「全然」(その5)

志賀直哉の『暗夜行路』(大正10~昭和12年)より。

これまでと同じような、「全然」が否定と呼応しない用例の追加だが、特別に古い例でも新しい例でもない。
単に、芥川や漱石の例については指摘されることが多いけれども、この作品が触れられることがあまりないような気がするので、挙げておくのである。

愛子は何方かと云えばそう云う風の女だった。然し今になれば彼は彼女を全然圏外に置いて余りに楽観していた自分の呑気さが悔いられた。(前篇・第一・5)

元々結婚の問題は全然僕に任せると云う愛子の言葉をその儘に僕が実行して、よく相談もせずに、大体の約束を決めて了ったのが悪かったが、こうなっては僕としては矢張り君の話をお断りして先約を守るより仕方ありません。(前篇・第一・5)

緒方は話の運びからは全然、突然に、「今、蕗子、居るかい?」と云った。(前篇・第一・7)

父上の怒られたお気持、僕にも解ります。然し僕には君のように父上のお気持を全然主にしては、自分の事だけに考えられません。(前篇・第二・8)


このように、前篇には幾つか出て、(たぶん)後篇には見当たらない。この作品は長期に亙って断続的に書かれているから、書いた年代によってことばも変わるのかもしれない、と思っていたら、昭和13年の日付のある「あとがき」に出て来た。どうやら、たまたまそうなっていただけのようである。

然し自分では、あれはあれで一人の別な人物のつもりでいる。境遇はお栄の場合と反対に全然作りものだ。(あとがき)


なお、この例は、直前にある、「お栄の境遇は或女から聴いたその女の経験を出来るだけ利用したが、性格の方は全然見本なしだった」という表現と対になっている。つまり、「全然」は、肯定に対しても否定に対しても、全然同じに使えたわけである。

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