『少年探偵団』

江戸川乱歩『少年探偵団』

少年探偵団

息子(小学2年)が何か本を欲しがったので、書店に行った。そこで見つけて買った本。
名探偵明智小五郎と怪人二十面相が対決する「少年探偵」シリーズの2冊目である。書棚には、第1冊目の『怪人二十面相』も並んでいたのだが、家内がこちらを選んだ。
あえてこちらを選んだのは、子供がより興味を持ちそうだという判断…なのかと思ったのだが、実は、『少年探偵団』が『怪人二十面相』の続編だということに、気づいていなかっただけだった。それで、後日、『怪人二十面相』も買って来た。

このシリーズ、知らない人もないような有名なもので、ほかの叢書にも収められているが、これは何とも装丁が素敵である。文字が小さすぎもせず、大きすぎもせず、非常に読みやすい。乱歩の文章も、子供向けに書かれたものだから当然だとはいえ、少し古風な気はするかもしれないが、とても読みやすい。
改めて読んでみると、発表当時の少年たちが夢中になって読んだ訳が良く判る。
今の大人の目から見れば、トリックもそれほど難しいものではないから、二十面相がどうやって宝物を盗み出したか、どうやって警察の目を掻い潜って逃走したか、容易に推理することはできるだろう。それに、二十面相がいかに変装の名人だとしても、家の秘書や店の支配人に変装したのを見破れないなどというのは、いくら何でも設定に無理があるとも言える。が、それでもなおかつ、読んでいて楽しい。

ところでこの本、解説を尾崎秀樹が書いている。
むろん子供向けの本だから、大したことは書いていないのだが、興味深い点がないでもない。
推理小説の解説には不文律があって、けっして結末を書いてはいけないことになっている。
まず解説から読むという読者もいるので、解説で謎解きをしてしまうと、作品を読む楽しみが減殺されてしまう、というのがその理由である。が、尾崎は、この不文律を、物の見事に破っているのである。
この話には大きく二つのヤマがあるのだが、その両方とも、どのような結末になっているかを、いとも簡単に書いているのである。

そういう意味では、最悪の解説だとも言う人もいるだろう。が、僕はそうは思わない。
推理小説と雖も、その本質は小説である。
たとえば、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読もうとする人で、坂本龍馬が凶刃に斃れることを知らない人は、まずいないだろう。仮に知らなかったとしても、一度読んで龍馬の最期を知ってしまったら、もう二度と読めない、などということはない。面白い小説は、結末が判っていても、何度もくり返して読むものである。

それと同じで、推理小説にとって、推理が大きな要素であるのは間違いないが、結末が判ってしまったら興味の大半が減殺されてしまうとしたら、それは小説としては大して面白くないということなのである。
シャーロック・ホームズなど、結末を知った上で、何度もくり返し読んでいる人が、世界中に数限りなくいる。

結末が判っていて、それでも楽しめる…それが、名作というものである。
とはいえ、ここでこの本の結末を書いて、人に恨まれるようなことがあったら割に合わないから、長いものに捲かれることにする。
読む前に結末が判ったら楽しめないと思う人は、この解説を先に読まない方が良い。

なお、「尾崎秀樹」も「山田孝雄」のように、国文専攻なら読めなければモグリ。
[ 2012/10/05 22:57 ] 本と言葉 子供の本 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

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