附箋を剥がす(4)

ちくま文学の森『大仏次郎』に貼った附箋を剥がす目的の、ただのメモである。さしたる考えがあるわけではない。

助詞「に」の使い方あれこれ。

「君はこちらで訊くことだけに答えればよろしい」
「ふむ? 訊くことだけに答えればよいと……ほう、私を罪人扱うのだな」
思わず色を作しました。語気もおのずから鋭く、冷やかなものになっていました。(『宗十郎頭巾』裏切り者)

「私の店働いている日本の人たち、皆、士族で、礼儀正しい。文章を書かせても上手。いや、上手過ぎて、普通の人に難しい文章を書くので困ることもありますが……熱心に働きますね。偉いです。……」(『幻燈』夜の時間)

「どういう趣旨で禁じたのか知らぬが、藤堂候では、いまの薩長の政府面白くないだろう。どのみち、洒落のわからぬ奴らが、ひょいとした思いつきを前後の考えがなく、新しい触れを出しては手柄をしたつもりでおるのだ。なっていない。兎のどこが悪いというのだ」(『幻燈』陸蒸気)



ことばに関するあれこれ。メモしておけば、何かの折に使えるかもしれない。

「これァ江戸の人間にはなかった気性だが、諸国の有志というのが、のさばり出して維新に成功してから、どうも日本中にその気風がはやり出したような具合だな。近年の東京人の言葉の中へ、いつのまにか鹿児島言葉が入ったのと同じことだろう」
「そういえば、奥さんという、いやな言葉が流行る。あれなどは以前はなかった。奥といえば奥さまだろう。三年ばかり、江戸を留守にして帰ってみて、どこへ行っても人が平気で奥さんといっているのが、実に耳ざわりで変な気が致した。あれも、薩摩あたりから持って来たものかね」(『幻燈』町なか)

お種などが気楽にしていられたのは、その準備期間だけであった。ほかの、やはり貧しい家から若い娘が引き取られて「女部屋」にふえて来ると、訓練は本式になった。口のきき方から改められて、人前では遊ばせ言葉を用いるようにいいつけられ、まごついた。(『幻燈』町なか)



もうひとつ。

――アブドゥラさん、お閑ですか。
――なぜ、日本流にアブドラとおっしゃらないんです。お国には、ドゥという音は昔からないのでしょう。日本にいる限り、私はアブドラでいいのです。(『土耳古人の手紙』栄養の効果について)


どうでも良い思い出話だが、学生時代、孫さんという中国からの留学生がいて、周りの日本人が中国語音に近い音(スン?)で呼ぼうとすると、彼は「マゴさんで良いです」と答えていた。
莫さんのことを、みんなが「モーさん」と呼んでいたら、別の中国人留学生に「あの人はバクさんだ」と訂正されたこともある。
なお、上記の文で、大仏は別に「ドゥ」という発音の是非を論じようとしているわけではないから、これは揚げ足取り以外の何物でもないのだが、その上で敢えて言うと、古代国語では、「ヅ」の音は du で、これを仮名で書けば「ドゥ」に相当する。「お国には、ドゥという音は昔から」あったのである。


何となく気になったのでメモしておく。

――しかし物事の進歩は、疑うことから始まるのでしょうが。
――自分でね。自分を。しかし、これは信者についても、同じことだ。しかし、神様は決して自分を疑うことをしないものです。だから、自分を疑うことをしない人に出会ったら、おや、これは神様か、神様になりかけている人だなと、警戒して見ることは必要でしょう。ほんとうの基督はもっと人間らしい正直さを持っております。十字架の上で、彼は叫びます。エリ、エリ、レマサバクタニ(わが神、わが神、なんぞ我を見棄てたまいし)。偽の神様には、この痛烈哀切な正直さはない。皆行い澄ましております。(『土耳古人の手紙』爾光尊の弁護)



次は…何のために附箋を貼ったのだろう? さっぱり判らないが、書き遺しておけば、後で思い出すかもしれない。

ぱっと抜き打って来るのを、外したかと思うと、目にもとまらず鞘から滑り出した一刀の、朝日を受けてきらりと一閃したのが、内海惣三郎の最期のときでした。(悪魔)


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