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「不人情でなくつて…」

「坊っちゃん」とは違う「何か」について、否定的なことをぐだぐだと述べて来たが、それだけでは発展がないので、その「何か」のお蔭で思いついたことをひとつ。

「夫れぢや、まだ釣の味は分らんですな。御望みならちと伝授しませう」と頗る得意である。誰が御伝授をうけるものか。一体釣や猟をする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくつて、殺生をして喜ぶ訳がない。魚だつて、鳥だつて殺されるより生きてる方が楽に極まつてる。釣や猟をしなくつちや活計がたゝないなら格別だが、何不足なく暮して居る上に、生き物を殺さなくつちや寐られないなんて贅沢な話だ。(夏目漱石「坊つちやん」)


件の「何か」では、ここが「不人情でなければ、生き物を殺して喜ぶわけがない」と書き換えられている。
書き換えた理由は、その是非は別として、判らなくもない。ここが単純接続の「て」では「喜ぶ訳がない」には繋がらないから、順接仮定条件の「ば」を使った文に直したのだろう。漱石センセー、助詞ノ使イ方ガヨロシクアリマセンヨ!

添削された「不人情でなければ…」の場合の文の構造を示せば、「不人情でなければ ― 殺生をして喜ぶ訳がない」ということである。「不人情でない」という条件であれば、「殺生をして喜ぶ訳がない」のだから、至って論理明晰である。
では、「不人情でなくって…」の方はどうか。この構造が、「不人情でなくって ― 殺生をして喜ぶ訳がない」なら、「不人情でなくって」と「殺生をして喜ぶ訳がない」とが、どういう関係にあるのか判らないから、どうにも落ち着かない文章だと言える。
だが、この文をそう取るのは間違いで、「不人情でなくって、殺生をして喜ぶ ― 訳がない」なのである。「不人情でなくって」と「殺生をして喜ぶ」とは矛盾しているから、それに対して「(そんな)訳がない」と言っているわけである。

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