「ほのぼの」についてのメモ

しばらく更新せずにいたので、ずいぶん前に書いて没にしてあった下書きを、掘り起こして来た。

『金葉和歌集』に、次のような歌がある。

  山家暁月をよめる 中納言顕隆
山里の門田の稲のほのぼのと 明くるを知らず月を見るかな(215番歌)


新日本古典文学大系によれば、「山里の門田の稲の穂がほんのりと明るくなって、夜が明けて行くのも知らずに月を眺めていることよ」という内容の歌だという。
この訳を見ても、どういう意味だか良く判らないのだが、月を眺めているうちに朝になって「山里の門田の稲のほ」に日が射して来たけれども、空が明るくなって来たことに気づかずに月を見続けていたということなのだろうか。なお、岩波古語辞典によれば、「ほのぼの」は、「あけぼののうす明るいさまさま」を指す語だという。
ふつうに考えれば、そんなことがあるはずがない。何かに夢中になっていて別のことに気づかなかった、ということはあるにしても、月を見ていて空の明るさの変化に気づかないわけがない。もし気づかなかったとしたら、よほど迂闊である。
顕隆が迂闊な歌を詠み、それを撰者が迂闊にも採録したと理解するか、それともこのありそうもない解釈を改めるか、と言えば、むろん後者を前提に、考えるべきだろう。

現代の小説に、「月に見とれていて、空が明るくなったのに全然気づかなかった」などと書かれていたら鼻白む人でも、古典文学に同じようなことが書かれていると言われると、現代と古代とは違うものだという先入観からか、いとも簡単にさもありなんと納得してしまうことが少なくない。
古典を読む時には、こういうすこし考えれば誰にでも簡単に気づける非常識を、疑いながら読まなければならない。

ふくろう

しばらく前に、柴又帝釈天にお参り…というような殊勝な了見ではなく、観光に行った。
かなり以前に行った時には、もっと閑散としていた印象があったのだが、ずいぶん混み合っていて、大人気観光地の様相を呈していた。むろん、参道の狭さにも混雑の一因はあるのだろうが。

その時に、参道商店街で土産に買って来た木彫りのふくろう。

ふくろう

良く見ると、胎内ふくろうがいる。何でも、外側から彫り込んでいるのだそうである。

ふくろう

(SONY NEX-6 + Carl Zeiss Planar T*50mm F1.4 & YASHICA ML MACRO100mm F3.5)
[ 2015/11/07 00:16 ] 旅・散策 散策 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

"Singles As, Bs & 12 Inches"

Osibisa "Singles As, Bs & 12 Inches"

OSIBISA

「ワン・トゥー・サンシャイン!」でお馴染み…かどうかは判らないが、オシビサのアルバムが出るという情報を入手して注文した…のだが、 輸入盤だから、海外から取り寄せていたと見えて、1箇月近く掛かって漸く手許に届いた。
どういうものかは正確には判らないが、シングルのA面、B面と12インチ・マキシ・シングルに収められた曲を集めたものらしい…などというのは、タイトルを見れば誰にでも判る。それ以上のことは判らない。

CD4枚組全69曲が収められている。それで、通常の1枚ものとおっつかっつの値段なのだから、これは買いである。
僕が既に持っていたCDに収められている sunshine day は、冒頭に書いた掛け声で始まるバージョン(以後、「123バージョン」と勝手に呼称)ではなかったのだが、このCDには、その「123バージョン」が収められていた。が、あのウィークエンド・サンシャインのオープニング・テーマになっているバージョンとも、微妙に違うようではある。
sunshine day だけでも、それ以外にバージョン違いで2曲、どれも僕の持っているものとは違うテイクが収められている。それ以外の曲もバージョン違いが収められていて、マニアックな感はあるのだけれども、バランス良く配置されているから、それほどコアなファンでなくても、ふつうに楽しめるだろうと思う。

なお、オシビサはアフロ・ロックという良く判らないジャンルに属するらしい。在英のアフリカ・西インド諸島出身者のグループ、というのも何だか混沌としていて良い。

[ 2015/11/02 23:52 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす(27)

だいぶ以前に読んだ、アストリッド・リンドグレーン作・尾崎義訳『さすらいの孤児ラスムス』(岩波少年文庫)より。
子供のために買って来た本だから、本当は附箋は貼っていない。

本書自体は2003年の発行だが、あとがきと訳者の没年とから、1965年の訳と見られる。

オスカルはうす暗がりのなかを、リュックサックをしょって歩いていった。そして乾草納屋の車道をのぼっていった。ラスムスは、オスカルがその納屋の大きい戸をあけるのを見た。それから、オスカルの姿はそのなかに消え、それきりもうオスカルは見えなくなってしまった。(P282)


引っかからなければ、まったく引っかからずに読むことのできる文なのだけれども、そこをあえて引っかかってみる。

「ラスムスは、オスカルがその納屋の大きい戸をあけるのを見た。…それきりもうオスカルは見えなくなってしまった。」というのは、作者がラスムスの視点で書いたものだけれども、それと同一の文として書かれている、「オスカルはうす暗がりのなかを、リュックサックをしょって歩いていった。そして乾草納屋の車道をのぼっていった。…それから、オスカルの姿はそのなかに消え、」というのはオスカルの行動を書いたものである。
もっとも、「それから、オスカルの姿はそのなかに消え」という部分は、ラスムスの視点で書いたものとも見做せそうだけれども、どちらかといえば作者の視点と見た方が、良いように思う。
「オスカルの姿がそのなかに消え」とあれば、ラスムスの視点だけれども、「オスカルの姿は」とあることで、作者の視点とラスムスの視点とが微妙に交差する文なのではないかと感じるのである。

事柄を伝えるには、客観的な描写の方が優れているのは言うまでもないけれども、登場人物に寄り添った表現の方が、読者に親近感を沸かせることがでて、作品の世界に没入しやすい。
特に、ラスムスは想定される対象読者と年齢の近い少年だから、ラスムスに近しい視点で描くことで、より読者の興味を惹くことができるのではないか。

そうだ、おれたち、家だって自由にできるんだ。できなくって、たまるもんか。まあざっと、こんな家、これをおれたちの家に決めようや。(P298)


「できなくって」が目に止まって取り上げた。
条件接続として「できなければ」という言い方にした方が、論理性の高い文になるとは言えようが、「なくって」という列叙接続が使われている。以前取り上げた、漱石の「不人情でなくって」と類同の表現である。

※翻訳の文章は、原文にどうあったかが大きな問題になりうるけれども、あくまでも原文と訳文は別のものという立場から、日本語の問題として、取り上げるのである。