附箋を剥がす(29)

ついこの間から、暫くの間「積ん読」していた『日影丈吉傑作館』(河出文庫)を読んでいる。
その中で、ちょっと気になったところを抽いておく。
「彼岸参り」(1958年)より。

前列から二番目の席にかけている、スーツを着た老婦人がスチュアデスに話しかけた。
「この前、まいりました時は、たしか……」
「この前は、いつ、お出でにになりました」
「ちょうど五年前、主人の七回忌の時に」
「ええ……でしたら、その時はまだ……この式に改良されましたのは、一昨々年からですわ」
「そうですか、あの頃は、お危のうございましたね」と、いうと、昔者らしい、スーツを着た老婦人は、あはあはと笑った。(一、P64)


割と最近、別のところで「……うございます」形式の形容詞の丁寧な言い方について書いたことがある。
その時に、「とんでもない」の理論上の丁寧な言い方「とんでものうございます」の実例を見たことがない、とも書いたのだけれども、上記の「危のうございます」が使われている同じ作品の、同じ人物の会話表現でも、やはり、「とんでものうございます」は使われていない。

「だが、なんだってタグボートを改良したんだい……」と、井ノ本はいらいらした声を出した。
「そんなに、お客が喜ぶものを、模様替えする必要はないじゃないか?」
「いえ、あなた……真空の中に出ることは禁止になったんでございますよ」と、婦人がすかさず口をはさんだ。
「禁止ですって、まさか、あなたが五年前に、政府に陳情書を出したわけじゃあ、ありますまいね……」
飛んでもございません……新聞でお読みになりませんでしたか?」
「さあ、三年前のことではね?」(一、P66)


その他、最近では「正しい言い方」とされている「……ことでございます」の例。

「自殺なんて、伝染病のようなもので、ございますね」
「そう申せましょうね……現代ではもう、精神性の伝染病以外にはなくなりましたから」
「ほんとに恐ろしいことで、ございます……はじめ、どなたか一人、試しにおやりになると、すぐ真似をする方が出てくるのですからね……はじめは学生さんでしたか、いきなりタグボートの手すりを乗りこえて、外へ飛び出したんで、ございますってね」(一、P67)

「なかには、もっと積極的なのも、いたんだよ……宇宙服を脱ぎ捨てて、ぱッと飛び出したのがある……これは生身で、いきなり真空の中に入ったから、内臓が破裂して、いっぺんにオジャンさ……そんなこんなで旧式のタグロケットは、禁止されたんだ」
「ほんとに恐ろしいことで、ございます
七十歳の中年婦人は、同じ文句を繰り返した。(一、P68)


これも、同じ作品の、同じ人物の会話である。
形容詞の丁寧な言い方は、固定的にどれが正しいと言えるものではなくて、語によって、違いがあると考えた方が良いのかもしれない。

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