ボックス・シートふたたび

先日、志賀直哉の作品に出て来る東海道線のボックス・シートについて書いたが、今度は漱石の『三四郎』。引用は例によって新書版全集による。

車が動き出して二分も立つたらうと思ふ頃例の女はすうと立つて三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行つた。此時女の帯の帯の色が始めて三四郎の眼に這入つた。(中略)
女はやがて帰つて来た。今度は正面が見えた。三四郎の弁当はもう仕舞掛である。下を向いて一生懸命に箸を突ツ込んで二口三口頬張つたが、女は、どうもまだ元の席へ帰らないらしい。もしやと思つて、ひよいと眼を挙げて見ると矢張正面に立つてゐた。然し三四郎が眼を挙げると同時に女は動き出した。只三四郎の横を通つて、自分の座へ帰るべき所を、すぐと前へ来て、身体を横へ向けて、窓からクビを出して、静に外を眺め出した。(一、P7)


女は「三四郎の横を通」ることができたのだから、三四郎は進行方向に対して水平に坐っていたのである。
帰って来た女の「正面が見えた」というのも、座席が客室の出口方向を向いていることを前提としている。
この後、先日取り上げた、有名な弁当の折を窓から投げる場面がある。そこから考えると、三四郎は逆進行方向を向いて坐っていたことになる。

ほかの箇所にも、ボックス・シートであることの判る箇所がある。

やがて車掌の鳴らす口笛が長い列車の果から果迄響き渡つた。列車は動き出す。三四郎はそつと窓から首を出した。女はとくの昔に何処かへ行つて仕舞つた。大きな時計ばかりが眼に着いた。三四郎は又そつと自分の席に帰つた。乗合は大分居る。けれども三四郎の挙動に注意する様なものは一人もない。只筋向ふに坐つた男が、自分の席に帰る三四郎を一寸見た。(一、P12)


「筋向ふに坐」っている人がいるということは、すなわちボックス・シートである。

なお、三四郎の乗ったのも、志賀の作品のそれと同じく東海道線の三等客車である。

大したことはないのだけれども、気になったついでに書き留めておいた。

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