『ガリア戦記』

カエサル『ガリア戦記』
ガリア戦記

ガリア戦争に当たっていたユリウス・カエサルが、ローマの元老院に宛てて、戦況の報告のために送った戦記である。紀元前58年から52年まで、1年1巻、7巻の翻訳である。なお、カエサル没後にヒルティウスが物した第8巻があるらしいが、ここでは省かれている。

ガリアは全部で三つにわかれ、その一にはベルガエ人、二にはアクィーターニー人、三にはその仲間の言葉でケルタエ人、ローマでガリー人と呼んでいるものが住む。どれも互に言葉と制度と法律が違う。ガリー人はガルンナ河でアクィーターニー人から、マトロナ河とセークァナ河でベルガエ人からわかれる。…

これは冒頭の部分だが、まるで一篇の旅行記を読んでいるようである。これを読んで、何故だか判らないが、僕はマイケル・マックルアの朗読する『カンタベリ物語』の一節を思い浮かべた(実際にはまるで似ていないけれど)。
歴史の書だから「青版」として刊行されているけれども、「赤版」に配置されていても、恐らく違和感はないだろうと思われる。

当事者、しかも総指揮官(属州総督)による本国への戦況報告であれば、不利な状況は控え目に、戦果は誇張して書きたくなるものではないかと思うのだが、極めて冷静に、客観的に書かれていることに驚かされる。むろん、自分の都合の良いような脚色はあるのだろうけれども、読んでいて、そういう感じは受けない。
たとえば、「その間味方の兵は敵の攻撃にもめげず、四時間以上も極めて勇敢に闘い、僅かのものが傷を負ったけれども多くの敵を殺した」(IV-37)などというところ。相当な激戦があったものと推測される。如何に相手の攻撃が激しかったか、苦戦の状況を克明に記して、それを自分の作戦・指揮で挽回し、相手を徹底的に打ち破った、というようなことを、かなりデフォルメして書くのが合目的的なのではないかと思うのだが、極めて淡々と事実だけが述べられている。それがまた、真実味を増すことに繋がっているのだろう。

戦闘の合間だからそれほど詳細に書くことができなかった、ということもあるかもしれないけれども、そういう物理的な限界からだけではなく、そのように書く効果を考えて、意図的に行なったのではないかと思われる。本当に余裕がなかったのであれば、これだけの大著を物すことはまずできまい。

この作品の中で、カエサルが自分のことを述べる際に、一人称を用いずに「カエサル」と呼称する。これも、客観的な印象を与えるのに役立っている。あるいは、元老院で朗読される時のことを考えて、一人称よりそれが効果的と判断してのことなのかもしれない。

読む上で、多少の歴史的な予備知識は必要だけれども、それほど詳しくもない僕が読んでも、文学として十分に楽しめる作品である。

コメントの投稿











管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://hoshinahouse.blog101.fc2.com/tb.php/131-185d9f9a