つ考えてみて、理屈に合わないのを消していってみようではありませんか。――Ellery Queen

重願寺もしくは未年年賀状素材

今頃になって、今年の年賀状素材をアップしていないことに気がついた。
アップしなかったところで誰も迷惑するわけではないけれども、折角気がついたのだから、旧暦1月1日を期に上げておく。
ただし、あまりのネタのなさに、例年にも増して大したものではない。

羊は、十二支に入っているにもかかわらず、日本人には馴染がなかったのだろう、古い造形物を見かけることがとんとない。
それで、こんなものでお茶を濁すことになった。

重願寺

重願寺(江東区猿江)の羊。
この寺は、鬼平犯科帳で澤田小平次の剣術の師である松尾喜兵衛が葬られた寺とされている。むろん創作だが。

(Panasonic LUMIX DMC-LX3)
[ 2015/02/19 00:00 ] 自然・季節 風物詩 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

ボックス・シート

以前、芥川龍之介の「蜜柑」に出て来る横須賀線の客車がロング・シートだったことを書いたことがあるが、これは逆にボックス・シートの事例。
なお、「蜜柑」は横須賀線の二等客車、こちらは東海道線の三等客車である。

志賀直哉の「ある一頁」より。明治44年(1934)に発表された作品。

汽車が新橋を離れると、客車の隅に居た高等学校生徒と、彼と、其他僅の人を除いて大概の客は皆寝支度にかかつた。彼はこれを夜汽車に乗つたと云ふ観念に捕はれてする所作だと解して居た。然し、暫くして、それは新しく乗つて来る客に対する用意であると心づいた。国府津へ来て、起きてゐた彼は果して半席人に譲らねばならなかつた。(新書版『志賀直哉全集/第一巻』P109〜110)


「半席」というだけでも、おおよそ座席の形状は想像できようけれども、この直後の描写から、ただのクロス・シートではなく、ボックス・シートであったことが判る。

車中の人々は段々と眠つて了つた。彼と背中合せにゐた、商用で大阪へ行くと云ふ六十近い油切つた洋服の男と、十四年前に東京へ出て、浅草の常磐の料理人をして居たと云ふ三十四五の男だけが寝ながらカナリ晩くまで大きい声で話して居た。


「背中合せ」になったのは集団離反式のクロス・シートの中央部の座席だった可能性もある、などというのはヘリクツで、常識的に言えばボックス・シートだったと考えるのが妥当だろう。

それにしても、自分の隣に誰かに坐られないために2人掛けの席に横になってしまうのは、現代の感覚ではいかがなものかという気がするけれども、従前にはそれがふつうだったのだろう。「半席」という言い方も、本来は一人で専有すべきもののようなニュアンスがある。
時代によって、物の考え方、感じ方は変わるものである。「蜜柑」の主人公は煙草を吸っているけれども、ロング・シートの客車に灰皿が設置されていたとも思われない。三四郎だって当り前のように窓から弁当の折を投げ捨てているわけだし…。

氷川神社(板橋区蓮沼町)

氷川神社(板橋区蓮沼町)。

氷川神社

それほど古くはなさそうだけれども、なかなか良い狛犬。

氷川神社 氷川神社
氷川神社 氷川神社
氷川神社 氷川神社

(SONY NEX-6 + E PZ 16-50mm F3.5-5.6 OSS & Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4)
[ 2015/02/15 00:08 ] 狛犬 東京/板橋 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

武者走り(昭和型)

武者走り

むろん鶴ヶ城のそれには、遠く及ばないが…。

(SONY NEX-6 + SIGMA 30mm F2.8DN)
[ 2015/02/07 23:59 ] 旅・散策 散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

おいしそうな廃墟

おいしそうな廃墟

実際のところ喰べられる実なのかどうかは判らないが…。

BGM:David CROSBY Grahm NASH "Love Work Out"…というのは、「あまたみゆる人まねのやうにかたはらいたけれど」、ここを通り掛かった時に偶々聴いていただけに過ぎない。

板橋区蓮沼町にて。

(SONY NEX-6 + SIGMA 30mm F2.8DN)
[ 2015/02/06 22:22 ] 旅・散策 散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

1912

昔々神田万世橋に交通博物館があったのだが、老朽化していまの鉄道博物館にその機能が移転された。その後長いこと跡地は何にも使われずにいたのだが、暫く前にその場所に複合商業施設「マーチエキュート神田万世橋」が建てられた。
古い建物を取り壊して新たなものを造ったのではなく、旧万世橋駅高架橋などの遺構を活かしたまま新たな施設が造られているのである。
その遺構の一つがこれなのだが、名付けて「1912階段」と言う。
万世橋駅の開業が明治45年(1912)。その時に造られた、プラット・ホームに上がるための階段で、交通博物館時代には閉鎖されていたものだが、それを利用して、新たに整備した「2013プラットホーム」に行くことができる。ほかに、交通博物館開館時に造られた「1935階段」もある。
まったく粋なことをしたものだ。

1912階段

「2013プラットホーム」では、ホームの跡だから当然のことながら、左右を通過する電車(中央線)を見ることができる。

(SONY NEX-6 + SIGMA 30mm F2.8DN)
[ 2015/02/05 11:44 ] 旅・散策 散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ラドリオのコーヒー

先日、何年ぶりだかも覚えていないくらい久しぶりにラドリオに入った。
いきなり「ラドリオ」と言われても、知らない人は知らないだろうけれども、知る人ぞ知る、神田神保町にある喫茶店である。夕方以降はアルコール主体のメニューに変わるから、バーとしてのイメージが強い人も多いかもしれない。
ここは文豪たちが多く立ち寄ったことで有名な店で、古本屋街を歩き回った足休めだけでなく、近くにある山の上ホテルに缶詰になって原稿を書いている合間に息抜きで訪れることもあったようである。
似たような逸話を持つ喫茶店はいくらもあるのだろうけれども、その中でもラドリオは特別な存在である。裏通りにあって、知らずにふらっと立ち寄れるような立地でないことも、心をくすぐるものがある。

このラドリオ、もう一つ有名な点があって、日本で初めてウィンナー・コーヒーを提供した店らしい。
それで、この店では「コーヒー」というとウィンナー・コーヒーが出て来る。だから、ふつうのコーヒーが飲みたければ、「ブレンド」と注文しなければならなかった。
僕が頻繁に行っていた20年前くらいには、新しい客(むろんぼくもその1人)にはそれが通じなくなっていたからか、「コーヒー」と頼むと「ウィンナー・コーヒーでよろしいですか?」と聞き返されて、それに対して「はい」か「いいえ」かを答える必要があった。
とはいえ、そのやりとりを省略するために、最初から「ウィンナー」とか「ブレンド」と注文するのは、素人のやることである。 ラドリオで通ぶるためには、この店で「コーヒー」と言えばウィンナーに決まっているのだから、注釈なしの「コーヒー」を頼むべきで、問い掛けに対して当然のように「はい」と答える手順を踏まなければならない。

それで、久しぶりに訪れた今回も、当然「コーヒー」と注文したのだが、返って来た問いは「ブレンドでよろしいですか?」だった。
問い掛けに対して「いいえ」と答えるのは、相手の期待に反するようで若干心苦しい気がするけれども、そこで妥協して「はい」と答えるくらいなら、最初から「ブレンド」と注文すれば良かったのだから、ここは初志貫徹、少々戸惑いながら「いいえ」を返した。

むろん、客商売である以上、ウィンナーよりブレンドを注文する人が多くなって来たのであればそれに合わせた接客をするようになるべきなのは言うまでもなく、暫くぶりで訪れた客ごときが、以前との変化をとやかく言う筋合いのものではない。

要は、通ぶったことを書いてみたかっただけなのである。
[ 2015/02/04 13:33 ] 理屈・屁理屈 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△