附箋を剥がす(26)Including 「全然」(その19)

先日、たまたま通りがかったごく小規模の古書市で入手した、江戸川乱歩『明智小五郎全集』(講談社大衆文学館)より。

「いや、それはいえない」弘一君はやっぱり天井を見つめたままで答えた。「まだ僕の白昼の夢でしかないからだ。それに、あんまり恐ろしいことだ。まずゆっくり考えてみよう。材料は豊富にそろっている。この事件には、奇怪な事実がみちみちている。が、表面奇怪なだけに、その裏にひそんでいる真理は、存外単純かもしれない」(何者、P36-37)


何かに使えるかもしれないと思って抜き出しただけの一節。

「いや、すべて僕の想像にすぎないのだ。それに迂闊にしゃべれない性質のことなんだ。今は聞かないでくれたまえ。ただ、僕の想像が間違いでなかったら、この事件は表面に現われているよりも、ずっとずっと恐ろしい犯罪ということを、頭に入れておいてくれたまえ。そうでなくて、病人の僕がこんなに騒いだりするものかね」(何者、P44)


不人情でなくって…」と同様の、接続助詞「て」の使い方。

「琴野の息子は家内のものに知られぬように、家を抜け出すことができたかもしれません。だが、いくら気ちがいだからといって、足跡なしで歩くことは全然不可能です。井戸のところで消えていた足跡をいかに解釈すべきか。これが事件全体を左右するところの、根本的な問題です。これをそのまソッとしておいて犯人を探そうなんて、あんまり虫がいいというものです」(何者、P53)

かつて一つの自動車犯罪事件があった。法廷において、真実を申し立てると宣誓した証人の一人は、問題の道路は全然乾燥してほこり立っていたと主張し、今一人の証人は、雨降りあげくで、道路はぬかるんでいたと証言した。(D坂の殺人事件、P113)

少なくとも、小林刑事――彼は先にもいった通り、名探偵とうわさされている人だ――が、全力をつくして捜索した限りでは、この事件は全然不可解と結論するほかはなかった。(D坂の殺人事件、P99)


「全然」の事例。

そうこうするうちに、近所の人たちが聞き伝えて集まってきたのと、通りすがりの野次馬で、古本屋の表は一杯の人だかりになった。その中に、もう一方の隣家の足袋屋のおかみさんがいて、時計屋に応援した。そして、彼女も、何も物音を聞かなかったと申し立てた。(D坂の殺人事件、P91)


接続助詞「に」の使い方。

筆跡がみだれている上に、漢字のほかは全部片仮名で書かれていて、ずいぶん読みにくいものだったが、そこには大体、右のような文句がしるされていた。(幽霊、P245)


特に何と言うことはない。個人的にちょっとだけ気になったので抽いておく。

もし辻堂が生きているのだったら、長いあいだには一度ぐらいは息子のところへやってきそうなものだが、そんなけぶりも見えないのだ。(幽霊、P252)


「気配」とか「素振り」の意の「けぶり」。特に違和感はないけれども、あまり見た覚えはない。

血のきらいな二十面相のことですから、まさか命をうばうようなことはしないでしょうけれど、なんといっても、賊にとっては警察よりもじゃまになる明智小五郎です。トランクのなかへとじこめて、どこか人知れぬ場所へはこびさり、博物館の襲撃おわるまで、とりこにしてしまおうという考えにちがいありません。(怪人二十面相より、P329)


助詞「を」の使い方。

「いい覚悟だ。それじゃ、おれの条件を話そう。今後あけみは一切交渉を断つこと。(月と手袋、P365)
克彦にとって、問題は、しかし、金のことではなかった。あけみ交渉を断つという第一条件には、どう考えても堪えられそうになかった。(月と手袋、P366)


助詞「に」の使い方。同じような文脈で、別の箇所では「と」も使っている。

そういう場合に、元女優のあけみの美しさと社交術はすばらしかった。酒がまわると、花田警部はあけみふざけることもあった。(月と手袋、P405)


これも助詞「に」の使い方。

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