『蜜柑』の謎あるいは横須賀線

昨日のエントリで、文学作品ゆかりの地を見ることも、存外無意味ではない、というようなことを書いた。
もちろん、ただ見て、納得してしまってはいけないわけで、昨日の例で言えば、芥川龍之介が書いた『ひよつとこ』の頃の吾妻橋の情景に、東京スカイツリーだのアサヒビールだのがなかったことを知っておくことは絶対に必要なことである。そうでないと、なまじ今の情景を知っているばっかりに、それを無理やり作品に当て嵌めようとしてしまう。そしてそれが、作品を読む上でのノイズになってしまうということがある。
実際、知識がなかったばっかりに、かなり長いこと、おかしな作品だと思っていたものが実はある。恥ずかしながら…。

芥川龍之介の『蜜柑』。冒頭の部分である。

或曇つた日の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍しく私の外に一人も乗客はゐなかつた


横須賀線と言えば、僕が子供の頃から、ボックスシートの車両だった。ボックスシートというのは、新幹線のように座席が進行方向に対して直角になっている(これをクロスシートという)もので、それが向かい合わせに設置されているもののことである。当時の横須賀線はこのボックスの間隔が非常に狭く、姿勢良く坐っても前の人と膝がぶつかる、窓側の席に坐ると、降りる時に通路側の人に退いてもらわなければならない、という代物だった。日本人の体格が大きくなったから、という理由では説明し切れないほど、狭かった記憶がある。
芥川の頃は電車ではなく蒸気機関車だったわけだが、子供の時以来、『蜜柑』を読む時にはずっと、僕が実際に乗ったことのあるこの横須賀線の車両が頭の中にあった。

さて、発車の笛とともに飛び込んで来た少女が、「私」の前の席に坐る。

私は漸くほつとした心もちになつて、巻煙草に火をつけながら、始めて懶い睚をあげて、前の席に腰を下してゐた小娘の顔を一瞥した。


ここがかなりの疑問である。座席はガラ空きのはずなのに、何故、少女は「私」の目の前に坐ったのか? 少女は汽車に乗り慣れていなくて不安だから、人のいる近くに坐ったのだ、と説明してくれた人がいたような気もするが、本当にそういうことがあったかどうかは今となっては自信がない。

これに続く部分。

それは油気のない髪をひつつめの銀杏返しに結つて、横なでの痕のある罅だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だつた。…最後にその二等と三等との区別さへ弁へない愚鈍な心が腹立たしかつた。


明確な記憶はないが、少女の不審な行動を、この少女が田舎者だということと、「愚鈍な心」と結び付けて、納得していたような気がする。要するに、少女の行動は異常なんだと。

それから幾分か過ぎた後であつた。ふと何かに脅されたやうな心もちがして、思はずあたりを見まはすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けやうとしてゐる。


これまたかなり異常な行動である。「私」が通路側の席に坐っているとすれば、隣に坐って窓を開けることは可能である。だが、何もわざわざ「私」の隣に移らなくても、目の前の席で窓を開けられるはずである。一体何故、「私」の隣で窓を開けようとしたのか。少女の坐った側では窓が開けにくい何かがあったのか、あるいは…?
強いて言えば、次の場面と関係があるのではないかと付会していた。

するとその瞬間である。窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。さうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴かうとしてゐる小娘は、その懐に蔵してゐた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。


弟たちに蜜柑を投げるのに、「私」の隣の側からの方が、都合が良かったのだろう。…と言っても、別のボックスからでは駄目なのか? ということは解決できないのだが。しかしいずれにせよ、少女は「愚鈍」なわけだから…。

昔の横須賀線に馴染のない方には、馬鹿みたいな話だろうが、かならずしも僕だけの誤解ではなく、学生時代に同じ疑問を持っていた人はほかにもいた。しかも近代文学の専門家。この人も、良く横須賀線を利用していたのである。

芥川の頃の横須賀線の客車はロングシートだった。思い込みは禁物である。

No title

私なんかは、かつて学んだ万葉集のゆかりの場所が少しあるけばぶち当たるようなそんな場所なんですが・・・今もちょいと首を捻って東から窓の外を見れば

三輪山をしかも隠すか雲だにも

なんて感じになっているのですが、おっしゃるように今我々の眼前にあるそれが、万葉歌人達が見ていた光景、そのままというわけには行かず、逆に多くの作品の中からイメージを再構成し、当時の光景を幻視する・・・・そんな面倒くさい作業が必要になってきます。
けれども、そんな気持ちにさせてくれるのが、いいんですよねえ・・・
[ 2011/02/13 08:19 ] [ 編集 ]

No title

何となく、ボックス=古い、ロング=新しいっていう固定観念がありますから、これが横須賀線でなくてもボックスだと思っちゃいますね。
wikipedia見たら、車両の幅が狭い大正時代は、上等なほどロングシートだったとか。
[ 2011/02/13 18:00 ] [ 編集 ]

Re: 三友亭主人さん

その点、東京はちょっといただけません。
たとえば、錦糸町駅(墨田区)前ターミナルが伊藤左千夫の牧舎跡だと言われても、イメージの膨らませようもありません。碑と説明板はありますが、そこで牛を飼っていたって言われても…。
[ 2011/02/13 21:59 ] [ 編集 ]

Re: 中川@やたナビさん

固定観念というのは恐ろしいもので、『蜜柑』をボックスシートで理解するのは相当無理があるのに、何かかんか理屈を付けて、納得しようとしちゃうんですな。
古典を読む場合にはなおさら…。
[ 2011/02/13 22:00 ] [ 編集 ]

No title

たばこを吸ってたってのも、どうにもボックス感がありますね。

ボックスとして解すると、語り手は窓側をあけて、通路側に座っていたことになって、そういう人もいないこともないでしょうけど、ちょっと不自然です。

これがロングだと、すべて問題がすっきり解決する。面白かったです。

関係ないけど、ボックス席といえば、やっぱり京急と常磐線だなー。
[ 2011/02/13 22:38 ] [ 編集 ]

Re: No title

> たばこを吸ってたってのも、どうにもボックス感がありますね。

ボックス席でなければ灰皿はないでしょうから、どうしてもそういう感じを受けますね。
でも、どうも喫煙マナーなんてものが出来たのはそう古いことではないようで、当時としてはおそらく灰皿がなくても煙草を吸ったんでしょうし、吸殻は窓から投げ捨ててたんでしょう。

> ボックスとして解すると、語り手は窓側をあけて、通路側に座っていたことになって、そういう人もいないこともないでしょうけど、ちょっと不自然です。

しかも、他のボックスは全部空いているのに、少女がわざわざ人のいるボックスを選んで坐った、というのもかなり妙です。

なお、小津安二郎の『晩春』(昭和24年)を見てみたんですが、ここに出て来る横須賀線はロングシートでした。

> 関係ないけど、ボックス席といえば、やっぱり京急と常磐線だなー。

常磐線、朝からワンカップやらビールやらを開けてるオジサンがたくさんいましたな。これはロングシートじゃやりにくい。
[ 2011/02/13 23:12 ] [ 編集 ]

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