スーパー腹話術

~前置き~
このエントリには、江戸川乱歩の『少年探偵団』の種明かしに繋がることが書かれている。『少年探偵団』を読んだことがなくて、結末が判ってしまうと推理小説は面白くないと考えている人は、読まない方が良い。


「スーパー腹話術」と言えば、むろんのこと「いっこく堂」である。
彼の腹話術を見聞きしていれば、その話術の素晴らしさに、なるほど「スーパー」と呼ぶに相応しい、と直感的に感じられるけれども、実は、「スーパー」と呼ばれるのは、そういう単純な理由だけではないのである。
彼の「スーパー」たる所以は、腹話術の常識では考えられない音を、難なく発音していることにある。

試みに、まず、「晴れるだろう(ハレルダロウ)」ということばを、唇を動かさずに喋ることに挑戦してみて欲しい。巧拙を問わなければ、ある程度訓練をすれば喋れそうな気がするだろう。が、「雨が降るだろう(アメガフルダロウ)」になると、容易には言えない。「雪だろう(ユキダロウ)」は言えても、「曇るだろう(クモルダロウ)」は言えない。
同じように、「あたし、利口ね(アタシリコウネ)」は言えても「私、馬鹿よね(ワタシバカヨネ)」は言えないし、「父がくれた(チチガクレタ)」は言えても「パパがくれた(パパガクレタ)」は言えないのである。

これらの言える、言えないにどんな違いがあるかというと、「言えない」には「ア」「クル」「タシ」「カ」「パパ」の音があり、「言える」にはそれらがない。
m/w/p/bを子音に持つ音は、上下の唇を一旦閉じ合わせてから開くことによって発音する(=両唇音)。だから、唇を動かさずには発音することができないのである。

子供の頃の思い出話だが…。小学校の最寄駅から2つ目が金沢文庫という駅だった。
この「カナザワブンコ」を、口に両手の人差し指を入れて、口の両端を左右に引っ張りながら発音しようとすると、上下の唇がくっつかないから、「ワブ」とは発音できず、「カナザア……」……(以下略)。

閑話休題。
そこで、腹話術師は、両唇音を含むことばを巧みに回避して、台詞を作るのである。逃げと言えば逃げなのだが、両唇音を除外して、不自然でない会話を成り立たせることは、存外、難しい。そこに、腹話術師の腕の見せどころがあるのだろう。

さて、いっこく堂である。
彼の腹話術には、こういう発音上の制約がない。「バ」でも「モ」でも、平気で発音している。もちろん、腹話術である以上、唇は動かさない。これは、舌を下唇の代わりに使って両唇音を出しているらしいのだが、そのことによって、どんなことばでも自由に喋ることができるようになっているのである。
理屈は判るが、言うは易しで、実際問題、簡単にできることではない。それをいとも簡単にやってのけるのが、「スーパー」たる所以なのである。

ところで、何故、このようなことを書こうと思ったのかというと、先日、『少年探偵団』を読んだからである。
この作品には、怪人二十面相が、腹話術を使って周囲を混乱させようとする場面がある。

「おい、おい、だ安心するの早いぜ。二十相の字、不可能ということがないのをすれたかね。」

「ウフフ……、どこにいるとうね。あててえ……。だが、そんなことより、黄金塔だいじょうなのかね。二十約束を違えたりはしないはずだぜ。」

「ウフフフ……、おい、おい、頭さん、きみは二十相が、それほどお人よしだとっているのかい。床のにせので、ほん土の中にうてあることぐらい、おれが知らないとでいうのかい。」

「ウフフフ……、っくりしたかい。二十相の腕あこんなんさ。黄金塔たしかにちょうだいしたぜ。それじゃ、あばよ。」


続いて、明智小五郎に正体を見破られた二十面相が、腹話術を使って逃れようとする場面。

「フフフ……、明智先生も老いれたんだねえ。二十相をとりにがした苦しぎれに、何知らない老人に罪を着せようなんて……。おい、先生、をあけて、よくるがよい。おれここにいるんだぜ。二十ここにいるんだぜ。」


それに対して、明智も腹話術で応戦する。

「おいおい、子どしはよしたえ。
くが腹術を知らないとでっているのか。ハハハ……」


二十面相のことばにも、明智のことばにも、太字で示した分だけ、両唇音が含まれている。つまり、常識的に言えば、この台詞を腹話術で喋ることはできないのである。

いっこく堂のいなかった当時の腹話術師は、『少年探偵団』を読んで、「腹話術ではそんなこと喋れないよ」と思ったかもしれないけれども、この時二十面相と明智が披露したスーパー腹話術は、60数年後に現実のものとなるわけである。

本当に彼の技術には恐れ入ってしまうことが多いですよね。

私はだいぶ後になってから「マ行」「バ行」のことに気が付いて(恥ずかしながら先に気が付いたのは妻で)、ひどく驚いた覚えがあります。

他にも口に遅れて声が出てくるやつとか・・・口のさらに奥にもう一つの口があるように思えてなりません。
[ 2012/10/22 07:16 ] [ 編集 ]

Re: 三友亭主人 さん

> 本当に彼の技術には恐れ入ってしまうことが多いですよね。

しかもそれをいとも簡単そうにやって見せるところが素晴らしいですね。そのうえネタも面白い。
まさにプロですな。
[ 2012/10/22 14:26 ] [ 編集 ]

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