「割愛」

同じ日に書くなら何も分けなくても良いのだが、長くなって来たので分けることにした。
漢字書けない」の続きのようなもの。

「まったり」「がっつり」多用=20~30代の半数超-「にやける」正解は1割台

20~30代の6割以上が「ゆっくり、のんびりする」の意味で「まったりする」を使い、7割の人が「にやける」(なよなよしている)の意味を取り違えていたことが20日、文化庁の国語に関する世論調査で分かった。(中略)
一方、「にやける」や「割愛」(惜しいものを手放す)の意味を正しく理解していた人は1割台にとどまり、それぞれ「薄笑いを浮かべる」、「不要なものを捨てる」と間違えている人が多かった。「舌先三寸」を「口先三寸」とするなど慣用句の誤用も目立った。
文化庁国語課は「言葉は変わっていくので、全て誤用と言い切れない」とする一方、「意味を理解せぬまま誤った使われ方を見聞きし、そのまま覚えてしまうのではないか」としている。(2012/09/20-17:10)(時事ドットコム)


ことばの誤用というのも、昔からあるテーマである。そういう話題に上ることばは、「全然」とか「役不足」とか、枚挙に暇がない。

ここに上げられている例の中では、「割愛」が特に気になった。何が気になったかというと、一体どういう質問をして、この結果になったのか、ということである。
仮に、

「割愛」の意味は次の内どちらか。
(1)惜しいものを手放す
(2)不要なものを捨てる


という質問だとしたら、これは判断に迷うところである。
たとえば、以下の例文

「君は呉服屋の話をするのか、人売りの話をするのか」「さうゝゝ人売りの話をやつて居たんだつけ。実は此伊勢源に就ても頗る奇譚があるんだが、それは割愛して今日は人売丈にして置かう。(『吾輩は猫である』6)


の「割愛」の意味は、上記の選択肢からでは選びにくい。言わないのは惜しいけれども話すのをやめる、という意味合いだから、(2)は半分は合っているし、(1)も半分は違っている。

『新明解国語辞典』(初版・昭和47年)を見ると、

手離すには惜しいものの所有権を放棄すること。〔広義では、スペースが無いので省略する意にも用いられる〕


とある。
「手離すには…」の説明は、(1)の意味に当たるけれども、漱石の例文は、「惜しい」意味はあるにしても、所有とは関係がないから、「広義では…」の方である。そしてそれが、現今、一般的な使い方だろう。
(2)は、「不要なものを」というのが適切ではないけれども、(1)も、漱石の例文に照らす限り、「手放す」が妥当ではない。

さらに、子供の辞典、『例解小学国語辞典』(三省堂)を見てみた。

おしいと思いながら、思いきってはぶくこと。[例]説明の一部を割愛する


「手放す」意は、載せられていない。

ちなみに、(1)に当たるのは、こんな例である。

少年時の長篇五六及その後の新旧作七十篇の余は遺憾なく割愛した。(北原白秋『邪宗門』例言)


『日本国語大辞典』からの孫引きで、文脈が今一つ判然しないところもあるけれども、他人に譲った、ということだろう。※→【追記】

(1)を選択した人が1割台だというのは、致し方ないこと、というより、当然なのではないか。
文化庁の職員は、全員正解できるのかもしれないけれども…。

…と、書いて来て、報道の記事からの推測だけであれこれ語るのは宜しくないかと思い直して文化庁のサイトを見てみたら、結果が掲載されていた。

割愛する  例文:説明は割愛した。
(ア)不必要なものを切り捨てる…65.1%
(イ)惜しいと思うものを手放す…17.6%
(ア)と(イ)の両方…1.7%
(ア)、(イ)とはまったく別の意味…3.3%
分からない…12.3%


この問題で(イ)を選ばなかったからといって、それを「誤用」というのは無理だろう。
例文と答えが合致していない。よく考えずに「正しい日本語」本を見て問題を作ったな!
有名大学の入試問題なら、大問題になるところである。


【9月23日追記】

遅ればせながら、青空文庫で(「例言」を載せる『邪宗門』の本文が我が家にないから)『邪宗門』の本文を見てみた。
『日国』に引用されていた前後を併せて示せば、以下の通り。

一、予が真に詩を知り初めたるは僅に此の二三年の事に属す。されば此の間の前後に作られたる種々の傾向の詩は皆予が初期の試作たるを免れず。従て本集の編纂に際しては特に自信ある代表作物のみを精査し、少年時の長篇五六及その後の新旧作七十篇の余は遺憾なく割愛したり。この外百篇に近き『断章』と『思出』五十篇の著作あれども、紙数の制限上、これらは他の新しき機会を待ちて出版するの已むなきに到れり。


と、いうことで、『日国』に「惜しいと思いながらも省略すること。また、惜しいと思いながら、相手に贈ること」とある2例目の用例だったので安易に(1)の例としたのだが、まったくの間違いである。
「少年時の~」は『邪宗門』を編纂する上で除外した、ということである。
しかも、「初期の試作たるを免れ」ないものを「遺憾なく割愛」したのだから、「この外百篇に近き~」が「紙数の制限上…已むなき」というのとは違って、それらを惜しいと思っているとも受け取れない。
この『邪宗門』の例文を見る限り、文化庁の設問の(ア)も正答である。

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