『青蛙堂鬼談』

特に何かを買うわけではないのに、一と月に文庫本1 冊買えるくらいのポイントが貯まるサイトがあり、しかもそれが期間限定のポイントなので、それでふつうなら買わないような文庫本を捜して買うことがある。
それで、最近買った本。

岡本綺堂『青蛙堂鬼談 岡本綺堂読物集二』(中公文庫)

青蛙堂鬼談


僕の性格からすると、「一」を読まずに「二」を読むのはどうにも気持ちが悪い。仮に読まないにしても「一」を持っていないというのがどうにも落ち着かない。短篇連作で「一」と「二」との間に特段の連関がないとはいえ、である。
それが何故に「二」を買ったのかというと、そのサイトの商品ページで書名にサブタイトルが併記されておらず、「二」だということに気づかなかったからである。実に出来の悪いサイトである(だからそのサイトにはリンクを貼っていない)…が、実質的にはロハで貰ったようなものだから、これ以上文句は言わない。

さて、この本を読んで何が驚いたかと言うに、2012年初版のものであるにもかかわらず、旧かなづかいで書かれていることである。内田百閒ですら新かなづかいに改められて久しく、今や国文科の学生でも旧かなづかいの作品を読みこなすことが覚束ない状況である。「当時の読本の雰囲気を伝えるべく」(編集部)したことだと言うけれども、ずいぶん思い切ったことをしたものだと思う。それが2014年に再版されていることは、もっと驚きだが。

「鬼談」というタイトルから想像が付くように怪談(と断定して良いかどうかは判らないけれども)だけれども、ただ恐怖を煽り立てるような派手なものではなく、 さほど怖いわけではない。が、面白い。文章が実にしっかりとしていて良い。
岡本綺堂の小説は「半七」しか読んだことがなかったのだけれども、それとはひと味違ったじっくりと読ませる話である。

続き…というか、「一」から、改めて読んでみたいと思う。

ノーベル文学賞2016(その11)

ボブ・ディラン、来年ストックホルムでノーベル賞受賞の記念講演を開催か

今年のノーベル文学賞の受賞が決まったボブ・ディランが、2017年にノーベル賞受賞の記念講演を開催する可能性があることが報じられた。

これは文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーが明らかにしたもので、来年スウェーデンのストックホルムで自身のコンサートを予定しているディランだが、アカデミーはそれが記念講演を同地で行う「絶好のチャンス」であるとしている。

ノーベル文学賞受賞の条件としては受賞後6カ月以内のストックホルムでの講演が挙げられており、アカデミーはこの講演を「ぜひ実現してほしい」とかつてコメントしていた。

ちなみにディランは今年12月10日にストックホルムで行われる授賞式は「先約」があるために欠席することがわかっている。(RO69)


なんだ、ディランがやるって言ったんじゃないのか。
とすれば、ふつうに歌を歌って、これが記念講演だと嘯いたりする可能性も、ないではない。

ノーベル文学賞2016(その10)

ノーベル文学賞
ディランさん、授賞式欠席「先約がある」


ノーベル文学賞の選考に当たったスウェーデン・アカデミーは16日、今年の同賞受賞者に決まった米シンガー・ソングライター、ボブ・ディランさん(75)が12月10日にストックホルムで開かれる授賞式に出席しないと発表した。「先約がある」との手紙を受け取ったという。(毎日新聞)


さんざ焦らした挙句に受け取ると言ったかと思ったら、今度は「先約がある」などという手紙1本で授賞式の出席を断って来たとしたら、「無礼かつ傲慢」だと言えなくもなさそうだ。
が、 実際のところは、こんなもののようである。

ボブ・ディランさん ノーベル賞の授賞式を欠席へ

ことしのノーベル文学賞に選ばれたアメリカのシンガー・ソングライター、ボブ・ディランさんが、来月10日の授賞式を欠席する意向であることがわかりました。

これは、スウェーデンの首都ストックホルムにあるノーベル文学賞の選考委員会が16日、声明を発表して明らかにしたものです。

それによりますと、選考委員会に15日夜、ディランさんから手紙が届き、この中で、来月はすでに約束があり、授賞式には出席できないと記されていたということです。

また、手紙には、ノーベル賞は光栄なことで、できれば直接、賞を受け取りたかったと書き添えられていたということです。

これについて選考委員会は、過去にもハロルド・ピンター氏やドリス・レッシング氏などが授賞式を欠席したことがあるとしたうえで、「欠席は珍しいことだが異例ではなく、賞がディランさんのものであることには変わりがない」とコメントしています。

選考委員会は、賞金を授与するためには記念講演を行うことが必要だとしていて、「来月10日の授賞式から半年の期限内に、ディランさんが記念講演を行ってくれることを楽しみにしている」としています。

ディランさんは、ノーベル文学賞の発表後2週間余りにわたって沈黙を続けたことから、受賞を辞退するのではないかという臆測が出て、授賞式に出席するかどうかにも関心が集まっていました。(NHK NEWS WEB)


先の記事の記者は、どうしてもディラン=反権威というようなステレオチイプなイメージに宛て嵌めたかったのかもしれないし、もしかしたら、ディランが賞を受け取ることに「がっかり」した1人なのかもしれない。

「賞金を授与するためには記念講演を行うことが必要」だそうだが、としたら、まだひと波瀾あるのかもしれない。

『[文法]であじわう名文』

当ブログの数少ない読者諸兄に告ぐ。
敢えて理由は言わないが、本書を強く推奨し、購入を懇請する。

馬上駿兵『[文法]であじわう名文』

[文法]であじわう名文

以上。

800形

個人的には、ここ最近のニュースの中ではかなり大きなものに属す。
ボブ・ディランのノーベル賞受賞より大きいと言っても良いかもしれない。

32年の時を超えて デビュー当時の姿で走り出す!
800形 リバイバル塗装車両 登場


京浜急行電鉄株式会社(本社:東京都港区、社長:原田 一之、以下 京急電鉄)では、おもに京急本線の普通電車として活躍している800形車両1編成が2016年11月13日(日)から、装いを新たに“デビュー当時の塗装”にリバイバルし運行を開始いたします。

京急800形は、1978年にデビューした車両で、当社初のワンハンドルマスコンや回生ブレーキを採用した省エネルギー車両です。
斬新なデザインや設計、性能などが評価され、1979年に、鉄道友の会より当社として初のローレル賞を受賞しました。
デビュー当時は、側面の窓周りを広幅に白く塗り分けるデザインでしたが、1982年から1984年にかけて現在の塗装に変更されました。
今回、約32年ぶりにデビュー当時の塗装に塗り替え、リバイバル塗装記念ヘッドマークを取り付け、京急線内を疾走します。(KEIKYU WEB)


忘れもしない小学校6年生の時、同級生の京急マニアが、京急の広報誌を持って来た。後に『なぎさ』と名を変えるが、当時は(たぶん)『京急インフォメーション』と言っていた。
京急と言えば、大手私鉄であるにもかかわらず、どことなくローカルな香りを湛えていたが、その表紙に載っていたのは斬新な(と言っても京急の赤と白であるのには違いないが)カラーリングの新型車両の写真だった。
『京急インフォメーション』は1色刷りの地味な広報誌だったが、この号だけはフルカラーで、この車両に籠める期待が子供心にも感じられた。

800形

間もなく中学生になって段々と電車に乗る機会も増えて、特別に電車好きだったわけでも何でもないのだけれども、この車両が来ると何となく嬉しかったのを覚えている。
本線の急行・普通に使われていたから、高校時代には頻繁に乗っていたし、大学以降で快特・特急に乗ることが増えてからも、最寄り駅が急行しか停車しない駅だったから、乗る機会は多かった。

2000形車両がデビューしてから他の京急線車両と同じ窓下の一本線に変更された時には、ちょっと残念な思いがした。それが、当時の塗装で走るというのである。
今では同じく一本線に変更された2000形にもリバイバル塗装の編成はある。が、2000形のリバイバル塗装だけで、当時の姿とは違って、3扉・ロングシート化されてしまっている。
それに比べると、800形は、むろん経年による様々な車体更新がされているとはいえ、ほとんど昔のままで、「KHK」のロゴの付いた扇風機まで残っている。それが、僕が小学生の時に大きなインパクトを受けた塗装の姿で、走るのである。
今や絶滅危惧種の車両で、さらにその中の1編成だけだから、見ること、乗ることができるかどうかは判らないけれども、何とも嬉しいニュースだった。

それで、今日がその営業運行開始の日なのである。
[ 2016/11/13 21:12 ] 旅・散策 京浜急行 | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

附箋を剥がす(30)

『日影丈吉傑作館』(河出文庫)より。

駅の近くの市場の前で、わたしは宮の妻君に別れ、病院に引返した。その短い時間、いっしょにいるのが堪えられないほど、わたしは女を気の毒に思った。(「ねじれた輪」P107)


「妻君」は宛て字だろうが、判りやすい。それはそれとして、過去何度か取り上げた「に」の使い方。

ふいに幸運に眼がくらんだような気持も手伝って、洲ノ木はその晩ひどく酔っぱらい、川本に明日を約して別れてから、やっとの思いで家に辿りついた 。が、目のさめた昨日の今朝は、川本という男が酔ったまぎれに幡随院をきめこんだのを真に受けて、ありがた涙をこぼさんばかりだった、彼の単純さが腹立たしくさえなった。(「吉備津の釜」P139~140)


烏森の飲み屋で偶々同席した男(川本)から就職の世話をするという話をされた次の日の場面。
「幡随院をきめこむ」なんていうことばを目にしたことがなかった。辞書を引いても出て来ない。……が、考えてみたら、幡随院長兵衛は口入れ屋だった。

「やっぱり、ぼくが秘密のミッションを背負いこむことになったな」と、豊岡は愉快そうに笑いながら、いった。
「うちの会社が東南亜に得意先をつくりだした時から、そうなるくさいとは思ってたんだが」(「消えた家」P161)


「……くさい」ということばは、特別珍しいものではない。

(接尾語的に用いて)〔(ア)省略〕 (イ)いかにもそれらしい。「バター」(=西洋風だ)」 (ウ)その程度がひどい。「めんどう―」(『旺文社国語辞典』)


『新明解国語辞典』をみると、「……くさい」の前に来る語は、古い版には「形容動詞の語幹」とあり、最近の版にはそれに「体言またはそれに準ずる句」が加えられている。「うそくさい」とか「ばかくさい」とか。
「そうなる」というようなことばが前に来るのは、あまり見たことがない。

大学を出て、親父さんの自動車修理工場の見習いをしてた友人を、一度そこへ連れてゆくと、すっかり料理が気に入り、それから何度かいっしょに行った。(「夢ばか」P190)

私の家があったのは東京のはじっこの町である。そこには、くねくねと曲った舗装のしてない道路を中心に、 平家か二階建ての家が押しならんで、それよりも高い家は一軒もなかった。(「泥汽車」 P229)


著者は 明治41年生まれ。「…ている」「…ていない」ではないことばを使っているのは、珍しいのではないかと思って抽いておいた。

「まったく、顔を見合わす、というのは、ふしぎなことです」と、竪野はうなずきながら訥々とこたえた。(「人形つかい」P193)


形容詞の丁寧な表現の作り方の事例。


球は家にいた。勤めているあいだは、勤め先の秘密にわたるような話はできなかろうが、やめてしまえば、もう義理にしばられる気にもならないだろうと考え、吾来は何か聞きだすつもりで来たのだが、多少は目的を達しられた。(「明治吸血鬼」P281)


「達しられた」が気になった。
「られる」が付いているからには「達し」 は未然形だから、上一段型に活用する「達しる」という動詞かもしれない、コレは発見か? と思って『日本国語大辞典』を引いたらふつうに載っていた。

たっしる【達】〔自他サ上二〕(サ変動詞「たっする(達)」の上一段化したもの)「たっする(達)」に同じ。


が、載せられていた用例は未然形のもの。上二段活用と認定するためにはそれ以外の活用形もなければならない、と思って青空文庫を検索したら、幾つも出て来た。
梶井基次郎「交尾」から、一例を、孫引きする。

その声は瀬をどよもして響いていた。遠くの方から風の渡るように響いて来る。それは近くの瀬の波頭の間から高まって来て、眼の下の一団で高潮に達しる


何とういうことはない。

ノーベル文学賞2016(その9)

もう少し付き合ってみることにする。

ボブ・ディラン ノーベル文学賞受賞会見なし…授賞式出欠も不明

ノーベル文学賞の選考主体スウェーデン・アカデミーは3日、ストックホルムでの12月10日の授賞式に先立つ恒例の文学賞受賞者の記者会見を、今年は行わないと明らかにした。理由は示していないが、受賞者の米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン(75)の意向に沿った判断とみられる。

記者会見は12月6日に設定され、各賞のイベントと共にウェブサイト上で予定が公表されていたが、既に削除された。ディランが12月にストックホルムに来るかどうかとは無関係だとしており、授賞式への出欠は依然不明。

翌7日には恒例の記念講演が予定されており、現段階で削除されていないが、過去には本人が欠席して関係者が代読したり、録画映像を流したりしたケースもある。(Sponichi Annex)


一件落着かと思っていたら、なかなかどうして、12月10日まで興味を繋いでくれそうである。