「来よ」

前回の、「続「左近を打たせた」あるいは「女に別れる」4たび」に続いて司馬遼太郎の『王城の護衛者』より。
「来」に関することば2題。

帝は、うなずいた。だけでなく、みずから指図をくだされた。
「時を移すな。朝になれば、三条らの一味が出仕してくるであろう。夜中に兵を動かせ。容保にすぐ伝えろ。すぐ来よと申せ」(6)


一瞬、「来よ」をどう読むべきか迷ったのだが、まず「コヨ」で間違いないだろう。「こ―き―く―くる―くれ―こよ」と活用する、カ行変格活用の動詞の命令形である。
文意は明瞭なのに一瞬迷ったのは、言うまでもないけれども、現代語では、「こ―き―くる―くる―くれ―こい」と活用して、命令形に「こよ」はないからである。つまりここは、現代語「来る」ではなくて、古語「来(く)」が使われているのである。
上記引用は孝明帝の発話だから、ここで古語「来」を使ったのは、古風な雰囲気を出そうとしてのものなのかもしれない。もっとも、そうであれば、その直前にある「すぐ伝えろ」は、「伝えよ」とあった方が、しっくり来るような気もするが…。
あるいは、「伝え。…来」という「よ」の音の重複を避けて、あえて「伝えろ」にしたのかもしれない。

一方で、こんな言い方もある。

事実、容保は動けなかった。ここはお錠口の内部(なか)である。家来は入って来れない。(7)


a-r抜き(いわゆるラ抜き)で「来れない」になっている。
この作品は、昭和43年(1968)の発表。以前、昭和41年(1966)の獅子文六の『ちんちん電車』に、「食べれる」の例が出ていることを書いたが、ほぼ同時期のものである。その頃には、特に珍しいことば遣いではなくなっていたのだろう。

だからふつうなら、別段気にするところではないのだが、「来よ」と「来れない」が併用されていたので、ちょっと気になって取り上げたのである。

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