”Au Kabaret De La Derniere Chance”

例年歳末になると、何故だか訃報を多く目にする気がするが、今年は個人的には気になるものは少なかった、と思っていたのだけれども、最後の最後に入って来た訃報。

仏音楽家のピエール・バルーさん死去 映画「男と女」

フランスのミュージシャンで俳優のピエール・バルーさんが28日、心臓発作のためパリの病院で死去した。82歳だった。

クロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」(66年)に出演。「ダバダバダ~」のスキャットで知られるフランシス・レイ作曲の主題歌で作詞と歌を担い、世界中でヒットした。ブラジル音楽のボサノバを仏に広めたことでも知られる。(朝日新聞DIGITAL)


殊更にバルーの何かを知っているわけではない。「ダバダバダ~」の歌声が彼だったことすら知らなかったくらいである。
が、十数年以前に知人に教えられて知ってから、折に触れて聴いて来たアルバムがある。

”Au Kabaret De La Derniere Chance” ~『ラスト・チャンス・キャバレー』~

Au Kabaret De La Derniere Chance


「ラスト・チャンス・キャバレー」を含む、4つの音楽劇のライヴ・レコーディング。どんな劇だかもまったく知らないのだけれども、何となく映像が浮んでくる気がするような音楽である。

今では廃盤になっているらしい。実に残念なこと。
[ 2016/12/31 21:07 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

つま恋

フォークの聖地「つま恋」、営業終了 「思い出がなくなってしまう」名残惜しむ宿泊客 42年の歴史に幕

「フォークソングの聖地」と呼ばれた静岡県掛川市のリゾート施設「ヤマハリゾートつま恋」が25日、一般向け営業を終了し、42年の歴史に幕を閉じた。施設老朽化で修繕費がかさむ上、利用客も減少し業績不振に陥っていた。同日は満室で、多くの宿泊客らが名残を惜しんだ。

「つま恋」は1974年開業。歌手の吉田拓郎さんが野外コンサートを開いた他、中島みゆきさんや円広志さんらを輩出した音楽コンテストのメイン会場として知られる。(産経新聞)


ぼくは1985年に行った。施設自体はただのだだっ広いところだった以外の印象は残ってはいないのだけれども。
[ 2016/12/26 09:32 ] 音楽・映像 邦楽 | コメント(2) | TB(0) |  TOP△

"The 1966 Live Recordings"

ノーベル文学賞受賞の勢いを駈って、たぶん今年最後のディラン。

"The 1966 Live Recordings"~『ライブ1966』~

The 1966 Live Recordings


1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、ディランがロックに「転向」するというロック史上の「事件」が起こる。
その翌年、ディランは後のザ・バンドを随えてツアーを行なうのだが、その模様はほとんど録音されていたのだそうで、本CDは、その全音源である。
収められている曲は、異なり曲数18で、曲順こそ違え、ほとんど同じ曲が、繰り返し繰り返し36枚ものCDに収められている。延べ曲数296だから、1曲あたり平均16回超、Just Like Tom Thumb's Blues~親指トムのブルースのように~など、22回(内1回は中途半端な感じだが)も聴くことができる。いや、聴く破目になると言うべきか…。
録音状態もまちまちで、特に32枚目以降のものの録音状態は著しく酷く、それ単独では絶対に商品化できないレベルである。聴いて楽しむには、録音状態の良いものを選りすぐれば十分で、それならおおよそCD1枚か、せいぜい2枚に収めることができるはずである。
伝説の「ロイヤル・アルバート・ホール」の演奏が聴きたければ、既にブートレッグ・シリーズに収められて発売されている。それが実はフリー・チェスター・ホールでの演奏だったからと言って、本当の「ロイヤル・アルバート・ホール」の演奏は別に「伝説」なわけではないのだから、無理して聴くほどのこともない。
それでもどうしても聴きたいと言うのなら、同時発売の
"The Real Royal Albert Hall 1966 Concert"~『リアル・ロイヤル・アルバート・ホール』~だけで良く、この年に行なわれたディランのツアーの音源をすべて聴くなんていう苦行は、よほどの物好きでなければ、する必要がない。

ダブル受賞

「みうらじゅん賞」にボブ・ディランや安住紳一郎

12月20日、今年度の「みうらじゅん賞」の受賞者を発表する『輝け!第19回みうらじゅん賞』がGYAO!で独占生配信された。ボブ・ディランやアナウンサーの安住紳一郎らが受賞した。

「みうらじゅん賞」とは、読んで字のごとく漫画家・イラストレーターのみうらじゅんの独断によって選考・贈呈される賞だ。昨年2015年に発表された第18回では、松本人志やGLIM SPANKYが受賞し話題となった。

今回の総評としては、「間違いない選出であり、発表であったと思います。今回はボブ・ディランさんではなく、東京ボブ・ディランさんにお渡ししましたが、どれだけご本人に伝わるかが、今後の課題かと思いますが、これからはGYAO!を見て(世界的に)広がっていくと良いなと思います。」とコメントを残している。当日は、“彷徨い続ける永遠のニセモノ”としてディランのモノマネをしている東京ボブ・ディランが会場に現れた。

<受賞理由>
中学3年のときレコードを買ってもらってから今までずっと聞き続けてきたくらい大好きで憧れの人です。いつ渡そうか・・・と考えながら第19回まできてしまったがようやく渡すことが出来ました。ボブから僕に賞をくれることはないだろうから、こっちから渡すことで関係性を作れたら。。。(BARKS)


いくら何でもおもしろすぎる。
みうらは別のところでディランを「ノーベル文学賞とのダブル受賞」と言っていたが、自分が勝手に作ってしまった賞とノーベル賞を並べてしまうところが実にイカしている。

「こっちから渡すことで」とは言っているが、実際に受け取ったのは東京ボブ。関係性の作りようもないけれども、それもまたおもしろい。

ノーベル文学賞2016(その14)

ノーベル文学賞受賞を期にいろんな人がいろんなことをもっともらしく語っていたけれども、あまり興味はなかったから、そういうものはほとんど読まなかった。当たっているものもあるだろうし、まるっきり的外れのものもあるだろうけれども、どれが前者でどれが後者かは、誰にも判断のしようがないからである。
でも、これは興味深く、とても面白かった。

「ボブ・ディランはディランを発明しつづける」(みうらじゅん×湯浅学)
『ミュージックマガジン』(2016年12月号)


MUSIC MAGAGINE


受賞理由はディランのどこなんだろう? という問いに湯浅が「全体でしょ」と軽く答えているところや、みうらが「みんな分かんないから取ったんじゃないの?」と言っているところなど、何も言っていないように見えて、実に奥深い。
それが判っているから、判るところがあるんだろう。

ほかの記事は…読んでいないから判らない。

鉄仮面

川崎を本拠地にしていた大洋ホエールズが横浜大洋ホエールズと名前を変えて地元横浜にやって来るまで、当時の小学生にとってはプロ野球といえば巨人以外はないに等しかった。アンチ巨人はいたけれども、その他のチームのファンになる要素は、ほとんど皆無に等しかったと言って良いだろう。
そんな頃の巨人で活躍していた選手。

訃報
加藤初さん66歳=元プロ野球投手


加藤初さん66歳(かとう・はじめ=元プロ野球投手)11日、直腸がんのため死去。葬儀は近親者で営んだ。

静岡県出身。社会人野球の大昭和製紙を経て、1972年に西鉄に入団し、17勝を挙げて新人王に輝いた。その後、太平洋を経て、76年から巨人に移籍し、同年に無安打無得点試合を達成するなど活躍した。通算で490試合に登板し、141勝113敗22セーブ、防御率3.50。(毎日新聞)


大勝ちするわけではないけれども、大負けすることもない。強いチームには、こういう選手も必要なんだな、と子供心に思っていた。

人呼んで「鉄仮面」。ピンチにも表情を変えることなく、淡々と投げ込む姿が印象的だった。
[ 2016/12/22 17:45 ] | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

『平安時代大全』

山中裕著『平安時代大全』(KKロングセラーズ)

平安時代大全


神田三省堂で平積みになっていたので見付けて購入した。
著者は物故者だから、過去に出されていた書籍の改題再刊だとは思うのだが、あとがきや附記などがないのでどういう素性の本なのかは判らない。
「年中行事」「後宮の女性」「皇族・貴族」「人物」「冠婚葬祭」「風俗文化」「宗教」「文学」「荘園」の各項目に分けて、判りやすく説明されている。専門的なものではないけれども、類書がそれほど多いわけではないから、入門としては悪くはないだろう。
この手の本では定番の「コラム」があり、割に役に立たないものであるのがこれまた定番なのだけれども、本書に収められているものは結構しっかりしたものが多い。
本書の大半は下請の分担執筆だろう(これは批判ではなく、それが通常だの謂)けれども、コラムの中のいくつかは山中先生ご自身が書かれたものなのではないか、という気もする。
[ 2016/12/20 22:47 ] 本と言葉 歴史の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ノーベル文学賞2016(その13)

ディランさん「私の歌が文学か自問したことない」  ノーベル文学賞に謝意

10日開かれたノーベル授賞式後の晩さん会で、ノーベル文学賞を受賞した米シンガーソングライターのボブ・ディランさんのスピーチが代読された。ディランさんは若い頃から読み親しんできたカミュやヘミングウェイといった文学界の偉大な巨人たちの列に加わったことは「本当に言葉を失うことだ」と謝意を述べた。

ディランさんは受賞を光栄としながらも、10日の授賞式など一連の行事を欠席。10日夜、ストックホルム市庁舎で催された晩さん会では、ラジ駐スウェーデン米大使がディランさんのスピーチを代読した。(日本経済新聞)


授賞式には「先約がある」とかで出席しなかったものの、これで晴れてノーベル文学賞受賞者になったわけである。
まだ「記念講演」が残っているとはいえ、ひと段落ではある。

さて、代読されたスピーチの中に、意味深長な一節があった。

私は文豪ウィリアム・シェークスピアのことが頭に浮かびました。彼は自分を劇作家だと考えていたと思います。文学作品を書いているという考えはなかったでしょう。彼の文章は舞台のために書かれました。読まれることではなく、話されることを意図していました。「ハムレット」を書いている時、彼はいろいろなことを考えていたと思います。「ふさわしい役者は誰だろう」「どのように演出すべきか」「本当にデンマークという設定でいいのだろうか」。創造的な構想や大志が彼の思考の中心にあったことに疑いはありません。しかしもっと日常的なことも考え、対処しなければなりませんでした。「資金繰りは大丈夫か」「後援者が座る良い席はあるか」「(小道具の)頭蓋骨をどこで手に入れようか」。シェークスピアの意識から最もかけ離れていたのは「これは『文学』だろうか」という問いだったと確信します。


ディランはディランだ、ということか。

Greg Lake

グレッグ・レイク死去 キング・クリムゾンやELPで活躍したボーカル、ベーシスト

キング・クリムゾンやエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のメンバーだったボーカリスト、ベーシストのグレッグ・レイクが12月7日、がんで死去した。69歳だった。

レイクはプログレッシブ・ロック(またはプログロックとして知られている)の代表的ミュージシャンとして知られる。1968年にギタリストのロバート・フリップに誘われ、キング・クリムゾンに加入。69年のデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』でボーカルとベースを担当し、『21世紀の精神異常者(現題:21世紀のスキッツォイド・マン)』では鮮烈な印象を残した。セカンドアルバム『ポセイドンのめざめ』ではボーカルとギターを担当している。

キング・クリムゾン脱退後、元ナイスのキーボーディスト、キース・エマーソン、そしてクレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)を結成した。(The Huffington Post)


3月のキース・エマーソンに続き、グレッグ・レイク死去。
記事中、「クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン」の後に、「のドラマー、カール・パーマーと」の誤脱があると見られる。
[ 2016/12/09 23:29 ] 音楽・映像 洋楽 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

ノーベル文学賞2016(その12)

ノーベル授賞式でディランの曲 パティ・スミスが披露へ

ノーベル賞の公式ツイッターが5日、10日にストックホルムで開かれる授賞式で、米国のロック歌手パティ・スミスさん(69)が今年の文学賞の受賞者である米国人ミュージシャン、ボブ・ディランさん(75)の「はげしい雨が降る」を披露すると発表した。

スミスさんはディランさんにあこがれてロック音楽に傾倒し、1970年代から親交があることで知られており、9日にはストックホルム市内で「模範となる人の重要性」をテーマに講演したり、朗読を行ったりするという。

一方、式典を欠席するディランさんは受賞演説の原稿を提出済みで、10日の授賞式後にある晩餐(ばんさん)会で代読されるという。地元通信社は、代読は文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーのホーラス・エングダール元事務局長が行うと伝えた。(朝日新聞DIGITAL)


これで大方落ち着いたかな。
授賞式には出ないし演説は他人にやらせるし。どこまでディランらしいんだか。