附箋を剥がす(6の上) Including 「全然」(その9)

日本近代短篇小説選 昭和篇1』に貼った附箋を剥がすためのメモ。

絶えず流れ落ちる水のために、花崗岩にせた人造石のおもてに錆びた、一条の筋ができているのも、何か、人間の肉を切り刻んだあとを嗅ぎださせずにはおかないのだ。(平林たい子「施療室にて」P22L8)

「まだお前、可哀想に……」
「あなたは黙ってらっしゃい」
父親が祖母頭からおっかぶせた。(佐多稲子「キャラメル工場から」P53L9)

父は最期まで、ただ病人であり、病気終ることによって自分を終らせて悔いる処はないのか。(伊藤整「生物祭」P190L15)

「狭いながらも楽しい我が家」という歌の好きだった彼女は、酒場勤めをしていたにもかかわらず、女給らしい非家庭的な考えから遠く、歌にあるようなちんまりした家庭生活憧憬れていた。(高見順「虚実」P321L2)


「を」あれこれ」で書いた、いろいろな「を」の使い方。
平林の例は「に」に置き換えることができるだろう。佐多の例は「~に対して」というようなニュアンスである。伊藤の例は、「病気を」なら「終らせる」とでもありたいところである。「終る」を「オエル」と読めば自然だろうが、後に「自分を終らせて」とあるのを考えれば、まず間違いなく「オワル」である。高見のは、平林の例と同様に考えて良い。


こんな自分への反射は私に限らず軽部にだって常に同じ作用をしていたと見えて、後で気附いたことだが、軽部私への反感も所詮はこの主人を守ろうとする軽部の善良な心の部分の働きからであったのだ。(横光利一「機械」P89L7)


現代なら、助詞「の」を使うところだが、ここでは「が」が使われている。大正生まれの人が、「俺が家」というような言い方をするのを実際に耳にしたことがある。


それは主人が私たちの仕上げた製作品とひき換えに受け取って来た金額全部を帰りの途落してしまったことである。(横光利一「機械」P115L6)

まわりには描き上げた緑色の紙が一ぱい拡げてあった。弟は祖母の後でさっきから目を赤くして雑誌読みふけっていた。(佐多稲子「キャラメル工場から」P65L10)


横光の例の「途に」は、現代語であれば、「途で」とあった方が自然だろう。むろん、「途に」落としたのには違いなかろうが、これは落とした場所を規定しているのではなくて、「途中で」というような意味合いである。佐多の例は、「雑誌没頭していた」というような言い方なら、現代でも「に」でまったく違和感はないが、この場合には「雑誌を」とあった方が自然だろう。動作の対象を示す助詞「に」の用例。


どんな速い底水のある淵でも赤座はひらめのようにからだを薄くして沈んで行き、水中の息の永い事は人夫たちも及ばなかった。(室生犀星「あにいもうと」P202L11)

伊之の下に妹が二人いて姉はもんといい、みんなから愛称をもんちと言われていたが、下谷の檀塔寺に奉公しているうちに学生と出来てしまい、その子供をはらむと、学生は国に帰ってしまい文通はなかった。(同P205LL14)

実際、もんは睡足りたということもないほど顔が真っ青になるまで睡ていた。りきはそんな草臥れがよく解る気持がし、兄の伊之が外泊りでかえってくると、やはり終日打通しでからだに穴の開くほど睡ていた。(同P206 L6)

そして眼をあげて火葬料の掲示を見ると、そこに博善株式会社云々と書いてあって私は今まで火葬場といったら役場などと同じ国家の経営になるものとばかり思っていたのに、おや、まあ、そうじゃないのかと奇異の思いに打たれた。(高見順「虚実」P310L6)


表現として、それほど違和感は感じないかもしれないけれども、これらは「観点の転換」の事例である。
以前、岡本かの子中島敦の例を取り上げたことがあるが、主語ー述語などの論理的な関係で1文が終結せず、文の途中で叙述の観点が変わることによって、文が繋がって行くものである。論理的な文章では忌避されるけれども、会話などの私的な表現になら、現代でも頻繁に現われる。
1例目は、赤座を主語として「沈んで行き」といっているのだから、「人夫たちを寄せ付けなかった」とでも続くのが自然だろう。それが、赤座についての描写に転換している。2例目は、りきがもんの行動を「よく解る気持がし」という文脈が、そのまま伊之が「睡ていた」に転換する。3例目は、りきを主語とする文が、伊之を主語とする文に転換する。高見の例は、それほど大きく転換しているわけではなく、読んでいて違和感は感じないだろうが、論理的に明快な文章を書こうとすれば、「そこに博善株式会社云々と書いてあった。」というように切った方が判りやすいだろう。それが、同じ文の中で、それを見た主人公の感想に転換しているのである。


酒を飲みたくなったときより私が重クロム酸アンモニアを造っておいた時間の方が前なのだから疑い得られるとすると私なのにもかかわらず、それが軽部が疑われたというのも軽部の先ずひと目で誰からも暴力を好むことを見破られる逞しい相貌から来ているのであろう。しかし、私とても勿論軽部が全然屋敷を殺したのではないと断言するのではない。(横光利一「機械」P117L8)

私は罵った。もう両腕は全然感覚を失って、肩からぶら下がっている鉛筆のように能なくなっていた。(牧野信一「ゼーロン」P153L3)


牧野の例(昭和6年)は、明らかに「全然」が否定と呼応しない例だが、横光の例(昭和5年)は、少々難しい。
「全然」が、文末の「断言するのではない」と呼応しているようにも見える。あるいは、「殺したのではない」と呼応すると考える人もいるかもしれない。が、これは、「全然…断言する」とある全体を、文末の「ない」が否定する構文なのではないか。軽部が屋敷を殺したのではないことを完全に断言する、という事柄が、否定されていると見做すべきかと思う。

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