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辞典の話(続々)

辞典の話(続)」の続き。
何種類もの辞書を手許に置いてある理由の第二。

赤瀬川源平の『新解さんの謎』を読んで、辞典が版によって進化することを知っている人もいるだろう。そういう人でも、それは『新明解国語辞典』だけの特殊事情だと思っているかもしれない。が、(すべての辞典が、とは言わないが)辞典というのは、進化するものなのである。

前回、「ものぐるほし」の意味として、『例解古語辞典 第2版』を引いた。「要説」を改めて引用する。

多く軽い嘲笑を含めて用いられる。気違いじみていると解釈するのは、動詞「くるふ」の意味と直結して考えるための誤りで、実際の用法に合わない。


もう一例、「ひくらし」という語を上げる。これも、徒然草の冒頭「徒然なるままに日暮し…」にある語である。多くの場合、「ひぐらし」と濁って訓まれるが、この辞典では清音で訓む。
「<連語>日暮れどきまでずっと」と注した後の「要説」。

一日中という意味の副詞とみなすのが普通の解釈だが、たいてい「日(ヲ)暮らし(テ)」という意味で用いられている。

参考までに、『岩波古語辞典』を見ると、「ひぐらし」と濁って訓んで、「朝から夕暮までの一日中」とする。この2例を見るだけでも、この辞典が他のものと違うことがわかる。

もちろん、他と違うから良い、と簡単に言えるわけではない。
「日暮し」について言えば、『岩波古語辞典』は、『日葡辞書』に「Figurasi」とあることを根拠に濁音で訓んでいるわけで、これを一概に誤りと決めつけることはできない。

今、これらの例を上げたのは、辞典が版によって進化することを示したかったからである。
『例解古語辞典』の初版を見ると、

 ものぐるほし…気違いじみている。ばかばかしい。
 ひくらし…<副>一日中。朝から晩まで。終日。

と、他の辞典とほとんど違いのない説明が載っている。「ひくらし」に関しては、「要説」に、「『日(ヲ)暮らし』と分析できる場合もあり、『一日中』という意味の確実な用例は多くない」と、第2版の萌芽のような説明もある。これが、第2版になって、明確に進化したのである。

同じようなことをくり返すことになるが、進化しているから正しい、とは言い切れない。が、ひとつの語に対して違う解釈がされていれば、どちらかが間違いであるか、あるいは、どちらもが間違いであるか、疑問を持つきっかけになる。同じことしか書かれていなければ、疑問もなく信じ込んでしまうだけである。
これが、僕が同じ辞典の版違いを持っている理由である。

なお、これらの語の解釈についてもっと詳しいことが知りたい方は、小松英雄著『徒然草抜書 表現解析の方法』を参照のこと。

ところで、この『例解古語辞典』には、僕が学生時代、「高校の先生が自分では使っているが生徒には奨めない辞典だ」というまことしやかな噂があった。生徒に教えてしまうと、ネタバレしてしまうから、ということなのだが、本当にそうだったのかどうかは判らない。
『岩波古語辞典』も学校ではあまり奨めないが、こちらは用言が連用形で立項されていて引きにくい、というのが理由である。高校の時の国語科の教師が、「お前らには使いこなせないから奨めないが俺は使ってるぜ!」的な嫌味を言っていた記憶がある。実際に使ってみると、慣れてしまえばどうということもないのだが…。

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