「やつやつしい」「ひつてん」「おそれべ」

芥川龍之介の文章を読んでいて、知らないことばが少なからず出て来るのだが、とは言え、そういうことばが出て来るとまったく理解が出来ないかというと、そんなこともない。
似たようなことばから、あるいは、前後の文脈から、ことばの意味を類推することはできるし、漢語であれば、構成要素の漢字の意味から、おおよその意味を推測することができる。
もちろん、その類推やら推測やらが見当外れだった、ということもないではないわけだが、ひと通り読んで行く上で支障のない程度には、理解することができる(厳密に言うと、理解することができた気になる)ものである。
が、中にはちょっと見当の付かないことばもある。

その声を聞いたばかりでも、誰だらう位な推測はすぐについたからでせう。あの優しい含み声の返事も、その時は震へてゐたやうですが、やがて静に障子が開くと、梱越しに手をついた、やつやつしいお敏の姿が、次の間からさす電燈の光を浴びて、今でも泣いてゐるかと思ふ程、悄々と其処へ現れました。(『妖婆』)


僕の持っている限りの小型の国語辞典には、この語は立項されていなかった。古語辞典を見ても見当たらなかったから、かなり珍しいことばのようである。

『日本国語大辞典』(以下『日国』)によれば、

  「(1)ひどくやつれている。非常にみすぼらしい。(2)人目につかない。目立たない。」

意の語である。「やつやつしい」の「やつ」は、「やつす」とか「やつる(やつれる)」の「やつ」なわけである。
上に掲げた例は、「今でも泣いてゐるかと思ふ程、悄々と」している姿を表現しているのだから、「ひどくやつれている」に該当するだろう。
なお、『日国』に上げられている(1)の用例に、島崎藤村の『家』がある。ただし、「艶の無い束髪や窶々しいほど質素な服装などが」というものだから、「非常にみすぼらしい」に当たる用例である。『色葉字類抄』の「窶 ヤツヤツシ 貧又窶 醜詞也」という記述も、「非常にみすぼらしい」に当たる。
『妖婆』と同じ意味合いで使われていると思しいものとしては、為永春水の人情本『春色恋白波』の「住主(あるじ)の母と思しきがいとやつやつしく病み臥して」という用例が上げられていたが、芥川当時としても、さほど一般的なことばだったとも思われない。

変ら無えのは私(わつち)ばかりさ。へへ、何時になつてもひつてんだ。(『鼠小僧次郎吉』)


恐らく「ヒッテン」と読むのだろうとは思うが、意味はさっぱり判らない。
これも『日国』。

  「貧乏なこと。無一文。ひどでん。」

用例は、『劇場新話』と人情本『春色梅美婦禰』が引かれている。
『日国』には「天明(1781~89)頃の流行語」とあるが、実際の用例は前者が1804~1809頃、後者が1841~42年頃のものである。鼠小僧次郎吉が活躍したのは化政期(1804~1829年)だから、時代考証としては合っているようである。とはいえ、大正中期の読者が迷わず理解できたかどうかは判らない。
なお、『角川古語辞典』には、このことばが立項されていた。用例は、人情本『娘消息』。こちらは1836年頃の成立のようである。

へへ、こいつは一番おそれべか。(『鼠小僧次郎吉』)


これは「恐れ」と関係があるのでは? と、何となく想像が付くのだが、とはいえちょっとピンと来ないところもある。
そこで、三たび『日国』。

  「恐れいる、感心する、閉口などの意をあらわす。」

用例は、『西洋道中膝栗毛』の「翻訳がほねがおれておそれべでげす」というものが上げられている。
明治初期に使われていたことばであれば、芥川が知っていておかしくはないし、当時の読者にも理解できたことばなのかもしれない。

以上、気になったことばを、ただメモしただけである。

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