窓からゴミを投げ捨てる話

我が家の近隣住民のマナー問題を論じようわけではない。

芥川龍之介全集を中断して志賀直哉全集を読み始めたのだが、嗜好の問題でなかなか読み進まないでいるうちに、今度は不途思い立って漱石全集を取り出して来て『三四郎』を読んでいる。

三四郎が京都から名古屋への汽車の中で、弁当の折を窓から投げ捨てるところがある。

只三四郎の横を通つて、自分の座へ帰るべき所を、すぐと前へ来て、身体を横へ向けて、窓からクビを出して、静に外を眺め出した。風が強くあたつて、鬢がふわふわする所が三四郎の眼に這入つた。此時三四郎は空になつた弁当の折を力一杯に窓から放り出した。女の窓と三四郎の窓は一軒置の隣であつた。風に逆らつて抛げた折の蓋が白く舞戻つた様に見えた時、三四郎は飛んだ事をしたのかと気が付いて、不途女の顔を見た。顔は生憎列車の外に出てゐた。けれども女は静かに首を引つ込めて更紗の手帛で額の所を丁寧に拭き始めた。三四郎は兎も角も謝まる方が安全だと考へた。
「御免なさい」と云つた。
女は「いゝえ」と答へた。(一、岩波新書版全集 P7)


三四郎は、女の顔に弁当の折の蓋が当ったことは悪いと思っているけれども、折を投げたこと自体は悪いとは思っていない。女にも、三四郎の行為を非難する様子がない。

これは割に有名な場面だと思うのだけれども、こんな光景は当時の列車でふつうに見られるものだったようで、実はほかにも客車の窓からゴミを投げ捨てる場面がある。名古屋から東京へ向かう途中の場面である。

三四郎は吹き出した。けれども相手は存外静かである。
「実際危険い。レオナルド、ダ、ヰ゛ンチと云ふ人は桃の幹に砒石を注射してね、其実へも毒が回るものだらうか、どうだらうかと云ふ実験をした事がある。所が其桃を食つて死んだ人がある。危険い。気を付けないと危険い」と云ひながら、散々食ひ散らした水蜜桃の核子やら皮やらを、一纏めに新聞に包んで、窓の外へ抛げ出した。
今度は三四郎も笑ふ気が起らなかつた。レオナルド、ダ、ヰ゛ンチと云ふ名を聞いて少しく辟易した上に、何だか昨夕の女の事を考へ出して、妙に不愉快になつたから、謹んで黙つて仕舞つた。(一、P16)



以上。「付箋を剥がす」みたようなものである。

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