もっともらしい説明

ある大手出版社から出ている学習参考書を見ていたら、こんな語釈があった。

『伊勢物語』(4段)の、「昔、東の五条、大后の宮おはしましける、西の対、住む人ありけり」という文で、この2つの「に」に対して、場所を示す格助詞とした上で、

「東の五条に……西の対に……」と「に」が重出する場合、上が広い場所、下が更に限定された狭い場所を示す。


と記されていた。

なるほど確かに、「東の五条」は広い場所で、「西の対」はその中にある狭い場所である。だから、上記の語釈は、すとんと胸に落ちる…ように思われる。

が、同じ『伊勢物語』のこんな文はどうだろうか。

昔、男、初冠して、奈良の京、春日の里に、領る由して、狩に往にけり。(初段)


この場合の「奈良の京、春日の里」も、「奈良の京」が「広い場所」で、「春日の里」が「更に限定された狭い場所」に当たる。だが、こちらは「…に…に」という構文ではない。

現代語を例に上げれば、「東京都の墨田区に…」と言った場合、「…に…に」ではなく「…の…に」の形ではあるけれども、「東京都」は広い場所で、「墨田区」はそれより狭い場所を指している。
重ねて言えば、「東京都墨田区に…」でも、「東京都」は広く、「墨田区」はそれより狭い。
さらに重ねて言えば、「東京都墨田区…」という場合でも、「東京都」は広く、「墨田区」はそれより狭いのである。

そもそも、日本では、場所を説明する場合、都道府県―市区郡というふうに、広い場所から狭い場所へ、順番に言うのがふつうである。
だから、「東の五条…西の対…」で、「東の五条」が広く、「西の対」が狭いのはその通りだとしても、そこに格助詞「に」が重出しているのは偶々で、広い場所―狭い場所を示すために、「に」が使われているわけではない。「…に…に」となくても、広い場所―狭い場所を表わせるのである。

また、「…に…に」という形をとっていても、「北海道沖縄と、日本全国を駈け廻る」という文なら、「北海道」が広く、「沖縄」が狭いのではない。(「いや、北海道より沖縄の方が狭い」などというのはこの場合むろんヘリクツである。)

だから、『伊勢物語』(4段)の例で、「…に…に」が広い場所―狭い場所を表わしているというのは、そこだけを見ている限りでは積極的な間違いはなさそうだけれども、実はまったく見当はずれなことを言っているわけである。

が、大手出版社の学習参考書を手にして、そこに書かれていることを疑える人は、なかなかいない。学習参考書に書いてあれば、それは絶対に正しいと思ってしまう。否、学習参考書に書いてあることをやたらに疑っているようだと、定期試験や入学試験の結果は、むしろ心許ない。
しかも、この「…に…に」の説明には、某元首相の「ワンフレーズ・ポリティクス」を彷彿とさせる(と言ったら言い過ぎか?)ような、とても印象に残る、何だかとっても良いことを聞いたような気にさせる巧みさがある。

むろん、これを書いたご当人には、何の悪気もないのだろうけれども、判りやすくて目から鱗が落ちるような説明というのは、斯様に危うい。

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