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続「左近を打たせた」あるいは「女に別れる」4たび

以前、「左近を打たせた」のエントリで書いた、ちょっと変わった使役の使い方。
本来、使役で表わすべき文脈ではないのに、それを使役で表現する言い方である。

(自分でも、これはわからない)
と、松平春嶽はみずからをそう見ていた。なにしろ春嶽は、安政ノ大獄で死なせた橋本左内を無二の寵臣としていた男である。左内は当時、日本屈指の志士であった。(司馬遼太郎『王城の護衛者』3)


この「死なせた」には、左内の死に対する春嶽の痛恨の思いが、凝縮されているように思う。もっともここは地の文だけれども、地の文に、登場人物の心情を投影することは、けっして珍しいことではない。

続いて、「女に別れる」のエントリ以下何回か書いた、ちょっと変わった助詞「に」の使い方。
ここはふつうなら「を」とありそうなところで、動作の対象を示す「に」の例である。

かれらは容保に諌止するために騎馬をもって会津若松を出発し、夜を日についで江戸に入り、容保に拝謁した。(同3)


会津松平家の国家老の西郷頼母・田中土佐が、「容保を」「容保に対して」諌止する、という表現である。

似たような言い方は、気にしていれば司馬の作品にはたくさん見付かるのではないかとも思うのだが、とりあえず、今、気づいたものを取り上げた。

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