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「全然」(その4)

全然」の用例の追加である。
屋下に屋を架したうえに、さらに屋を架すようなことで、まるで意味はないのだが、今回敢えて追加するのは、谷崎潤一郎の『文章読本』(昭和9年)の中にある事例だからである。
『文章読本』なのだから、これが正しい日本語なのに違いない!?

これは前に申し上げたことと矛盾するようでありますけれども、一歩進んで考えてみますと、口語文といえども、文章の音楽的効果と視覚的効果とを全然無視してよいはずはありません。

かように申しましても、私は文法の必要を全然否定するのではありません。

また、次に掲げるのは森鴎外の「即興詩人」の一節でありまして、西鶴とは全然別種の、素直な、癖のない書き方でありますが、かくの如きものも正しく名文の一つであります。

と申しますのは、総べて感覚は主観的なものでありますが故に、甲の感じ方と乙の感じ方と全然一致することはめったにあり得ない。

そのためにはセンテンスの構造や言葉の順序を取り変えたり、全然用語を改めたりする必要も起る。

今、
  彼は毎日学校へ通ふ。
と云う文章を、口語文に訳すとしまして、もし講義調を用いれば、かくの如き現在形の単純な文章においては全然文章体と同じく、
  彼は毎日学校へ通う。
となります。

ですから私は、読み方のために文字を合理的に使おうとする企図をあきらめてしまい、近頃は全然別な方面から一つの主義を仮設しております。

詮ずるところ、文字使いの問題につきましては、私は全然懐疑的でありまして、皆さんにどうせよこうせよと申し上げる資格はない。

今日は階級制度が撤廃されつゝありますので、煩瑣な敬語は実用になりませんけれども、それにしましても衣冠束帯が素襖大紋になり素襖大紋が裃になり、裃が紋附袴やフロックコートになったと云う程度に、儀礼が行われておりますからには、敬語も全然すたれたわけではありません。


無用の補足をしておく。
2例目は、文末が「ありません」になってはいるが、これは「全然」と呼応しているわけではない。「全然-否定する」ということを「ありません」と言うのである。
4例目も、「全然-一致する」ことが「あり得ない」と言っているわけである。
最後の例は、「全然-ありません」とも見えるが、「全然-すたれた」ということが「ありません」と見た方が良いのではないか。
そのほか、「全然-無視」「全然-否定」「全然-別種」「全然-改める」「全然-別な」「全然-懐疑的」「全然-すたれた」という言い方が、否定的な言い方と呼応する例だ、と強弁する人がいるかもしれないが、それはただのコジツケである。

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