ノーベル文学賞2016(その8)

ディラン ノーベル賞“もらう” ファン「がっかり」の声も

今年のノーベル文学賞を授賞決定後、沈黙を続けていた米シンガー・ソングライター、ボブ・ディラン(75)が「大変光栄に思う」と受賞の意向を示したと、賞の選考主体スウェーデン・アカデミーが28日、発表した。

ダニウス事務局長に今週、本人から電話があり「授賞のニュースを聞いて言葉を失った」と説明したという。

ディランは英紙デーリー・テレグラフ電子版に28日に掲載された単独インタビューで、12月10日にストックホルムで行われる授賞式について「もちろん」「可能なら」出席するつもりだと語っている。授賞決定を聞いた直後の感想を「素晴らしい、信じられない。こんなことを誰が夢見るだろう」と話した。

アカデミーは今月13日に授賞を発表。ディランに再三連絡を試みたが本人に接触できず、アカデミーのメンバーからは「無礼かつ、傲慢(ごうまん)」との批判さえ出た。

ディランは、インタビューで沈黙を続けた形になったことについて「俺はここにいるさ」とおどけた様子で話し、詳しい理由は明かさなかった。

沈黙を続けた理由について、音楽評論家の富澤一誠氏は「推測だが演出ではないか。すぐに受賞の意思を示すのは彼のイメージでない。いつまでも引っ張るのも良くない。今がちょうど良いタイミングと考えたのかもしれない」とした。過去に米ロサンゼルスでインタビューした経験を振り返り「キャデラックで送迎され、行き先も告げられず身構えたが、彼はタバコを吸いながらラフな調子で話してくれた。彼自身は何も考えておらず、周囲が勝手に忖度(そんたく)しているだけの可能性もある」とも話した。

反権威の信条から名誉ある受賞を固辞しているとの臆測もあったため、ネット上では「拒否したら格好よかったのに」「がっかり。日和った印象」などの声も上がっている。(スポニチAnnex)


それにしてもこの見出しは何だろう? 僕は長年のディラン・ファンだけれども、ちっともがっかりしていない。強いて言えば、このまま沈黙を続けて、何の予告もなくいきなりストックホルムに現われればなお良かったと思う程度。
ノーベル文学賞を受け取ろうと受け取るまいと、ディランはディランなのであって、それ以外の何者でもない。

だいたい、「反権威の信条から名誉ある受賞を固辞しているとの臆測もあった」なんて、ディランの信条を勝手に決めつけるのも馬鹿げている。これまでも、権威ある賞を、数多く受け取っているのである。
「拒否したら格好よかった」というのも、格好良いかどうかはディランが決めることで、ファンのすることではない。

ともあれ、これでまずはひと段落。

前のエントリの「その挙げ句、素知らぬ顔であっさり受け取ったりしたら、尚更言うことはない。」となったわけですね。
さすが長年のディランファンは違います。
「ディランと言ったらデュランデュランだよ」と長沼さんと突っ込んだことが、昨日のように思い出されます。
そもそも、拒否するんだったら即座に表明するだろうし、そもそも拒否しそうな人には出さないと思います。
[ 2016/11/01 23:43 ] [ 編集 ]

Re: 中川@やたナビ さん

僕が賞を受け取ることを「予言」した、ってことにしときましょうか。
まぁ、東京ボブ・ディランとか、筋金入りのファンの多くは受け取るだろう、ってコメントしてましたけど。
[ 2016/11/02 16:50 ] [ 編集 ]

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