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読書感想文の書き方(1)

小学5年の娘の夏休みの宿題に、読書感想文があるようなのだが、なかなか手を付けようとしない。

本を読むこと自体は大好きで、小さい頃からかなり上級の本を自力で読んでいた。だから読解力がないわけではない。けれども、読書感想文には手を付けようとしない。
さりげなく、近所の図書館で手頃なものを何冊か借りて来てやったりしたのだが、すぐに読み了えたものの、そのまま返してしまった。母親に聞かれて内容をきちんと説明できていたし、自分の感想もちゃんとあったのだが、それが感想文になることはなかった。だから、読書感想文はまだできていない。

少しずつでも自力で書く努力をしているわけではなく、後送りしているだけだから、切羽詰まれば助けを求めに来る。これは毎年のことで、今年はまだ来ないがきっと来る。しかも、夏休みも残りわずか2日くらいになった頃に。
切羽詰まっているからと言って、簡単に手助けしてやるわけにはいかない。子供に書かせるより代わりに書いてやった方がこちらも楽だが、それでは子供のためにならない。

手を付けたがらない理由も判らないではない。苦手なのである、というより、どうやって書いたら良いかが判らないのである。
小学校では、原稿用紙を配られて、「ハイ、書きましょう」となる。もちろん、まったく何も教えないということはないだろうが、自分の感じたことを書いてみようとか、自分が主人公になった気持ちで書いてみようとか、その他抽象的なことを言われても、子供がそれを実践することは難しい。
だから、いきなり原稿用紙に向かって、
  「私は『坊っちゃん』を読んで、主人公の坊っちゃんが赤シャツに卵をぶつけたところが…」
などと書き始めることになるわけである。

いきなりそういうふうに書き始めて、所定の字数で、過不足なく作品の内容を説明して、自分の考えを書くことなど、子供にできることではない。いや、大人でも、容易にはできない。だから、あらすじを書いただけで字数制限いっぱいになったり、面白かったところしか書けずにどんな話だったかさっぱり判らなかったり、ということになる。
必要なのは、具体的にどうやって書くかを教えてやることである。

話は遡るが、何年か前、区の作文コンクールの入選作を掲載した冊子が、学校から配布された。因みに、これを貰えたのは娘も入選していたからなのだが、あらすじの最後に感想めいたことがちょろっと書いてあるだけのもので、何で選ばれたのか、さっぱり判らない。素朴さが評価されたのだと、前向きに解釈してはいるのだが。

さて、その冊子に収められた入選作を読んでいると、「ねえ、君たち、知ってるかい?…」というような調子で始まるものがあった。感想文の読者を想定して、その読者に語り掛けるような文章で綴られている。小学生にしては驚くほど上手い。
なかなか洒落ているじゃないか、と思って読み進めて行くと、出るわ出るわ、5本に1本くらいがその調子だった。通信講座か学習塾か知らないが、どうやらそういう書き方を推奨する向きがあるようである。
そういう読書感想文は、個々に見れば非の打ちどころがない。娘の書いたものなど、親の贔屓目を最大限に入れても、到底足許にも及ばない。だが、そういうものを次々に読まされてみると、どうにも奇妙な印象がある。
小学生が読書感想文を書くのは、そんな紋切り型のテクニックを習得するためではないのではないか。

文章を書く上では、修辞的なテクニックももちろん大切である。それは否定しない。だが、まずは、文章を纏める、考えを纏めるやり方(それもテクニックと言えばそうなのだが)を身に付けるのが第一段階である。その上で、修辞的なテクニックを身に付ければ、本当に素晴らしい文章が書けるようになるだろう。だが、そんな完璧な小学生は、そうそういるものではない。

続く…亀戸天神の大祭までに書き上げられればすぐにアップする。が、できなければその後になる…。)

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