附箋を剥がす(24)

芥川龍之介の作品から。
引用文が地の文と「融合」する事例。

下人の眼は、その時、はじめて其死骸の中に蹲つてゐる人間を見た。檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のやうな老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片を持つて、その死骸の一つの顔を覗き込むやうに眺めてゐた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であらう。
下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさへ忘れてゐた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」やうに感じたのである。(羅生門)

――前にはあのやうにつけつけとは哂はなんだて。
内供は、誦しかけた経文をやめて、禿げ頭を傾けながら、時々かう呟く事があつた。愛すべき内供は、さう云ふ時になると、必ぼんやり、傍にかけた普賢の画像を眺めながら、鼻の長かつた四五日前の事を憶ひ出して、「今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく」ふさぎこんでしまふのである。――内供には、遺憾ながらこの問に答を与へる明が欠けてゐた。(鼻)

「業畜、急々に退き居らう。」すると、翁は、黃いろい紙の扇を開いて、顔をさしかくすやうに思はれたが、見る見る、影が薄くなって、螢ほどになつた切り燈台の火と共に、消えるともなく、ふつと消える――と、遠くでかすかながら、勇ましい一番鶏の声がした。
「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく」時が来たのである。(道祖問答)


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