学参の記述

学習参考書たるもの、点数を取るための要領、割り切りは必要で、あまり物事の本質に踏み込むようなことを書いたら、売れないのに決まっている。
…にしても、最近目にしたある本の記述はあまりにもひどかった。
最近目にしたと言っても、出版されたのは1996年で、何でもこれまでに160万部も売れているものらしい。敢えて書名は書かないけれども、マドンナだか赤シャツだか、ずいぶん人気のある人の物したものである。

たとえばこんなことが書いてある。
「あまた」は「たくさん」と訳すけれども、それは「数が「余った」というのが語源」だからなのだと言う。
国語史の常識云々などという野暮なことを持ち出さないまでも、日本語話者なら違和感を覚えるような珍説…とはいえこれがロングセラーになっているのだから、違和感を感じない人も多いのだろうが…。
「あまた」の初出例を調べるほどの気力はないけれども、竹取物語の用例が容易に思い浮かぶから、その「語源」になった「余った」という語はそれ以前、もしかしたら奈良時代から存在していたのかもしれない。残念ながら万葉集にその語は見出せないようだが。

そのほかにも「やむごとなし」は「止む事無し」がなまってできたもので、やめるわけにはいかない重要ポストというのが語源だ、とか、「おこたる」は病原菌が怠けるという発想から生まれた意味だとか、どうにも腑に落ちない記述が目白押しである。
「ありく」に付けられている「主語が歩かないものの場合は「うろつく」と意訳します。「船のありく=船がうろつく」などです。」という説明も、正常な国語感覚を持っていたら到底出て来るはずがない。

全国の国語の先生よ、教師としての良心と矜持があるのであれば、こんなものを高校生に勧めることはやめたが良い。
[ 2015/04/21 00:12 ] 本と言葉 閑話 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

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