HOSHINA HOUSE Returns

昨日予告したとおり、開設1周年を自祝して、当ブログのタイトルの由来を書く。
昨日から楽しみにしていたという人もいるまいし、長い人生の中で、1年やそこら何かを続けたところでいかほどのことかある、というのが正直なところではある。
が、そこはあくまでも個人のブログである。個人の節目(にしても小さいが…)として、こんなどうでも良いことを書くのを、諒とされたい。

ぼくが中学生の頃、社会現象と言っても過言ではないくらいのテクノ・ブームが勃興した。その元祖は、言うまでもなくYMOだった。"Technopolis" や "RYDEEN" など、当時としては珍しく、インストゥルメンタルの楽曲にもかかわらずヒットチャートに名を連ねていた。
余談だが、「イモ(=芋)」という綽名を持っていた友人は、その時期を境に「IMO」と表記が変わった。素朴なポテトくんが、流行の最先端になったのである。それくらい、YMOは偉大だった。

その偉大なるYMOを率いていたのが、細野晴臣である。
当初はまったく知らなかったのだが、通っていた塾の講師から、突然、「YMO(=細野)に似てる」と言われて、実は暫くの間不愉快だった。
当り前だ。中坊が、知らないオッサンに似ていると言われて嬉しい筈がない。しかも、実際問題、確かに似ていた。それだけ僕がオヤジ顔だったということで、知った後では尚更不快だった。

その後、かなりの時間が経ってから、遡ってこのアルバムに辿り着いた。

細野晴臣『HOSONO HOUSE』
HOSONO HOUSE

日本のROCK黎明期の歴史的名盤。
今聴けば、フォークのようにも思われるだろうが、当時の日本語のロックには、こういう側面があったのである。
細野晴臣のこういう楽曲を聴きたいと思ったら、ほぼ、このファースト・アルバムしかないと言って良い。続く『トロピカルダンディー』以降、まったく違う路線に進んで行き、「この次はモアベターよ」という台詞を残して(判らない人ゴメンナサイ)、YMO結成に至ることになるからである。
その「違う路線」もけっして嫌いではないのだが、このアルバムは特に、折に触れて繰り返し愛聴する1枚である。

ちょうど1年前、たまたまこのアルバムの何度目かのマイブーム期に入っていた。それで、折から始めようとしていたブログに、そのタイトルを借用することにした。ぼくがHOSHINA(保科)だから、それをもじったのである。
センスがないと言えばないのだが、このまま続けて行くしか、どうにも致し方がない。

いつまで続けられるものか…、

「知れたことである。行ける所迄行くのが人生である」(漱石)

…いや、それほどのものではもちろんないが。
[ 2011/08/07 01:33 ] 能書き | コメント(4) | TB(0) |  TOP△

ブログ1周年おめでとうございます。
長く続けるということは本当に大変なことだとおもいます。
これからも素敵な記事を期待しております。
[ 2011/08/07 06:05 ] [ 編集 ]

中学の時にYMOってことは??才ぐらいですね。
私は当時大学生。YMOの出現には、まあ本当にびっくりしたものです。

ところで、ブログに限らず、命名をするって作業は本当に難しいことですね。
[ 2011/08/07 21:21 ] [ 編集 ]

Re: たっつん さん

ありがとうございます。
これまでより面白くなることはありますまいが、よろしければ今後もお付き合いください。
[ 2011/08/07 22:54 ] [ 編集 ]

Re: 三友亭主人 さん

> ??才ぐらいですね。

隠すほどのことではないので書きますが、先日45歳になりました。奇遇なことに、三友亭さんのブログと誕生日が一緒なんですよ。
[ 2011/08/07 23:01 ] [ 編集 ]

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