迷言あれこれ

選挙戦中、面白い…と言っては不謹慎の誹りを免れ得ないだろうし、報道されている内容がどこまで正確なものなのかは定かではないけれども、少々気になった発言を書き留めておく。ただしここで「気になる」という基準は、政策的乃至思想的におかしいかどうかとは、関係がない。そういう根本的なことよりも低次の問題として、取り上げるのである。

既成政党の人たちは、これまで積み重ねて来た経験に基づいてか、失言で票を失うようなことがないよう、ことばを選んで慎重に発言している場合が多いようである。むろん、嘗て閣僚まで勤めた「老人」がおかしな発言をしている例もあるし、現役の閣僚でも何かと話題になるようなことを言っている人もいるけれども、失言癖のある「老人」のご子息も、今回は比較的大人しくしているようだし、気になる発言は、やはり経験の浅い新党の人々に多いように見受けられる。だから、取り上げる人や政党に偏りがあるかもしれないけれども、それは偶然の結果で、別に他意があるわけではない。

日本維新の会・石原慎太郎代表
「どうも、暴走老人です。…皆さん、一緒に暴走しましょう」
(4日・大阪市での第一声)

全力で突っ走ると言うのであれば、それはそれで構わないのだが、国民生活を預かる以上は全力で走りながらでもきちんと運転してもらわないと困る。端からは暴走しているように見えても周りはしっかり見えています、というのなら良いのだが、暴走を自認して是認しているようでは話にならない。この人が国政に復帰するのは間違いないだろうから、尚更暴走するのは勘弁してもらえないだろうか。

「橋下さんに惚れた。私は牛若丸に惚れた武蔵坊弁慶だ」(同)

「牛若丸」は上手い喩えだ。流石は元・作家。ひらひらと舞ってくるくると主張を変える、そんな振る舞いを、巧みに言い表わしているようだ。

頑張って、今、日本が力を取り戻さないと、下手をするとどこかの属国、妾みたいになっちゃう。私事(わたくしごと)としてこの国を考えていただきたい」(15日・新宿区での街頭演説)

政治的・思想的に前半部分が気になる人が多いだろうが、今気にするのは後半部分の「私事」ということばである。
僕には違和感のある「私事」の使い方だが、元・作家の発言だけに、そういう用法もあるのかもしれない、「役不足」のように用法が逆転してしまった例もあるから、あるいはそれが本来の用法だということも…と思って『日本国語大辞典』を引いてみたのだが、
(1)表向きでない、個人的な事。公的な立場を離れた一個人としての生活や家族などに関連した事柄。しじ。←→公事(おおやけごと)
(2)秘密の事。隠し事。秘事。
とあるのみ。とすると、「私事としてこの国を考え」るというのは…?

同・橋下徹代表代行
「10年後に原発ゼロとか、甘い言葉にだまされちゃいけない。そんなのは僕が10年後に火星に行くと言っているようなもの。中身がない」
(4日・上記石原党首と同。日本未来の党の「10年以内の卒原発」に対して)

本当に日本に維新を起こしたいのなら、攻撃すべきは民主・自民のはずである。未来の票を奪って維新の得票を増やしたとしても、自民優位の情勢は変わらない。民・自と対抗することを早々に諦めて、3位狙いに切り替えたのか?
それにしても、「10年後に火星」は微妙な喩えだ。10年あれば、行けそうな気もしないではない。ご本人はこの喩えが気に入ったようで、ツイッターでも同じようなことを呟いているらしい。

「もしかすると僕は選挙後に逮捕されるかもしれません。その時は皆さん助けて下さい」(9日・秋葉原での街頭演説。衆院選公示後のツイッター更新に関して)

公選法のネット規制は、それが問題があるからではなく、時代の変化に法律が追い着いて行かれていないだけだろうから、彼が「馬鹿げたルール」「変えなきゃいけない」と言っているのはその通りだと思う。
だが、そのことと、現状の法律を守らなくても良いかどうかとは、本質的に関係がない。そうでないと、彼が大坂で決めた条例を守らない職員がいたとしても、処罰することができないことになる。

「ツイッターくらいで何ですか。ケツの穴が小さい」(12日・福岡市での街頭演説。藤村官房長官が公選法抵触の可能性があると言ったことについて)

公選法に抵触する可能性を自覚しているから、「逮捕されるかも」と言ったのではないのか? 官房長官という立場での発言としては、一般論としてそうコメントせざるを得ないだけで、「ケツの穴」の大きさとは関係がないだろう。

「英語をしゃべれないと国際競争社会では戦えない。私も10年間勉強したけど、しゃべれるのは『Good morning』ぐらい。アメリカに行けば幼稚園児でも英語をしゃべれる。語学に能力は関係ない。政治がやろうとすればできるんです」(9日・銀座での街頭演説)

限りなく支離滅裂だ。アメリカが英語単一語国家かどうかは措くことにするが、アメリカの幼稚園児が英語をしゃべれるのは、言うまでもなく生まれた時から英語の中で生活しているからである。それは、「政治がやろうとす」るかどうかとは、関係がない。政治がやらなくても、生まれたばかりの日本人の赤ん坊を日本語を喋れないアメリカ人家庭に預ければ、数年後にはペラペラになっているはずである。

日本未来の党・飯田哲也代表代行
「私と嘉田さんがしっかりとやっている、小沢さんの言いなりではなくやっている、という表われだ」
(5日・山口市での街頭演説。比例代表名簿の届け出の混乱について)

党重役が、選挙戦開始直後に党内の対立を暴露するようなことを口にするのは驚きだ。選挙の間くらい、一致団結していられないで勝てるわけがない。もし勝ったとしても、先が思い遣られる。
「小沢さんの言いなりではな」いのは結構なことだが、言いなりでないと混乱してしまうような党に日本の将来を任せて良いものか?

同・嘉田由紀子代表
「がっくりした。私の思いがまだまだ伝わっていない」
(6日・船橋市での街頭演説。報道各社の調査で支持が伸び悩んでいる情勢について)

一党の党首ともあろうものが、「がっくりした」なんていう感想を述べてどうする! 述べるにしても、せめて選挙後にしてはどうか。野田首相が「最後まで火の玉になって訴えて行く」と言ったのとは大きな違いだ。もっとも、「火の玉」になったら最後には燃え尽きてしまうとは思うが…。
「私の思いがまだまだ伝わっていない」というのも、政治家の不作為に失望している一般市民の感想のようである。「私の」という一人称単数もどんなものだろう?

「原発ゼロを選ぶ選ばないの問題ではなく、やめるしかない」(12日・岐阜駅前での街頭演説)

国語として意味が判らん。「やめる」のは「選ぶ」ことなんじゃないのか?

同・小沢一郎前衆院議員
「自分の信念として脱原発はやればできる。脱原発を主張する人が国会で多数を占めなければどうすることもできない」
(14日・国会周辺での反原発デモで)

政治家が自分の信念に基づいて行動するのは重要だ。むろん、信念も十人十色、人それぞれだろうが、その様々な信念を国会の場でぶつけ合って欲しいものである。そうであって初めて、健全な政治だと言えるだろう。
もっとも、この人にこんな信念があったことは、今の今まで知らなかった。選挙戦中、ほとんど動静の伝えられることのなかったこの人が、苦戦を報じられるこの時期に、突如こういう場に出て来てこういう発言をするというのも…。

民主党・藤村修官房長官
「要は北朝鮮のミサイルがいつ上がるかだ。さっさと月曜日(10日)に上げてくれるといいんですが」
(7日・吹田市で。記者団に再度大阪入りする可能性を問われて)

この発言を取り上げて攻勢を掛けて選挙に利そうとするのは、揚げ足取りとは言えようが、ただでさえ民主党への支持が低迷しているのに、このタイミング・この内容の発言には、かなりのやっちまった感がある。

同・田中真紀子文科相
「民主党政権はまだ3年。桃栗3年柿8年」
(8日・長岡市での街頭演説)

民主党が政権政党として成熟するにはあと5年我慢して待て、ということか…?

自由民主党・安倍晋三党首
「日銀と政策協定(アコード)を結び、大胆な金融緩和を行う」
(15日・船橋市での街頭演説)

上は新聞記事をそのままの形で引用したものだが、これはダメだ。演説では単に、「日銀とアコードを結び」と言ったのだろうが、それをそのまま写しただけでは読者が理解できないと判断して、「政策協定」という注釈的漢字表記が補われているわけである。同様に、船橋の聴衆が、注釈なしの「アコード」という音声だけで意味を理解できたとは思えない。「アコード」を「政策協定」の意味で理解ができるのは、上記の「政策協定(アコード)」という文字表記であることが前提である。聴衆が理解できないようなことばで政策を訴えるのは如何なものか。
そういえば、同氏の標榜する「戦後レジームからの脱却」の「レジーム」にも、かなり長いこと「(体制)」という注が付けられていた。
[ 2012/12/16 20:00 ] 理屈・屁理屈 | コメント(0) | TB(0) |  TOP△

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