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「全然」(その3)

現代語について何か物申す上で難しいのは、「○○という言い方はある(ない)」ということが、一概には言いにくいということである。
「全然」が打消表現もしくは否定的内容のことばと呼応するのが「正しい」ということを前提とするとして、「全然悪い」という言い方は、ありやなしや。
僕の感覚では「なし」と答えたいところだが、確乎たる根拠はない。「あり」と答える人もいるだろう。
「全然悪い」に対しては「なし」と答える人が多いのではないかと思うけれども、「全然駄目」は「あり」と答える人が多いのではないか。が、両者の間に絶対的な較差はあるか? 「全然失格」「全然損」「全然難しい」「全然下手」「全然不味い」…etc.。

「△△大学の学生××人にアンケートをした結果…」というような、『学術的』な手順を踏まえた報告もしばしばあるけれども、統計数字というのもイイカゲンなところがあって、1人でも「あり」と答えればありなのか、50%以上なければなしなのか…微妙なものである。

…と、うだうだと述べてみたが、要は、「全然」の用例の追加である。
最初に書いた時から一貫して、有用な知見は全然ない。屋下に屋を架す以外の何物でもない。
ただ単に、本を読んでいて気になるところを見つけると付箋を貼るのだが、いつまでもそのままにしておくのも邪魔なので、付箋を剥がすために書き写すまでである。

~*~*~*~*~

同窓たちは皆不思議がつた。その不思議がる心の中には、妙に嬉しい感情と、前とは全然違つた意味で妬ましい感情とが交つてゐた。(芥川龍之介『秋』大正9年)

が、彼女の結婚は果して妹の想像通り、全然犠牲的なそれであらうか。(『秋』)

が、彼等の菩提を弔つてゐる兵衛の心を酌む事なぞは、二人とも全然忘却してゐた。(『或敵打の話』大正9年)

が、彼はさう云ふ危険に全然無頓着でゐるらしかつた。(『素戔嗚尊』大正9年)

実際この元気の好い若者がどうして室の蜂に殺されなかつたか? それは全然彼自身の推測を超越していたのであつた。(『老いたる素戔嗚尊』大正9年)

が、あいつが心を落ち着けて見ると、二人だと思つた赤帽は、一人しか荷物を扱つてゐない。しかもその一人は今笑つたのと、全然別人に違ひないのだ。(『妙な話』大正9年)

――あの男が小ゑんの旦那なんだ。いや、二月程前までは旦那だつたんだ。今ぢや全然手を切つてゐるが、――(『一夕話』大正11年)

さう云ふ蟻には石燈籠の下や冬青(もち)の木の根もとにも出会つた覚えはない。しかし父はどう云ふ訣か、全然この差別を無視してゐる。(『少年』大正13年)

日本本来の伝統に認識も持たないばかりか、その欧米の猿真似に至っては体をなさず、美の片鱗をとどめず全然インチキそのものである。(坂口安吾『日本文化私観』昭和17年)

僕が亀岡に行った時、王仁三郎は現代において、秀吉的な駄々っ子精神を、非常に突飛な形式ではあるけれどもとにかく具体化した人ではなかろうかと想像し、夢の跡に多少の期待を持ったのだったが、これはスケールが言語道断に卑小にすぎて、ただ、直接に、俗悪そのものでしかなかった。全然、貧弱、貧困であった。(『日本文化私観』)

故郷の中学では浜の砂丘の松林に寝ころんで海と空をボンヤリ眺めていただけで、別段、小説などを読んでいたわけでもない。全然ムダなことをしていたので、これは私の生涯の宿命だ。(『風と光と二十の私と』昭和21年)

伊東は祐親の城下町であるが、そのせいではなかろうけれども、水屍体は全然虐待される。富戸と伊東は小さな岬を一つ距てただけで、水屍体に対する気分がガラリと一変しているのである。(『湯の町エレジー』昭和25年)

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