読みの甘さ

先日、志賀直哉の「ある一頁」の一場面で、東海道線の三等客車のシートについて、下記のように書いた。

「背中合せ」になったのは集団離反式のクロス・シートの中央部の座席だった可能性もある、などというのはヘリクツで、常識的に言えばボックス・シートだったと考えるのが妥当だろう。


これを読み返してみて、実に詰めの甘い考え方であることに気がついた。

この場面では、「客車の隅に居た高等学校生徒と、彼と、其他僅の人を除いて」寝ているのである。
件の「彼と背中合せにゐた、商用で大阪へ行くと云ふ六十近い油切つた洋服の男」と「浅草の常磐の料理人をして居たと云ふ三十四五の男」が「其他僅の人」に含まれないことは、「寝ながら」によって明らかである。この2人は、それぞれ2席を専有して寝ていたのである。
それが、「カナリ遅くまで大きい声で話して居た」のだから、この2人は向い合っていたと考えるのが自然である。
集団見合い式のクロス・シート中央部であれば向い合うことはできるけれども、それでは「背中合せ」が成立するためのヘリクツ「集団離反式のクロス・シートの中央部」と両立しない。つまり、クロス・シートではこの状況は発生しえないのである。
この客車の座席をボックス・シートと考える所以である。

むろん、本当にこの問題を論じようとしたら、明治時代の客車の仕様の調査が必要なのだろうけれども、これはそういう意図ではなく、「文章を丁寧に読むこと」が趣旨である。先の読みに丁寧さを欠く恨みがあったので、その反省を籠めて無用のことを追記したのである。

……いろいろな場合を一つ一つ考えてみて、理屈に合わないのを消していってみようではありませんか。――Ellery Queen
「集団見合い式」ってぇ用語を、書いてみたかっただけだと言えないこともない。

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